本論文”LLMs Will Always Hallucinate, and We Need to Live With This”(大規模言語モデルは常にハルシネーションを起こし、私たちはそれと共生する必要がある)は、人工知能研究の最前線にある大規模言語モデル(LLM)の本質的な限界について、数学的・論理的な観点から考察した意欲的な研究です。著者のSourav Banerjee氏らは、インドのヘルスケアスタートアップUnited We CareのDataLabsに所属する研究者たちです。彼らは、急速に発展し社会に浸透しつつあるLLMの能力と限界について、理論的な分析を行いました。

本論文の核心は、LLMが生成する「ハルシネーション」(幻覚、誤った情報の生成)が、単なる一時的なエラーではなく、これらのシステムに内在する避けられない特徴であるという主張です。著者らは、この主張を計算理論やゲーデルの不完全性定理を用いて論証しています。

LLMの構造と限界

論文は、まずLLMの基本的な仕組みと、現在主流の「トランスフォーマー」アーキテクチャについて説明しています。また、最新の「Mamba」や「Jamba」といった新しいアーキテクチャについても触れ、LLM技術の急速な進化を示しています。

著者らは、LLMの処理過程を以下の5段階に分けて分析しています:

1. トレーニングデータの構築
2. 意図の分類
3. 情報の検索
4. 出力の生成
5. 生成後の事実確認

そして、これらの各段階において、ハルシネーションが避けられない理由を数学的に証明しています。

証明の核心

著者らの証明は、以下の5つの主張に基づいています:

1. どんなトレーニングデータセットも100%完全ではあり得ない。
2. データが完全だとしても、LLMは100%の精度で情報を検索することはできない。
3. LLMは100%の精度で意図を分類することはできない。
4. どんな事前トレーニングでも、ハルシネーションを完全に排除することはできない。
5. どんな事実確認メカニズムでも、ハルシネーションを完全に排除することはできない。

これらの主張を、著者らは計算理論の基本的な概念である「停止問題」や「受理問題」の決定不能性を用いて証明しています。例えば、LLMが自身の出力の長さを事前に知ることができないこと(停止問題の決定不能性)から、どんな出力も生成し得ることを示しています。

ハルシネーションの不可避性

著者らは、これらの証明を通じて、ハルシネーションがLLMの本質的な特徴であることを主張しています。つまり、アーキテクチャの改良やデータセットの拡大、事実確認メカニズムの導入といった手法では、ハルシネーションを完全に排除することはできないというのです。

この主張は、LLMの利用や開発に対して重要な示唆を持っています。完璧なLLMを目指すのではなく、ハルシネーションという特性を理解した上で、いかにそれと共存していくかを考える必要があるということです。

理論的貢献と実践的課題

本論文の最大の貢献は、LLMのハルシネーション問題を理論的に分析し、その不可避性を数学的に示したことです。これは、LLM研究に新たな視点をもたらす重要な成果だと言えるでしょう。

一方で、この理論的な分析が実際のLLM開発や利用にどのように影響するかについては、さらなる議論が必要です。例えば、ハルシネーションが避けられないとしても、その頻度や深刻度を減らす方法は依然として重要な研究課題となるでしょう。

また、本論文の主張が、LLMの有用性や将来性を否定するものではないことにも注意が必要です。著者らも指摘しているように、ハルシネーションはLLMの創造性の源泉でもあります。重要なのは、LLMの特性を正しく理解し、適切に活用することです。

社会的影響と倫理的考察

論文は、LLMのハルシネーションがもたらす社会的影響についても考察しています。誤情報の拡散、法的・倫理的リスク、公衆衛生への影響、AIへの信頼の低下、偏見の増幅などが挙げられています。これらの問題は、LLMが社会に浸透するにつれてますます重要になってくるでしょう。

著者らは、これらの課題に対処するために、AIリテラシーの向上、デジタルデバイドの解消、子供や脆弱な立場の人々のための安全な利用方法の確立、適切な規制の整備などを提案しています。これらは、技術開発と並行して取り組むべき重要な課題です。

まとめ:LLMとの共生に向けて

本論文は、LLMの限界を理論的に明らかにすることで、私たちがこの強力なツールとどのように向き合うべきかを問いかけています。ハルシネーションという特性を理解し、それを前提とした上でLLMを活用していく必要があるのです。

著者らが結論で述べているように、LLMは人間の思考や認知の「拡張」であって「代替」ではありません。この視点は、AIと人間の関係を考える上で重要な指針となるでしょう。

本論文は、LLM研究に新たな理論的基盤を提供するとともに、AIと社会の関係について深い考察を促す重要な研究だと言えます。技術者だけでなく、政策立案者や一般市民にとっても、AI時代を生きるための重要な示唆を含んでいると言えるでしょう。


Banerjee, S., Agarwal, A., & Singla, S. (2024). LLMs Will Always Hallucinate, and We Need to Live With This. arXiv. https://arxiv.org/abs/2409.05746v1

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。