人間の知的活動の根幹をなす好奇心。それは私たちが自発的に新しいことを学び、スキルを獲得していく原動力です。この論文”Humans monitor learning progress in curiosity-driven exploration”は、フランスのINRIAボルドー研究所とコロンビア大学の研究チームによる、人間の学習メカニズムについての画期的な研究成果を報告しています。

従来の好奇心研究の多くは、クイズの答えを知りたがる、といった単発的な情報収集行動に注目してきました。しかし現実の学習場面では、私たちは長期的な視点で課題を選び、継続的に取り組んでいきます。例えば新しい言語を学ぶとき、私たちは様々な教材の中から自分に適したものを選び、それを継続的に学習していきます。この研究は、そうした現実的な学習場面により近い状況で、人間の学習戦略を科学的に解明しようと試みたのです。

実験手法と独創性

研究チームは、382人の参加者を対象に、オンラインでの実験を実施しました。参加者は「モンスター」と呼ばれるキャラクターの食べ物の好みを当てる課題に取り組みました。4種類の課題が用意され、それぞれ難易度が異なります。最も簡単な課題では一つの特徴(例えば色)で判断でき、より難しい課題では複数の特徴の組み合わせを考慮する必要があります。さらに、一つの課題はランダムで学習不可能という設定でした。

この実験の独創的な点は、参加者に250回の試行で自由に課題を選択させたことです。さらに、参加者を二つのグループに分け、一方には「学習を最大化するように」と明示的に指示し(EG群)、もう一方にはそうした指示を与えませんでした(IG群)。これにより、外的な目標の有無が学習戦略にどのような影響を与えるかを検証できます。

研究成果の詳細

実験の分析から、人間の学習に関する重要な性質が明らかになりました。まず、参加者の多くが中程度の難易度の課題を好む傾向が確認されました。これは、乳児の視覚的注意や芸術作品の好みなど、他の分野でも報告されている「中庸選好」と一致する結果です。

しかし、この研究の最も重要な発見は、人間が「学習進度(Learning Progress: LP)」に敏感だということです。参加者は単に課題の正答率だけでなく、自分の成績がどれだけ向上しているかという時間的な変化も考慮して課題を選択していました。これは、人工知能研究で提案されていた理論的な学習戦略が、実際の人間の行動でも確認されたという点で画期的な発見です。

特に注目すべきは、明示的な指示がなくても(IG群)、約3分の1の参加者が全ての学習可能な課題をマスターしたことです。これは人間が本来持っている効率的な学習能力の証拠といえます。

学習メカニズムの解明

研究チームは、参加者の課題選択パターンを詳細に分析し、二つの重要な要因を特定しました。一つは正答率(PC)への感受性で、これは簡単すぎる課題を避け、新しい課題に挑戦する動機づけとなります。もう一つは学習進度(LP)への感受性で、これは学習不可能な課題を見分け、効率的な時間配分を可能にします。

両者は独立して機能することも判明しました。例えば、LPに敏感な参加者は、難しい課題に挑戦しつつも、学習不可能な課題には時間を費やさない傾向がありました。一方、PCに敏感な参加者は、より難しい課題に挑戦する傾向がありましたが、学習不可能な課題にも多くの時間を費やしてしまいました。

教育実践への意義

この研究結果は、教育実践に重要な示唆を与えます。まず、学習者に適切な難易度の課題を提供することの重要性が再確認されました。また、学習者が自分の進歩を実感できるようなフィードバックの提供が効果的であることも示唆されています。

さらに、外的な目標がなくても効果的に学習できるという発見は、学習者の自律性を尊重することの重要性を裏付けています。教育者は、学習者の自発的な選択を支援しつつ、適切なフィードバックを提供することで、より効果的な学習を促進できるでしょう。

研究の展望

この研究は、比較的単純な課題での短期的な学習を対象としているという限界はありますが、人間の学習メカニズムについての重要な知見を提供しています。今後は、より複雑な学習場面での検証や、長期的な学習過程の分析が期待されます。

研究チームのリーダーであるPierre-Yves Oudeyerは、この研究成果が人工知能の開発にも示唆を与えると指摘しています。人間の効率的な学習メカニズムを理解することは、より優れた学習アルゴリズムの開発にもつながる可能性があるのです。

この研究は、認知科学、神経科学、人工知能など、複数の分野の専門家による学際的な取り組みの成果です。人間の学習能力の解明は、より効果的な教育手法の開発につながるだけでなく、人工知能技術の発展にも貢献する可能性を秘めています。


Ten, A., Kaushik, P., Oudeyer, P. Y., & Gottlieb, J. (2021). Humans monitor learning progress in curiosity-driven exploration. Nature Communications, 12(1), 5972. https://doi.org/10.1038/s41467-021-26196-w

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。