本論文”How effective is second language incidental vocabulary learning? A meta-analysis”は、第二言語(L2)学習者が意味に焦点を当てた入力に触れることで、どの程度偶発的に語彙を習得できるかを検証したメタ分析研究です。著者のStuart Webb氏(カナダ・西オンタリオ大学)、Takumi Uchihara氏(日本・早稲田大学)、Akifumi Yanagisawa氏(日本・筑波大学)は、いずれも応用言語学、特に語彙習得の分野で著名な研究者です。
第二言語習得において、語彙は極めて重要な要素です。しかし、すべての単語を意図的に学習することは現実的ではありません。そこで注目されるのが、読解や聴解などの活動を通じて「偶発的に」語彙を習得する方法です。本研究は、この偶発的語彙学習の効果を包括的に検証し、教育実践への示唆を導き出そうとする意欲的な試みといえるでしょう。
研究の概要と主な発見
本メタ分析では、24の先行研究から得られた29の効果量が分析対象となりました。被験者の総数は2,771人に上ります。分析の結果、L2の意味重視の入力に触れることで、語彙知識に大きな学習効果があることが明らかになりました。
具体的には、即時テストでは目標語の9〜18%、遅延テストでは6〜17%が習得されたことが示されました。また、読解(17%、15%)、聴解(15%、13%)、読解と聴解の併用(13%、17%)では、即時テストと遅延テストで同程度の学習効果が見られました。一方、視聴覚教材を用いた学習では、即時テスト(7%)、遅延テスト(5%)ともに効果が小さいことがわかりました。
学習者要因と教材要因の影響
本研究では、学習者の特性や教材の種類が偶発的語彙学習に与える影響も検証されています。
まず、学習者の言語能力が高いほど、より多くの語彙を習得できることが明らかになりました。これは、言語能力の高い学習者ほど、テキストの全体的な理解に労力を割く必要がなく、未知の単語に注意を向けやすいためだと考えられます。
教材に関しては、物語文の方が説明文よりも効果的であることがわかりました。これは、物語文の方が高頻度語の割合が高く、語彙密度が低いためだと推測されます。また、L2学習者向けに作られた教材の方が、母語話者向けの教材よりも効果が高いことも示されました。
学習方法の違いによる効果
本研究では、学習方法の違いによる効果の差異も検討されています。
特筆すべきは、学習を複数のセッションに分けて行う「分散学習」の効果です。単一セッションでの学習に比べ、分散学習の方が遅延テストでより高い効果を示しました。これは、定期的に意味重視の学習を長期間にわたって行う「多読プログラム」などの有効性を裏付ける結果といえるでしょう。
入力モードに関しては、読解、聴解、読解と聴解の併用のいずれも中程度から大きな効果が見られました。一方、視聴覚教材を用いた学習は、即時テスト、遅延テストともに小さな効果にとどまりました。
研究手法に関する考察
本研究では、事前知識の統制方法や、テスト形式の違いによる影響も検討されています。
事前知識の統制に関しては、擬似語を用いた場合に最も大きな効果が見られました。これは、擬似語が完全に未知である一方、実在する単語の場合は部分的に知られている可能性があるためだと考えられます。
テスト形式に関しては、意味認識、意味再生、形式認識のいずれも同程度の効果を示しました。これは意外な結果ですが、偶発的語彙学習の研究では、目標語の出現頻度を通常より高く設定するなど、最適な学習条件が整えられていることが影響している可能性があります。
研究の意義と限界
本研究は、偶発的語彙学習の効果を包括的に検証した点で大きな意義があります。特に、読解、聴解、読解と聴解の併用、視聴覚教材を用いた学習など、様々な入力モードを比較検討した点は注目に値します。
しかし、いくつかの限界点も指摘されています。例えば、研究の多くが厳密に統制された条件下で行われており、実際の教室や日常生活での学習状況を必ずしも反映していない可能性があります。また、目標語以外の語彙の習得や、形式-意味のつながり以外の語彙知識の側面については十分に検討されていません。
さらに、遅延テストを含む研究が少ないこと、聴解や視聴覚教材を用いた研究、若年層を対象とした研究が不足していることなど、今後の研究課題も明らかになりました。
教育への示唆
本研究の結果は、第二言語教育に多くの示唆を与えています。
まず、意味重視の入力活動が語彙習得に大きな効果をもたらすことが確認されました。これは、読解や聴解などの活動を通じて、意図的な語彙学習と偶発的な語彙学習をバランスよく組み合わせることの重要性を示唆しています。
また、学習者の言語能力に応じた教材選択の必要性も明らかになりました。言語能力の低い学習者には、より易しい教材を用いることで、未知語に注意を向けやすくすることが重要です。
さらに、物語文の効果が高いことから、多読プログラムなどでは物語性のある教材を積極的に活用することが推奨されます。また、学習を複数のセッションに分けて行う分散学習の効果が確認されたことから、長期的な語彙学習プログラムの設計にも示唆を与えています。
おわりに
本研究は、偶発的語彙学習の効果を科学的に検証し、その有効性を明確に示しました。同時に、学習者要因や教材要因、学習方法など、様々な観点から効果的な語彙学習の条件を明らかにしています。
今後は、本研究で指摘された課題に取り組むことで、より実践的で効果的な語彙学習法の開発につながることが期待されます。第二言語教育に携わる教育者や研究者にとって、本研究は貴重な知見を提供する重要な文献といえるでしょう。
Webb, S., Uchihara, T., & Yanagisawa, A. (2023). How effective is second language incidental vocabulary learning? A meta-analysis. Language Teaching, 56(2), 161-180. https://doi.org/10.1017/S0261444822000507