細川英雄氏の『自分の〈ことば〉をつくる-あなたにしか語れないことを表現する技術』は、単なる文章術や表現技法の本ではありません。本書は、私たち一人ひとりが持つ固有の視点や経験を、いかにして他者に伝わる形で表現するかという、より本質的な問いに向き合う試みといえます。

著者は、表現することの意味を根本から問い直します。なぜ私たちは表現するのか。何を伝えたいのか。そして、自分にしか語れないことは何なのか。これらの問いを突き詰めることで、読者は単に「うまく書く」技術ではなく、自分自身と向き合い、他者とつながるための本当の意味での表現力を身につけることができると言う。

自分のテーマを見つける – 興味関心から問題意識へ

本書の特徴は、「自分のテーマ」を見つけることに重点を置いている点です。細川氏は、単に与えられたトピックについて書くのではなく、自分自身の興味関心や問題意識から出発することの重要性を説きます。

著者は、興味関心から問題関心へ、そして問題意識へと深化させていく過程を丁寧に解説しています。この過程は、単なる自己表現にとどまらず、社会とのつながりを意識した、より深い思考へと読者を導きます。

「なぜ」を問い続ける – 思考を深める対話の技法

本書で強調されているのは、「なぜ」という問いの重要性です。自分の考えや感情の根源を掘り下げることで、表面的な表現を超えた、真に自分らしい表現が可能になると著者は主張します。

さらに、この「なぜ」は自分自身に向けられるだけでなく、他者との対話の中でも重要な役割を果たします。著者は、他者との対話を通じて自分の考えを深め、磨いていく過程の重要性を繰り返し強調しています。

経験を語る – 具体例の力

本書の特筆すべき点は、抽象的な議論に終始せず、具体的な経験を語ることの重要性を説いている点です。著者は、自分の経験を掘り下げ、そこから普遍的なテーマを見出すプロセスを詳細に解説しています。

特に印象的なのは、高校生の千葉くんの事例です。この事例を通じて、著者は表現することの困難さと同時に、それを乗り越えたときの喜びや成長を生き生きと描き出しています。

対話を通じた成長 – 他者との関わりの中で

本書の核心は、表現することが単なる個人的な営みではなく、他者との対話を通じた成長のプロセスであるという点です。著者は、自分の考えを他者に伝え、フィードバックを得ることで、自分の思考がより深まり、洗練されていく過程を詳細に描いています。

この対話のプロセスは、単に文章力を向上させるだけでなく、自己理解を深め、他者との関係性を構築する上でも重要な役割を果たします。著者は、この対話を通じた成長が、最終的には社会参加への道筋となることを示唆しています。

思考と表現のスパイラル – 循環的な成長モデル

細川氏は、思考と表現が相互に影響し合い、螺旋状に発展していくモデルを提示しています。考えることで表現が深まり、表現することでさらに思考が深まるという循環的なプロセスは、本書の重要な洞察の一つです。

このモデルは、表現力の向上が単線的なものではなく、試行錯誤と反復を含む複雑なプロセスであることを読者に理解させます。同時に、このプロセスこそが個人の成長と自己実現につながることを示唆しています。

生活と仕事の中の表現 – 日常への応用

本書の実践的な価値は、表現することを特別な活動としてではなく、日常生活や仕事の中に組み込むことを提案している点にあります。著者は、日々の経験や思考を意識的に言語化し、他者と共有することの重要性を説いています。

この視点は、表現力の向上が単なるスキルアップではなく、より豊かな人生や充実したキャリアにつながることを示唆しています。著者は、自分のテーマを持ち、それを表現することが、個人の成長だけでなく、社会への参加や貢献にもつながると主張しています。

結論 – 自分らしさを見つける旅

自分の〈ことば〉をつくる』は、単なる表現技術の本を超えて、自己発見と自己実現の旅への招待状と言えるでしょう。著者は、表現することが自分自身を深く理解し、他者とつながり、社会に参加するための重要な手段であることを説得力豊かに論じています。

本書は、表現することに苦手意識を持つ人々に新たな視点を提供し、すでに表現活動に取り組んでいる人々にはさらなる深化の機会を与えてくれるでしょう。細川氏の丁寧な解説と具体的な事例は、読者一人ひとりが自分のテーマを見つけ、自分らしい表現を追求する上で、貴重な指針となることでしょう。

最後に、本書の真の価値は、読者自身が実践し、経験することで初めて実感できるものです。自分の〈ことば〉を見つける旅は、決して容易ではありませんが、その過程こそが私たちを真の意味で豊かにし、成長させてくれるのです。本書は、一人ひとりが自分らしい表現を見つけ、より充実した人生を送るきっかけを与えてくれると思います。

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。