あなたは英語を学ぶ際に、AIの力を借りたことはありますか?スマートフォンの翻訳アプリを使ったり、オンライン学習ツールを活用したりしたことがある人も多いのではないでしょうか。実は、AIは私たちの英語学習をますます強力にサポートするようになってきているのです。では、AIは具体的にどのように英語教育を変えつつあるのでしょうか?

この疑問に答えるべく、天津財経大学珠江学院の人文芸術学部に所属するRuihong Jiang氏が興味深い論文を発表しました。「How does artificial intelligence empower EFL teaching and learning nowadays? A review on artificial intelligence in the EFL context(AIは現在、EFL教育と学習をどのように強化しているか?EFLコンテキストにおけるAIに関するレビュー)」と題されたこの論文は、AIが英語教育にもたらす革新的な変化について包括的に分析しています。

AIが英語教育にもたらす6つの革新

Jiang氏の研究によると、AIは主に以下の6つの形で英語教育に革新をもたらしています:

  1. 自動評価システム
  2. ニューラル機械翻訳ツール
  3. インテリジェント・チュータリング・システム
  4. AIチャットボット
  5. インテリジェント仮想環境
  6. 感情コンピューティング

それでは、これらの革新的なAI技術が英語教育にどのような影響を与えているのか、詳しく見ていきましょう。

1. 自動評価システム:即時フィードバックで学習効果アップ

自動評価システム(AES)は、ビッグデータと自然言語処理技術を駆使して、学習者の入力情報を評価し、自動的に改善点を提示します。主にライティングとスピーキングの分野で活用されています。

例えば、「Criterion」や「Pigai」といった商用アプリケーションは、ライティングの正確性向上や、学習者のライティング練習・修正へのモチベーション向上に貢献しています。また、「English 60 Junior」や「Eye speak」などのスピーキング用AESは、口頭での流暢さや発音の改善に効果があることが確認されています。

しかし、教師の中には、AESの使用に慎重な意見もあります。人間の評価者に完全に取って代わることはできないという見方や、認識の精度や利便性に関する課題が指摘されています。

2. ニューラル機械翻訳ツール:言語の壁を越える橋渡し

ニューラル機械翻訳(NMT)は、end-to-endの学習アプローチを用いた自動翻訳技術です。Google TranslateやMicrosoft Translatorなどが代表的なツールです。

これらのツールは、学習者の自主的な学習を促進し、語彙や文法の知識の習得を助け、ライティングやリーディング能力の向上に寄与することが研究で示されています。また、言語不安を軽減する効果もあるとされています。

一方で、文脈レベルでの適切な意味や含意の伝達が難しい、不連続な表現や語順に関するエラーが存在するなどの課題も指摘されており、人間による後編集が必要とされています。

3. インテリジェント・チュータリング・システム:個別最適化された学習体験

インテリジェント・チュータリング・システム(ITS)は、学習者モデル、アルゴリズム、ニューラルネットワークを基にして設計された、個別指導を促進し学習を支援するコンピュータベースの学習システムです。

ITSは適切で即時のフィードバックを提供し、学習教材をカスタマイズすることで、文法学習や読解力の向上に効果があることが確認されています。さらに、反転授業や自己調整学習と組み合わせることで、より効果的な学習環境を構築できる可能性があります。

4. AIチャットボット:24時間365日の会話練習パートナー

AIチャットボットは、人工知能を搭載したコンピュータプログラムで、書面または音声で知的な人間言語のやり取りを促進します。過去の会話から知識や認識を更新し、よりスムーズなユーザー体験を提供します。

研究によると、AIチャットボットは文法や新しい語彙の習得を強化するだけでなく、口頭コミュニケーションスキル、リスニング・リーディングスキル、質の高い議論文を書く能力の向上にも貢献します。さらに、学習者のモチベーション、自信、学習への興味を高める効果も報告されています。

ただし、初心者にとっての効果については意見が分かれており、さらなる研究が必要とされています。また、軽微な発音エラーや文法・スペルミスの解釈と診断には課題が残されています。

5. インテリジェント仮想環境:没入型学習で英語力アップ

バーチャルリアリティ(VR)ツールは、ここ20年で外国語教育に広く採用されるようになりました。Google Earth、Google Tour Creator、Google Expeditionsなどがその例です。

VRツールは、語彙学習と記憶の向上、英語でのスピーキングとコミュニケーションへの意欲の強化、理想的な第二言語自己の構築、英語学習への動機付けの向上と不安の軽減などに効果があることが確認されています。

さらに、AIがバーチャル環境と相互作用できるようになったことで、インテリジェント仮想環境(IVE)が登場しました。IVEの典型的な応用例である仮想エージェント(アバター)は、ユーザーのバーチャル空間での存在感を高め、コラボレーションを促進します。

6. 感情コンピューティング:学習者の感情を理解し、サポート

感情が学習に大きな影響を与えることは広く認識されています。感情コンピューティング(AC)は、「感情に関連し、感情から生じ、または意図的に感情に影響を与えるコンピューティング」と定義されます。

ACは、生理的データ、顔の表情、テキストデータから学習者の感情を認識し、インテリジェント・チュータリング・システムに組み込まれて様々な教育分野で活用されています。

感情チュータリングシステム(ATS)は、学習者の感情表現を検出し、学習状態を判断し、インタラクティブなフィードバックを提供することで、学習意欲と学習成果の向上に寄与することが確認されています。

AIがもたらす英語教育の未来:課題と展望

Jiang氏の研究は、AIが英語教育に革命的な変化をもたらす可能性を示唆しています。しかし、その一方で、いくつかの課題も指摘されています。

技術面での課題

  1. マルチモーダル信号の分析:テキスト、音声、顔の微表情、体の動きなど、複数の信号を同時に分析する技術の向上が求められています。
  2. 感情コンピューティングの倫理的問題:学習者の生理的信号を収集・分析する際のプライバシーや倫理的配慮が必要です。
  3. パーソナライズされたEFLツールとシステムの開発:継続的学習とACを統合し、各学習者の習熟度と感情状態に適応するシステムの開発が期待されています。

教師側の課題

  1. AIに対する教師の態度:AIの受容度を高めるために、AIの効果的な活用法に関する教師の自信と知識を向上させる必要があります。
  2. 倫理的配慮:AI活用時の倫理的影響やリスクに対する教師の意識向上が重要です。
  3. 技術サポート:AI研究者との学際的な研究参加機会を増やし、教師のAI理解と活用を促進することが求められています。

今後の研究方向性

Jiang氏は、今後のAIと英語教育に関する研究の方向性として、以下の点を挙げています:

  1. 長期的な効果検証:より多くの参加者、厳密な評価、適切な指導者と支援機関を伴う堅牢な実験を通じて、AIの長期的な効果を検証する必要があります。
  2. 適応性の研究:異なる学習者特性(個人の特性、言語適性、動機付け、学習スタイル、学習戦略)や多様な学習・教育コンテキスト(オンライン教育、ブレンド型学習、反転授業など)に対するAIの適応性を調査することが重要です。
  3. 感情コンピューティングの応用:英語教育における学習者の感情状態を探るためのACの活用に関する研究が期待されます。
  4. 教育的・倫理的影響の探求:AIの教育的意味合いや倫理的影響、リスクに関する新たな知見を得ることが求められています。

まとめ:AIと人間の協調による英語教育の未来

AIは英語教育に革命的な変化をもたらす可能性を秘めています。自動評価システム、ニューラル機械翻訳、インテリジェント・チュータリング・システム、AIチャットボット、インテリジェント仮想環境、感情コンピューティングなど、様々な技術が英語学習をサポートし、効果を上げています。

しかし、AIが教師に取って代わるわけではありません。むしろ、AIと教師が協調し、それぞれの長所を活かすことで、より効果的な英語教育が実現できるでしょう。技術面での進歩と並行して、教師のAIリテラシー向上や倫理的配慮の徹底が重要になってきます。

今後、長期的な効果検証や様々な学習者・学習環境への適応性の研究、感情コンピューティングの応用など、さらなる研究の進展が期待されます。AIと人間が協力し合う新しい英語教育の形が、私たちの目の前に広がりつつあるのです。


Jiang, R. (2022). How does artificial intelligence empower EFL teaching and learning nowadays? A review on artificial intelligence in the EFL context. Frontiers in Psychology, 13, 1049401. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.1049401

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。