リアルタイムレポート・デジタル教科書のゆくえ

デジタル化の波と日本の教育の課題

リアルタイムレポート デジタル教科書のゆくえ』(西田宗千佳著、TAC出版)は、日本の教育現場におけるデジタル教科書導入の現状と課題、そして未来への展望を、豊富な事例と鋭い視点で描き出した意欲作である。2011年の電子書籍リーダー普及以降、教育分野においてもデジタル化の波は避けられないものとなりつつある。文部科学省はデジタル教科書を「学習者一人一人に最適化された学び」を実現するための有効な手段と位置づけ、2024年度から小学校全学年でデジタル教科書の導入が義務化される。しかし、デジタル教科書導入は単なる紙媒体の置き換えではなく、教育のあり方そのものを根底から問い直す、大きな変革を伴うものであることを、本書は明確に示している。

デジタル教科書とは何か?

第1章「デジタル教科書とは何か?」では、デジタル教科書の定義、歴史、世界各国における導入状況を概観し、日本が直面する課題を浮き彫りにする。デジタル教科書とは「デジタル化された教科書」ではなく、学習者の学習を支援する動画や音声、電子辞書機能などが付加された、学習効果を高めるためのツールであると定義されている。

著者は、日本におけるデジタル教科書導入の遅れの背景には、「紙」への根強い信仰や、高額な費用、教師のITスキル不足といった課題があることを指摘する。そして、デジタル教科書導入にはハードウェア整備だけでなく、日本の教育システムそのものを変革していく必要性を提示している。

デジタル教科書制作の舞台裏

第2章「デジタル教科書の作り手たち」では、デジタル教科書制作の現場に密着し、教科書会社、教育委員会、そして教育現場がどのように連携し、デジタル教科書導入に取り組んでいるのかを、具体的な事例を通して描いている。

老舗教科書会社である東京書籍は、1997年からデジタル教科書事業に参入し、タブレット端末に対応したデジタル教科書を開発している。同社は、デジタル教科書の普及には、教師の指導力向上と保護者の理解が不可欠であると考えている。

一方、教育ICTの先駆者であるNECは、1980年代から教育機関向けにPC-9801シリーズを中心とした教育システムを提供してきた。同社は、デジタル教科書の導入によって、子供たちが「いつでも、どこでも、誰とでも学べる」環境が実現すると考えている。

また、ICT教育の先進的な取り組みで知られる加賀市教育委員会は、2011年度から全小中学校の普通教室に電子黒板を導入し、2014年度には全小中学生にタブレット端末を配布した。同市では、デジタル教科書導入によって、教師が子供たちの学習状況を把握しやすくなったこと、そして個別に応じた指導がしやすくなったことといった効果が出ている。

これらの事例を通して、従来の紙媒体とは異なるノウハウや技術が必要とされること、そして教育現場の意識改革や新たな指導方法の開発といった、デジタル教科書導入に伴う多岐にわたる課題が浮き彫りになる。

デジタル教科書活用の最前線

第3章「デジタル教科書・使用現場レポート」では、先行導入した学校現場におけるデジタル教科書活用事例を通して、具体的な成果と課題を報告している。

千葉県柏市の麗澤中学校・高等学校では、2014年4月からiPadを使った授業を本格的に開始した。同校では、デジタル教科書導入によって、生徒の学習意欲が高まり、授業中の発言回数も増加したという結果が出ている。また、生徒たちはデジタル教科書に載っていない情報もインターネットで検索して調べ、授業で発表するなど、主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)に繋がっている。

一方、佐賀県武雄市の小学校における事例では、教員が生徒一人ひとりの学習進度を把握しやすくなったこと、そして特別な支援を必要とする児童生徒への個別指導がしやすくなったことといった効果が報告されている。

これらの事例は、デジタル教科書導入が、生徒の学習意欲の向上、教員の指導力向上、そして個別最適化された学びの実現といった点で、大きな可能性を秘めていることを示唆している。一方で、デジタル教科書を効果的に活用するためには、教員がICT機器を使いこなせるようになるための研修制度の充実、そしてデジタル教科書に対応した教材開発といった、今後の課題も明確になっている。

デジタル教科書の未来に向けて

第4章「デジタル教科書への期待と戸惑い」では、デジタル教科書導入をめぐる様々な立場の人々の意見を通して、デジタル教科書の未来について多角的に考察している。

教員からは、デジタル教科書によって授業準備の負担が軽減されること、動画や音声を使った分かりやすく興味深い授業ができるようになることへの期待が寄せられている。一方で、デジタル教科書の導入によって教師の仕事が奪われてしまうのではないか、デジタル教科書に対応した教材が少なく、教師が自分で教材を作らなければならないという不安の声も上がっている。

保護者からは、デジタル教科書によって子供の学習状況を把握しやすくなること、子供が楽しみながら学習できるようになることへの期待がある一方で、視力低下や高額な費用への懸念も示されている。

これらの多様な意見を通して、デジタル教科書導入は、教育関係者だけでなく、社会全体で議論していくべき課題であることが分かる。著者の西田氏は、デジタル教科書導入によって、教育はどう変わるのか、そして何が変わらないのかを問い続け、子供たちの未来のために、より良い教育のあり方を模索していくことの重要性を訴えている。

私たちが未来に向けて考えなければならないこと

本書は、デジタル教科書という、今まさに変わりつつある教育の現場を、様々な角度から捉え、その可能性と課題を浮き彫りにした一冊である。教育関係者のみならず、これから子供を持つ親、そして日本の未来を担う子供たち自身にとっても、必読の書と言えるだろう。

本書を読むことで、読者はデジタル教科書がもたらすであろう教育の未来について、深く考えるきっかけを得られるはずである。デジタル教科書は、単なる紙媒体のデジタル化ではなく、「学習者一人ひとりに最適化された学び」を実現し、子供たちの可能性を大きく広げる可能性を秘めている。本書が提示する様々な視点や課題は、私たち一人ひとりが、未来の教育について真剣に向き合い、共に考えていくことの大切さを教えてくれるだろう。

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。