本書『AI時代を生き抜くための仮説脳』は、理学博士で科学作家の竹内薫氏による、AI時代を生き抜くための思考法についての著作である。著者は、急速に変化する現代社会において、「仮説を立てる力」こそが生存戦略として不可欠だと主張する。本書では、仮説思考の重要性や具体的な方法、そしてそれを活かすためのチームコミュニケーションについて、豊富な事例を交えながら解説している。
仮説思考の重要性
著者によれば、現代は「正解がない時代」であり、過去の成功パターンが通用しなくなっている。そのような状況下で生き残るためには、常に「こうなるかもしれない」という仮説を立てながら物事を奥深く考え、スピーディに意思決定や行動できる人になる必要がある。
著者は、仮説思考が単なるビジネススキルではなく、人間の生存戦略そのものだと位置づける。生物の進化の歴史を引き合いに出しながら、厳しい環境変化の中で生き残ってきた生物たちの戦略と、現代人が直面する課題との類似性を指摘する。
AIとの共存
本書のタイトルにもある「AI時代」について、著者は楽観的な見方を示している。確かに、AIやロボットの台頭により多くの職業が代替される可能性があるが、それは同時に新たな職業や産業の創出につながるチャンスでもあると著者は考える。
重要なのは、AIと競争するのではなく、AIを使いこなすスキルを身につけることだ。著者は、チャットGPTなどの最新のAI技術を例に挙げ、これらを効果的に活用しつつ、人間にしかできない創造的な仕事に注力することの重要性を説いている。
仮説構築のプロセス
著者は仮説構築のプロセスを以下の3つに分けて説明している:
1. 目的:何のために仮説を立てるのか
2. 構築:どのように仮説を立てるのか
3. 実行:どのように仮説を活用するのか
特に「構築」の段階では、情報収集の重要性が強調されている。著者は、真に有益な情報は「人間からのリアルな情報」だとし、ネットや書籍だけでなく、その分野の専門家から直接話を聞くことの重要性を説いている。
また、英語での情報収集の重要性も指摘している。日本語の情報だけでなく、英語の情報にもアクセスすることで、より広範囲で質の高い情報を得られるという。
発想力を鍛える
仮説を立てる上で重要なのが「発想力」だ。著者は、発想力を鍛えるための具体的な方法をいくつか提案している。
1. 図形や数学の問題を解く
2. カメラを持って外出し、普段見過ごしているものに気づく習慣をつける
3. ロールプレイングゲーム(RPG)をプレイする
4. 推理小説を読む
5. お風呂で考え事をする
これらの活動を通じて、既存の枠にとらわれない自由な発想力を養うことができるという。
思い込みからの脱却
著者は、仮説思考の大きな障害として「思い込み」や「常識」を挙げている。これらは、新しいアイデアや革新的な仮説の妨げとなる可能性がある。
思い込みから脱却するためには、意識的に「人と違うこと」や「今までと違うこと」を試みることが重要だと著者は主張する。ただし、やみくもに違うことをするのではなく、本当に重要な点に集中することが大切だという。
チームでの仮説構築
本書の後半では、チームで仮説を立てる際のポイントについて解説されている。著者は、多様な背景を持つメンバーが集まってディスカッションすることの重要性を強調している。
また、仮説を立てる際には、まずはメリットやプラスの面に注目することを推奨している。デメリットやリスクばかりを考えてしまうと、有力な仮説まで棄却してしまう可能性があるからだ。
さらに、仮説を相手に伝える際の「熱意」の重要性も指摘されている。論理的な説明だけでなく、自分の仮説に対する情熱を相手に伝えることで、より効果的に仮説を共有できるという。
科学的アプローチの重要性
本書の特徴の一つは、著者の科学者としてのバックグラウンドを活かした、科学的アプローチの重視だ。例えば、iPS細胞の開発や、皮膚の電気的性質に関する研究など、最先端の科学研究を例に挙げながら、仮説構築のプロセスを説明している。
これらの事例は、仮説思考が単にビジネスの世界だけでなく、科学の発展においても重要な役割を果たしていることを示している。著者は、科学的思考法を日常生活やビジネスの場面に応用することの有効性を説いている。
批評と考察
本書の最大の強みは、著者の幅広い知識と経験に基づいた具体的な事例の豊富さだ。科学、ビジネス、教育など、様々な分野からの事例が紹介されており、読者は自分の状況に当てはめて考えやすい。
また、仮説思考を単なるビジネススキルではなく、生存戦略として位置づけている点も興味深い。進化論的な視点を取り入れることで、仮説思考の普遍性と重要性を強調することに成功している。
一方で、本書の弱点として挙げられるのは、仮説思考のデメリットや限界についての言及が少ない点だ。例えば、過度に仮説に頼ることで、現実の事実を無視してしまう危険性や、仮説が間違っていた場合のリスク管理についての議論があれば、より balanced な内容になったのではないだろうか。
また、AIとの共存については楽観的な見方が示されているが、AIによる失業や格差拡大などの負の側面についてもう少し踏み込んだ議論があれば、より説得力のある内容になったかもしれない。
おわりに
総じて、本書は急速に変化する現代社会を生き抜くための思考法として、仮説思考の重要性を説得力をもって論じている。科学的アプローチと実践的なアドバイスのバランスが取れており、幅広い読者層にアピールする内容となっている。
特に、自身のキャリアや人生の岐路に立っている人、新規事業の立ち上げを考えている起業家、そして組織の変革を目指すリーダーにとって、本書は大いに参考になるだろう。仮説思考を身につけることで、不確実性の高い環境下でも、自信を持って決断し行動できるようになるはずだ。
AI時代において、人間にしかできない創造的な思考や判断がますます重要になってくる。その意味で、本書が提唱する仮説思考は、まさに時代が求める能力だといえるだろう。結局は、一人ひとりが、仮説思考を磨き、自らの道を切り拓いていくことが必要なのだろう。