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近年、ChatGPTをはじめとする生成AIの急速な発展により、教育や研究の在り方が大きく変わろうとしています。こうした状況下で、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)は2023年に『生成AI時代の教育と研究:人間中心のアプローチを目指して』という指針を発表しました。本書は、生成AIがもたらす機会とリスクを包括的に分析し、教育関係者や政策立案者に向けて具体的な提言を行っています。

生成AIとは何か

本書ではまず、生成AIの基本的な仕組みと特徴について解説しています。生成AIとは、大量のデータを学習し、それに基づいて新たなコンテンツを生成する人工知能技術です。テキスト、画像、音声、プログラムコードなど、さまざまな形式のコンテンツを生成できます。

代表的な生成AI技術として、テキスト生成に用いられる大規模言語モデル(LLM)や、画像生成に使われる敵対的生成ネットワーク(GAN)などが紹介されています。これらの技術は日進月歩で発展しており、生成されるコンテンツの質も急速に向上しています。

生成AIがもたらす課題

本書では、生成AIがもたらす様々な課題について詳細に分析しています。主な課題として以下のような点が挙げられています。

1. デジタル格差の拡大
生成AI技術の開発には膨大なデータと計算リソースが必要なため、一部の大手IT企業や先進国に技術が集中しています。これにより、データやリソースの乏しい国や地域との格差が拡大する恐れがあります。

2. 規制の遅れ
生成AI技術の発展スピードに、法規制が追いついていない現状があります。個人情報保護やAIの倫理的使用に関する規制整備が急務となっています。

3. 著作権の問題
生成AIの学習データには、著作権で保護されたコンテンツも含まれています。また、AIが生成したコンテンツの著作権帰属も不明確です。これらの問題に対する法的整備が必要です。

4. ブラックボックス問題
生成AIの内部構造は非常に複雑で、どのようにして特定の出力が生成されたのかを説明することが困難です。この「説明可能性」の欠如は、AIへの信頼性を損なう可能性があります。

5. 誤情報の拡散
生成AIは時として事実と異なる情報を生成することがあります。これらの誤情報がインターネット上で拡散されると、情報の信頼性が低下する恐れがあります。

6. 多様性の喪失
生成AIは学習データに基づいて内容を生成するため、主流の意見や考え方を反映しがちです。これにより、少数派の意見や文化的多様性が失われる可能性があります。

7. プライバシーとセキュリティ
生成AIの利用に伴い、個人データの収集や利用が増加します。プライバシー保護やデータセキュリティの確保が重要な課題となります。

人間中心のアプローチ

本書の核心は、生成AIの利用において「人間中心のアプローチ」を採用すべきだという主張です。これは、AIを人間の能力を拡張し支援するツールとして位置づけ、人間の主体性や尊厳を最優先にするという考え方です。

具体的には、以下のような原則を提唱しています。

1. 包摂性と公平性の促進
生成AIの利用が特定のグループを排除したり、不利益を与えたりしないよう配慮する必要があります。言語的・文化的多様性の尊重も重要です。

2. 人間の主体性の保護
生成AIに過度に依存せず、人間の思考力や創造性を育む機会を確保することが大切です。特に、子どもたちの知的発達に配慮が必要です。

3. 倫理的な検証と監視
教育現場でのAI導入に際しては、倫理的リスクや教育的妥当性を慎重に検証する必要があります。継続的なモニタリングも重要です。

4. AI・リテラシーの向上
教育者や学習者がAIの仕組みや影響を理解し、適切に活用できるよう、AI・リテラシー教育の充実が求められます。

5. 教育者の能力開発
教育者がAIを効果的に活用できるよう、専門的な研修やサポートが必要です。

6. 多様な意見の尊重
生成AIが主流の意見に偏らないよう、多様な視点や表現を積極的に取り入れる工夫が求められます。

7. 長期的影響の検討
生成AIが教育や研究に与える長期的な影響について、分野横断的な議論と検討が必要です。

政策立案者への提言

本書では、各国の政策立案者に向けて、生成AIの教育利用に関する具体的な提言を行っています。主な提言は以下の通りです。

1. 包括的な規制枠組みの構築
データ保護、著作権、AI倫理などに関する包括的な法規制を整備すること。

2. 省庁横断的なAI戦略の策定
教育分野でのAI活用を、国全体のAI戦略の中に位置づけること。

3. AI倫理に関する具体的な規制の実施
AI倫理に関する一般的な原則を、具体的な規制や指針として実装すること。

4. 年齢制限の検討
生成AIの使用に関して、子どもの保護の観点から適切な年齢制限を設けること。

5. データ主権の確保
自国のデータが海外の企業に一方的に利用されないよう、データ主権を確保すること。

6. AI人材の育成
AI開発や活用ができる人材を育成するための教育プログラムを充実させること。

7. 長期的影響の検討
生成AIが教育や研究に与える長期的な影響について、継続的に調査・検討を行うこと。

教育現場での創造的活用

本書では、生成AIを教育現場で創造的に活用するためのアイデアも提示しています。例えば、

1. 研究支援ツールとしての活用
文献レビューや研究計画の立案支援など、研究プロセスを効率化するツールとしての活用。

2. 教育コンテンツの開発支援
カリキュラム設計や教材作成を支援するツールとしての活用。

3. パーソナライズド学習の実現
学習者の理解度や進捗に合わせて、個別化された学習体験を提供するツールとしての活用。

4. 探究学習の促進
生成AIとの対話を通じて、批判的思考力や問題解決能力を育成する取り組み。

5. 特別支援教育での活用
障がいのある学習者のコミュニケーション支援や学習支援ツールとしての活用。

ただし、これらの活用にあたっては、人間の教育者が中心となり、AIはあくまでも補助的なツールとして位置づけることが強調されています。

今後の課題

本書の終盤では、生成AIが教育や研究にもたらす長期的な影響について、さらなる検討が必要な課題が提起されています。

1. 知識の定義と学習評価の再考
AIが人間を超える能力を持つ分野が増える中、何を学ぶべきか、どのように学習を評価すべきかを再検討する必要があります。

2. 創造性と独創性の育成
AIに依存せず、人間ならではの創造性や独創性を育む教育方法の開発が求められます。

3. 倫理的判断力の育成
AIが提示する情報や選択肢を批判的に評価し、倫理的な判断ができる能力の育成が重要になります。

4. 人間関係とコミュニケーション能力の重
AIとの対話が増える中、人間同士の関係性やコミュニケーション能力をいかに育むかが課題となります。

5. テクノロジーと人間の共生
AIを含むテクノロジーと人間が、いかに調和的に共存していくかについての教育が必要です。

まとめ

本書は、生成AI時代における教育のあり方について、包括的かつ深い洞察を提供しています。特に、「人間中心のアプローチ」を一貫して主張している点が注目に値します。AIを単なる効率化のツールとしてではなく、人間の能力を拡張し、よりよい社会を作るための手段として位置づけている点は高く評価できます。

また、具体的な政策提言や教育現場での活用アイデアを提示している点も実用的です。理念的な議論にとどまらず、実践的なガイドラインを示すことで、政策立案者や教育者が具体的なアクションを起こすための指針となっています。

一方で、本書の限界点として、生成AI技術の進歩の速さを考えると、ここで示された提言や活用例が急速に陳腐化する可能性もあります。そのため、本書の内容を固定的なものとして捉えるのではなく、継続的な議論と更新の出発点として位置づけることが重要でしょう。

結論として、本書は生成AI時代の教育に関する重要な指針であり、教育関係者や政策立案者にとって必読の書と言えます。しかし、読者はこれを鵜呑みにするのではなく、批判的に読み解き、自らの文脈に応じて解釈し、実践していくことが求められます。生成AIがもたらす変化は、教育の本質や目的を問い直す絶好の機会でもあります。本書を出発点として、教育の新たな可能性を探求し、すべての人々にとってより良い学びの機会を創出していくことが、私たちに課された課題なのです。


UNESCO. (2023). Guidance for generative AI in education and research. https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000385877

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。