グローバル化が進む現代社会において、異文化間のコミュニケーションの重要性は日々高まっています。しかし、テクノロジーの発展により時間や距離の壁は低くなった一方で、文化の違いによるコミュニケーションの障壁は依然として大きな課題となっています。この問題に焦点を当てた研究が、Karen Moustafa Leonard氏らによる”Culture and Communication: Cultural Variations and Media Effectiveness”です。

本論文は、文化がコミュニケーションメディアの効果に与える影響を理論的に考察し、新たな視点を提示しています。筆者らは、文化の違いがコミュニケーションメディアの選択や効果の認識にどのように影響するかを探求し、グローバルな組織におけるコミュニケーション戦略の重要性を強調しています。

研究の背景と筆者の紹介

本研究の筆頭著者であるKaren Moustafa Leonard氏は、Indiana University-Purdue University Fort Wayneの経営学部准教授です。国際経営や組織行動を専門とし、ハラスメントやいじめ、倫理と説明責任、組織における時間志向などの研究を行っています。共著者のJames R. Van Scotter氏はLouisiana State Universityの准教授で、個人やグループのパフォーマンス、コンピューターを介したコミュニケーション、電子商取引などの研究を行っています。Fatma Pakdil氏はトルコのBaskent Universityの准教授で、組織理論や総合品質管理、人的資源管理などを専門としています。

この研究は、グローバル化が進む中で組織が直面するコミュニケーションの課題に焦点を当てています。特に、文化の違いがコミュニケーションメディアの効果にどのような影響を与えるかを理解することが、国際的な事業展開を行う企業にとって重要な課題となっていることを背景としています。

理論的枠組み:メディア・リッチネス理論と文化的次元

本研究では、メディア・リッチネス理論と文化的次元の概念を組み合わせて、新たな理論的枠組みを構築しています。

メディア・リッチネス理論は、コミュニケーションメディアの情報伝達能力を説明する理論です。この理論によれば、メディアにはそれぞれ異なる「豊かさ」があり、複雑な情報を伝えるには豊かなメディアが適しているとされます。例えば、対面でのコミュニケーションは最も豊かなメディアとされ、電子メールなどは比較的貧弱なメディアとされます。

一方、文化的次元は、国や社会の文化的特徴を説明する概念です。本研究では、特に以下の3つの次元に注目しています:

1. 個人主義 vs 集団主義
2. 権力格差
3. 不確実性回避

これらの文化的次元が、メディアの豊かさの認識やコミュニケーションの効果に影響を与えるという仮説を立てています。

文化とコミュニケーションの関係

本研究の核心は、文化がコミュニケーションメディアの効果の認識に与える影響を理論化したことです。以下、主要な文化的次元ごとに、その影響を見ていきます。

1. 個人主義 vs 集団主義

個人主義的な文化では、個人の目標や成果が重視され、直接的なコミュニケーションが好まれる傾向があります。一方、集団主義的な文化では、集団の調和や関係性が重視され、文脈に依存したコミュニケーションが好まれます。

筆者らは、集団主義的な文化の人々は、より豊かなメディア(例:対面コミュニケーション)を効果的だと認識する傾向があると予測しています。これは、豊かなメディアが文脈や非言語的な手がかりを伝えやすいためです。

2. 権力格差

権力格差の大きい文化では、組織内の階層が明確で、上下関係が重視されます。一方、権力格差の小さい文化では、より平等な関係性が好まれます。

研究者らは、権力格差の大きい文化では、豊かなメディアがより効果的だと認識される傾向があると予測しています。これは、豊かなメディアが地位や権威を示す非言語的な手がかりを伝えやすいためです。

3. 不確実性回避

不確実性回避の強い文化では、曖昧さや不確実性を嫌い、明確なルールや構造を好む傾向があります。一方、不確実性回避の弱い文化では、曖昧さをより許容し、柔軟性を重視します。

筆者らは、不確実性回避の強い文化の人々は、より豊かなメディアを効果的だと認識する傾向があると予測しています。これは、豊かなメディアがより多くの情報を提供し、不確実性を減らすのに役立つためです。

マルチレベルモデルの提案

本研究の重要な貢献の一つは、文化とコミュニケーションの関係を説明するマルチレベルモデルを提案していることです。このモデルは、社会レベルの文化と個人レベルの文化的傾向の両方を考慮しています。

モデルによれば、社会レベルの文化が個人の文化的傾向に影響を与え、それがメディアの豊かさの認識やコミュニケーションの効果の認識に影響するとされています。また、タスクの要求や受信者の特性、組織文化、技術の受容度など、他の要因も考慮に入れています。

このモデルの強みは、文化の影響を社会レベルと個人レベルの両方で捉えていることです。これにより、同じ社会に属していても個人によって異なる反応が見られる可能性を説明できます。

研究の意義と限界

本研究の意義は、グローバルな組織におけるコミュニケーション戦略の重要性を浮き彫りにしたことです。文化の違いがコミュニケーションメディアの効果の認識に影響を与えるという視点は、国際的なビジネスを展開する企業にとって重要な示唆を含んでいます。

例えば、集団主義的な文化圏で事業を展開する場合、電子メールよりも対面でのコミュニケーションを重視する必要があるかもしれません。また、権力格差の大きい文化圏では、階層を意識したコミュニケーション方法を選択することが効果的かもしれません。

一方で、本研究にはいくつかの限界もあります。まず、理論的な考察にとどまっており、実証研究は行われていません。また、文化的次元間の相互作用についての検討が不十分である点も指摘されています。

さらに、文化以外の要因(タスクの性質、受信者の特性、組織文化など)がコミュニケーションに与える影響について、十分な考察がなされていない点も課題として挙げられています。

今後の展望

本研究は、文化がコミュニケーションメディアの効果の認識に与える影響について、新たな理論的視点を提供しています。グローバル化が進む現代社会において、この視点は非常に重要です。

今後の研究では、本研究で提案されたモデルの実証的検証が必要でしょう。また、文化的次元間の相互作用や、文化以外の要因との関係についても、さらなる探求が求められます。

さらに、テクノロジーの進化に伴い新たなコミュニケーションメディアが登場していることを考えると、これらの新しいメディアについても文化の影響を検討する必要があるでしょう。

最後に、本研究は主に西洋的な視点から行われていることも指摘されています。今後は、より多様な文化的背景を持つ研究者による検討も重要になるでしょう。

グローバル化が進む現代社会において、異文化間のコミュニケーションの重要性は今後ますます高まっていくことが予想されます。本研究は、この重要な課題に対する理解を深める一助となる、価値ある貢献だと言えるでしょう。


Leonard, K. M., Van Scotter, J. R., & Pakdil, F. (2009). Culture and communication: Cultural variations and media effectiveness. Administration & Society, 41(7), 850-877. https://doi.org/10.1177/0095399709344054

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。