はじめに: 研究の背景と筆者紹介

デジタル時代の教育において、対話型学習の重要性が増しています。特に、GIGAスクール構想による1人1台端末の普及により、オンラインでのグループ討論が容易になりました。しかし、単なる意見交換に終わらず、いかに深い学びにつなげるかが課題となっています。

この研究は、一般社団法人ICT CONNECT 21の赤堀侃司氏によって行われました。赤堀氏は教育工学の専門家として知られ、特にICTを活用した教育方法の研究に長年取り組んでいます。本研究では、大学生を対象に社会問題についてのオンラインチャット討論を分析し、対話の特徴や深い学びにつながる要因を探っています。

研究方法: チャット対話の設計と分析

研究では、47名の大学生を8つのグループに分け、3つの社会問題(フェイクニュース、気候変動、物価高)について各10-11分間のチャット討論を行いました。合計24の対話記録を質的に分析し、特徴を抽出しました。

分析では、発言を「浅い処理」と「深い処理」に分類しました。浅い処理は個人的な感想や単純な意見、深い処理は根拠のある意見や独創的な考え、社会性を考慮した発言として定義されました。

7つの対話の特徴

分析の結果、以下の7つの対話の特徴が明らかになりました:

  1. 制御の特性: 司会者の介入が議論の方向性に影響を与える
  2. 議論のプロセス: 初期と後期で意見の質が変化する
  3. 浅い意見と深い意見: 深い意見が他の意見を誘発する効果がある
  4. 議論の共有化: 後半で共通認識が形成される
  5. 個人だけの知識: 個人的な感想は浅い処理になりがち
  6. 外部の情報: ネット検索などの活用が議論を深める
  7. 時間の制約: 深い議論になると時間を超えて話したくなる傾向がある

5つの対話のタイプ

さらに、対話の進行パターンから5つのタイプが抽出されました:

  1. 浅い意見だけで終わるタイプ
  2. 浅い意見から深い意見に発展し、最後に共有化するタイプ
  3. 深い意見の後に浅い意見に戻るタイプ
  4. 外部情報の導入により深まるタイプ
  5. 司会者の介入により構造化されるタイプ

深い処理と浅い処理の相互作用

研究の重要な発見の一つは、深い処理と浅い処理の相互作用です。初期の浅い意見が、深い議論を経た後に重要性を増す場合があることが示されました。これは、直観的な気づきが議論を通じて検証され、価値ある洞察として再認識される過程を示しています。

赤堀氏は、この現象を「経験力」と「教科力」の相互作用として解釈しています。経験力は直観的な理解、教科力は体系的な知識を指し、これらを結びつける「俯瞰力」の重要性を指摘しています。

実践への示唆

研究結果から、効果的な対話型学習のための以下の示唆が得られました:

  1. グループ構成の配慮: 知識レベルの異なる学習者を混ぜることで、より豊かな対話が生まれる可能性がある
  2. 外部情報の活用: 1人1台端末環境を活かし、ネット検索などで知識を補完することが有効
  3. 議論の共有化: 単なる意見交換に終わらず、学びとして定着させる工夫が必要
  4. 司会者の役割: 俯瞰的な視点で議論をガイドすることの重要性
  5. 多様な意見の尊重: 一見浅い意見でも、後の議論で重要性が増す可能性がある

今後の課題と展望

本研究は大学生を対象としていますが、得られた知見は初等中等教育における対話型学習にも応用できる可能性があります。特に、GIGAスクール構想により1人1台端末が普及した環境下での学習設計に有用な示唆を提供しています。

今後の課題として、以下の点が考えられます:

  1. 年齢や学年による対話の特徴の違いの検証
  2. 長期的な学習効果の測定
  3. 対面とオンラインの対話の比較研究
  4. AIチャットボットなどの新技術を活用した対話支援の可能性の探究

結論

本研究は、デジタル時代における対話型学習の質を高めるための重要な知見を提供しています。特に、浅い処理と深い処理の相互作用に注目し、直観的な気づきと体系的な知識の融合を促す学習環境の重要性を示唆しています。これらの知見は、主体的・対話的で深い学びの実現に向けた具体的な指針となり得るでしょう。

教育者や研究者は、これらの知見を踏まえて、より効果的な対話型学習の設計と実践に取り組むことが期待されます。同時に、テクノロジーの進化に伴う新たな対話の形態にも注目し、継続的な研究と実践の改善が求められます。


Akahori, K. (2024). 大学生を対象にしたチャットによる社会問題の探究型対話の特徴分析. 『AI時代の教育論文誌』, 6, 24-31.

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。