第二言語習得の分野では、言語不安が学習成果に与える影響について長年議論が続いてきました。特に、外国語読解不安が第二言語の読解力にどのような影響を与えるのかは、研究者や教育者の大きな関心事でした。本論文”Language anxiety does not affect the growth of L2 reading achievement: The latent growth curve model approach”は、この問題に対して新たな視点から光を当てる画期的な研究です。

著者のRichard L. SparksとAbdullah Alamerは、それぞれ第二言語習得と応用言語学の分野で著名な研究者です。Sparksは長年にわたり、第一言語能力と第二言語習得の関連性について研究を重ねてきました。一方Alamerは、言語学習における動機づけや不安の役割に関する研究で知られています。

研究の背景と目的

従来、多くの研究者は外国語不安が第二言語の習得を妨げると考えてきました。しかし、この見方に疑問を投げかける研究も増えつつあります。本研究は、縦断的データを用いて、外国語読解不安が実際に第二言語読解力の成長に影響を与えるのかどうかを検証しました。

特筆すべきは、この研究が単に不安と読解力の関係を見るだけでなく、第一言語の読解力や第二言語適性といった要因も考慮に入れている点です。これにより、より包括的な視点から問題にアプローチすることが可能になりました。

研究方法

研究対象者は、アメリカの高校でスペイン語を学ぶ307人の生徒たちです。彼らの第二言語読解力を3年間にわたって追跡調査しました。

データ分析には、潜在成長曲線モデル(LGCM)という高度な統計手法を用いています。この手法により、時間の経過に伴う変化を詳細に分析することができます。

主な発見

1. 第二言語読解力の成長パターン

研究の結果、生徒たちの第二言語読解力は3年間で平均的に向上することが分かりました。しかし、その成長パターンには個人差があることも明らかになりました。

2. 不安の影響

外国語読解不安は、第二言語読解力の初期レベルと関連がありましたが、その後の成長には影響を与えませんでした。つまり、不安が高い生徒は初期の読解力が低い傾向にありましたが、不安の程度に関わらず、時間とともに読解力は向上していったのです。

3. 第一言語と第二言語適性の重要性

第一言語の読解力と第二言語適性は、第二言語読解力の初期レベルと成長の両方に強い影響を与えていました。これは、言語能力の基礎が第二言語習得において重要な役割を果たすことを示唆しています。

研究の意義と示唆

この研究は、外国語不安が第二言語習得に与える影響について、これまでの通説に再考を促す結果をもたらしました。特に以下の点で重要な示唆を提供しています:

1. 不安の役割の再評価

外国語不安は、必ずしも第二言語読解力の成長を妨げる要因ではないことが示されました。これは、不安に過度に焦点を当てるのではなく、言語スキルの向上に注力することの重要性を示唆しています。

2. 第一言語能力の重要性

第一言語の読解力が第二言語読解力の成長に強く影響していることから、第一言語の基礎的なスキルを固めることの重要性が再確認されました。

3. 第二言語適性の役割

第二言語適性も読解力の成長に大きく関わっていることが分かりました。これは、個々の学習者の適性に応じた指導の必要性を示唆しています。

4. 縦断的研究の重要性

この研究は、長期的な視点で言語習得を捉えることの重要性を示しています。一時点のデータだけでなく、時間の経過に伴う変化を見ることで、より深い理解が得られることが分かりました。

今後の課題

この研究は、第二言語習得研究に新たな視点をもたらす重要な貢献です。しかし、いくつかの限界点も指摘できます:

1. 対象言語の限定

この研究はスペイン語学習者のみを対象としています。他の言語でも同様の結果が得られるかどうかは、さらなる検証が必要です。

2. 文化的要因の考慮

言語学習には文化的要因も大きく影響します。この点についての考察がやや不足しているように思われます。

3. 不安測定の方法

外国語読解不安の測定に用いられた尺度(FLRAS)の妥当性について、さらなる検討が必要かもしれません。

4. 他の要因の検討

動機づけや学習ストラテジーなど、他の要因も第二言語読解力の成長に影響を与える可能性があります。これらの要因も含めた総合的な分析が求められます。

おわりに

本研究は、第二言語読解力の成長に影響を与える要因について、新たな知見をもたらしました。特に、外国語不安が必ずしも学習の妨げにならないという発見は、これまでの通説に再考を促すものです。

この研究結果は、第二言語教育の実践に重要な示唆を与えています。教育者は、学習者の不安を軽減することに過度に注力するのではなく、基礎的な言語スキルの向上に焦点を当てることが重要であると言えるでしょう。

同時に、個々の学習者の第一言語能力や第二言語適性を考慮に入れた、よりきめ細かな指導の必要性も示唆されています。

今後は、より多様な言語や文化的背景を持つ学習者を対象とした研究や、他の要因も含めたより包括的な分析が期待されます。また、この研究結果を実際の教育現場でどのように活用していくかについても、さらなる検討が必要でしょう。

第二言語習得は複雑なプロセスであり、単一の要因だけでその全体を説明することは困難です。本研究は、この複雑なプロセスの一端を明らかにしたという点で高く評価できます。今後、この研究をさらに発展させることで、より効果的な第二言語教育の実現につながることが期待されます。


Sparks, R. L., & Alamer, A. (2024). Language anxiety does not affect the growth of L2 reading achievement: The latent growth curve model approach. Applied Psycholinguistics. Advance online publication. https://doi.org/10.1017/S0142716424000171

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。