第二言語習得(SLA)の分野において、学習開始年齢が言語習得に与える影響は長年議論の的となってきました。Mohammad Mosiur Rahman氏らによる本論文は、この複雑な問題に新たな視点を提供しています。著者らはマレーシアのUniversiti Sains Malaysiaに所属する言語学者で、SLAの分野で幅広い研究実績を持っています。

本論文の主な目的は、SLAにおける臨界期仮説(CPH)と最終到達度(UA)の概念を批判的に検討することです。CPHとは言語習得には最適な時期(臨界期)があるという仮説で、UAは母語話者レベルの習熟度を指します。著者らは既存の研究を広範にレビューし、これらの概念の妥当性や研究手法の問題点を指摘しています。

臨界期仮説をめぐる論争

CPHは神経生物学者のPenfieldとRobertsによって1959年に提唱され、その後Lennebergが1967年に発展させた概念です。彼らは言語習得には2歳から思春期までの臨界期があると主張しました。しかし、SLAにおけるCPHの存在については研究者間で意見が分かれています。

著者らは、CPHを支持する研究と反対する研究の両方を紹介しています。例えば、HyltenstamとAbrahamsson(2000)は、臨界期後のL2学習者は母語話者レベルに達しないと主張しています。一方、HakutaらはCPHを否定し、年齢とSLAに負の相関があることを示しました。

著者らは、CPHの存在自体が議論の余地があり、特に文法や語彙の習得においてはCPHの影響が明確でないことを指摘しています。

最終到達度の基準をめぐる問題

論文の重要な指摘の1つは、L2学習者の達成度を母語話者レベル(UA)と比較することの問題点です。著者らは以下の理由からこの比較が不適切だと主張しています:

1. 言語と文化の密接な関係
2. L2学習者特有の脳内表象
3. 学習環境や個人差の影響

例えば、インドのような多言語社会では、ある言語の流暢な話者でも必ずしも「母語話者」とは言えない場合があります。また、L2学習者の脳内での言語処理は母語話者とは異なる可能性があります。

著者らは、L2学習者の達成度は彼ら独自の基準で評価されるべきだというCook(2002)の主張を支持しています。これは言語テストや評価システムに大きな影響を与える可能性のある提言です。

研究方法の課題

本論文は、SLA研究、特に年齢効果に関する研究の方法論的問題点も指摘しています。

1. 量的研究への偏重
2. 実験室ベースの研究の限界
3. サンプリングの問題
4. 個人差の考慮不足

著者らは、自然な環境での研究や質的研究の重要性を強調しています。また、学習者の動機づけや教育レベルなどの個人差を考慮に入れた研究の必要性を訴えています。

文脈的要因と個人内要因の重要性

著者らは、年齢以外の要因がSLAに大きな影響を与えることを強調しています。特に以下の2点を重視しています。

1. L2インプットの量と質
2. 社会心理学的要因

例えば、目標言語への露出度や使用機会の多さが習得に大きく影響することが示されています。また、学習者の態度や動機づけなどの心理的要因も重要です。

著者らは、これらの要因を考慮に入れた包括的な研究アプローチの必要性を訴えています。

研究への示唆と今後の課題

本論文は、SLA研究、特に年齢効果に関する研究の今後の方向性について、以下のような示唆を提供しています。

1. CPHやUAの概念の再検討
2. L2学習者独自の評価基準の開発
3. 文脈的要因と個人内要因を考慮した研究設計
4. 長期的な縦断研究の実施
5. より適切な研究変数と測定方法の選択

著者らは、これらの点を考慮することで、SLA研究がより信頼性の高い結果を得られるようになると主張しています。

おわりに

本論文は、SLAにおける年齢効果の研究に新たな視点を提供しています。CPHやUAの概念に疑問を投げかけ、より包括的で文脈を考慮したアプローチの必要性を訴えています。これらの提言は、SLA研究だけでなく、第二言語教育の実践にも大きな影響を与える可能性があります。

例えば、「早ければ早いほど良い」という一般的な信念に基づいた早期英語教育政策の再評価が必要かもしれません。また、IELTS、TOEFLなどの国際的な言語テストも、L2学習者の特性をより反映した評価システムに変更する必要があるかもしれません。

本論文の強みは、広範な先行研究のレビューに基づいて議論を展開している点です。一方で、著者ら自身の実証研究は含まれておらず、主に理論的な考察にとどまっている点は限界と言えるでしょう。

今後は、本論文で提起された問題意識に基づいた実証研究が求められます。特に、年齢、文脈的要因、個人内要因を総合的に考慮した長期的な縦断研究が、SLAにおける年齢効果の真の姿を明らかにする上で重要となるでしょう。

SLAは複雑な過程であり、単一の要因だけで説明することは困難です。本論文は、この複雑性を認識し、より包括的なアプローチでSLAを理解することの重要性を改めて示しています。これは、研究者だけでなく、言語教育に携わるすべての人々にとって重要なメッセージと言えるでしょう。


Rahman, M. M., Pandian, A., Karim, A., & Shahed, F. H. (2017). Effect of age in second language acquisition: A critical review from the perspective of critical period hypothesis and ultimate attainment. International Journal of English Linguistics, 7(5), 1-7. https://doi.org/10.5539/ijel.v7n5p1

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。