生成AIの核心: 「新しい知」といかに向き合うか (NHK出版新書 705)

2022年末から2023年にかけて、ChatGPTをはじめとする生成AIの登場により、人工知能(AI)への注目が急速に高まりました。生成AIは、人間のような自然な文章を生成したり、画像を作成したりする能力を持ち、多くの人々に驚きと期待をもたらしました。

本書『生成AIの核心-「新しい知」といかに向き合うか』は、この生成AIブームの渦中で執筆されたものです。著者の西田宗千佳氏は、テクノロジージャーナリストとして長年にわたりIT業界を取材してきた経験を活かし、生成AIの現状と課題、そして今後の展望について、幅広い視点から解説しています。

本書の特徴は、単なる技術解説にとどまらず、生成AIが社会や経済、そして私たちの働き方にどのような影響を与えるのかを多角的に分析している点です。また、生成AIを実際に使用しながら執筆を進めるなど、実践的なアプローチも取り入れられています。

以下、本書の内容を章立てに沿って詳しく見ていきましょう。

第1章: なぜ社会を変えるインパクトを持つのか

第1章では、生成AIが注目を集めている理由と、その影響力について解説しています。

ChatGPTの登場と急速な普及
2022年11月にOpenAIが公開したChatGPTは、わずか2ヶ月で1億人のユーザーを獲得しました。これは過去のどのサービスよりも早い普及速度でした。ChatGPTの特徴は、単に質問に答えるだけでなく、プログラミングコードの作成や長文の生成など、幅広いタスクをこなせる点にあります。

生成AIの強み:使いやすさと多言語対応
生成AIの強みは、誰でも簡単に使えることです。特に、自然言語で命令を与えられる点が画期的でした。また、日本語を含む多言語に対応していることも、世界中で急速に普及した理由の一つです。

大手IT企業の動き
OpenAIの成功を受けて、マイクロソフトやグーグルなどの大手IT企業も生成AI開発に力を入れています。特にマイクロソフトは、OpenAIと提携し、Bing検索エンジンに生成AI機能を搭載するなど、積極的な展開を見せています。

日本企業の対応
日本でも、パナソニックやベネッセ、大和証券など、多くの大企業が生成AIの導入を進めています。マイクロソフトのクラウドサービス「Azure」を通じて、OpenAIの技術を利用できることが、導入を後押ししています。

第2章: 生成AIはどのようにして出現したのか

第2章では、生成AIの技術的背景や歴史について解説しています。

AIの歴史と機械学習
AIの歴史は古く、1940年代のコンピュータ誕生とともに始まりました。初期のAIは「記号学的アプローチ」と呼ばれる方法で開発されましたが、人間の曖昧な判断を再現するのは困難でした。その後、機械学習の登場により、AIは大きく進化しました。

ディープラーニングの登場
2012年、ディープラーニングと呼ばれる技術が画像認識の分野で大きな成功を収めました。これを機に、AIの性能は飛躍的に向上し、音声認識や自然言語処理など、様々な分野で活用されるようになりました。

生成AIの仕組み
生成AIの核心技術は「大規模言語モデル(LLM)」です。LLMは、インターネット上の膨大なテキストデータを学習し、文脈を理解して適切な文章を生成します。特に、「トランスフォーマー」と呼ばれる技術の登場により、LLMの性能は大きく向上しました。

生成AIの特徴と課題
生成AIは人間のような文章を生成できますが、必ずしも正確な情報を提供するわけではありません。「ハルシネーション」と呼ばれる、事実と異なる情報を生成してしまう問題があります。また、学習データの新しさに依存するため、最新の情報を扱うのが難しいという課題もあります。

第3章: 「コパイロツト(副操縦士)」としての生成AI

第3章では、生成AIを実際にどのように活用できるかについて、具体的な例を交えて解説しています。

コパイロット(副操縦士)としての生成AI
著者は、生成AIを人間の「コパイロット」として捉えることを提案しています。つまり、生成AIは人間の仕事を完全に代替するのではなく、サポート役として活用するのが望ましいという考えです。

文章作成への活用
生成AIは、文章の構成を考えたり、下書きを作成したりする際に非常に有用です。著者自身も本書の一部を執筆する際に生成AIを活用しており、その過程を詳しく紹介しています。

ビジネス文書への応用
企画書や提案書などのビジネス文書作成にも、生成AIは大きな力を発揮します。フォーマットに沿った文書を素早く作成できる点が特に有用です。

翻訳への活用
生成AIの言語処理能力は高く、翻訳にも活用できます。ただし、専門的な翻訳サービスほどの精度はないため、用途に応じて使い分ける必要があります。

第4章: 生成AIに「させるべきこと」と「させてはいけないこと」

第4章では、生成AIの普及に伴って浮上してきた様々な課題と、その対策について詳しく解説しています。

著作権の問題
生成AIが作成した文章や画像の著作権をどう扱うべきか、議論が続いています。また、生成AIの学習データに著作物を使用することの是非も問題となっています。

プライバシーの懸念
生成AIに入力された個人情報がどのように扱われるのか、プライバシー保護の観点から懸念が示されています。特に、EUではGDPR(一般データ保護規則)に基づく厳しい規制が行われています。

教育への影響
生成AIを教育現場でどのように扱うべきか、議論が行われています。文部科学省は2023年7月に生成AIの利用に関するガイドラインを発表し、適切な活用方法を示しています。

バイアスの問題
生成AIの学習データに偏りがあると、生成される内容にもバイアスが生じる可能性があります。この問題への対策として、多様なデータを用いた学習や、結果のチェック体制の構築などが検討されています。

第5章: 生成AIがもたらす未来

最終章では、生成AIが今後どのように発展し、社会に影響を与えていくのかについて考察しています。

AGI(汎用人工知能)への道
現在の生成AIは、特定の領域で高い能力を発揮する「特化型AI」です。これに対し、人間のような汎用的な知能を持つAGIの実現を目指す動きもあります。ただし、AGIの実現にはまだ多くの課題があり、その是非についても議論が分かれています。

持続可能性の課題
生成AIの学習と運用には莫大な電力が必要です。環境への影響を考慮し、より効率的なAIの開発が求められています。

人間とAIの共存
著者は、生成AIを人間の競争相手としてではなく、協力者として捉えることの重要性を強調しています。AIにできることは任せつつ、人間にしかできない創造的な仕事に注力することが、これからの時代に求められる姿勢だと指摘しています。

おわりに: 生成AIとの付き合い方

本書は、急速に発展する生成AI技術の現状と課題、そして可能性について、幅広い視点から解説しています。技術的な解説だけでなく、社会的・倫理的な問題にも焦点を当てており、生成AIが私たちの社会にもたらす影響を多角的に考察しています。

著者は、生成AIを過度に恐れたり、逆に過大評価したりするのではなく、その特性を理解した上で適切に活用することの重要性を訴えています。生成AIは確かに強力なツールですが、それを使いこなすのは結局のところ人間です。AIの能力を最大限に引き出しつつ、人間にしかできない判断や創造性を大切にしていく姿勢が、これからの時代には求められるでしょう。

本書は、技術者だけでなく、ビジネスパーソンや教育関係者、そして一般の読者にとっても、生成AIという新しい技術との向き合い方を考える上で、貴重な視点を提供してくれる一冊となっています。生成AIの発展はまだ始まったばかりですが、本書を読むことで、この新しい技術がもたらす可能性と課題を理解し、適切に活用していくための指針を得ることができるでしょう。

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。