本論文”The Interplay of Task Characteristics, Linguistic Complexity, and Language Proficiency in High-Stakes English as a Foreign Language Writing”は、ドイツの大学入学資格試験(アビトゥア)の英語科目における作文課題に焦点を当て、課題の種類によって生徒の言語使用がどのように変化するかを分析した研究です。筆頭著者のアンヤ・リーメンシュナイダー氏はベルリン・フンボルト大学の博士課程に在籍し、教育の質向上研究所で研究に従事しています。共著者には言語学や教育学の専門家が名を連ねており、学際的な視点から研究が行われています。

近年、外国語教育において実践的な課題を用いた指導が重視されるようになってきました。しかし、課題の種類によって生徒の言語使用がどのように変化するのか、また言語能力の測定にどのような影響を与えるのかについては、これまであまり研究されてきませんでした。特に大学入学のための重要な試験においては、生徒の言語能力を適切に測定することが求められます。本研究はこうした背景のもと、アビトゥア試験の英語科目を題材に、課題の種類と言語能力の関係を詳細に分析しています。

研究方法の概要

本研究では、362名の生徒がアビトゥア試験で書いた英作文を分析しています。試験では3つの異なる課題(要約、分析、議論)が出題され、各生徒が3つの作文を書いています。研究者らは、自然言語処理技術を用いて作文の言語的複雑さを測定し、課題の種類による違いや生徒の英語の成績との関係を統計的に分析しました。

言語的複雑さの測定には、語彙、文法、形態素、結束性など多岐にわたる指標を用いています。これにより、言語使用の様々な側面を包括的に捉えることを目指しています。

主な発見:課題の種類による言語使用の違い

分析の結果、3つの課題タイプ(要約、分析、議論)によって、生徒の言語使用に明確な違いが見られることがわかりました。

要約課題では、情報を簡潔に伝えるために、語彙密度が高く、長い単語や複雑な名詞句が多用されていました。これは限られた字数で多くの内容を伝える必要があるためだと考えられます。

分析課題では、最も長い文章が書かれており、語彙の多様性も高くなっていました。また、専門的で洗練された単語の使用が多く見られました。これは、分析対象のテキストから言葉を引用したり、言語分析に特有の表現を用いたりする必要があるためだと推測されます。

議論課題では、全体的な語彙の多様性が高く、修飾語の使用も多くなっていました。これは、自分の意見を述べる際に、より変化に富んだ表現を用いようとする傾向を反映していると考えられます。

これらの結果は、課題の種類によって求められる言語使用が異なることを示しています。言い換えれば、生徒は課題の要求に応じて言語使用を適切に変化させる能力を持っているということです。

言語能力の測定における課題の影響

研究者らは、生徒の英語の成績と作文の言語的複雑さの関係も分析しました。その結果、全ての課題において、成績と言語的複雑さの間に有意な相関が見られました。これは、3つの課題すべてが言語能力の違いを反映できることを示しています。

しかし、議論課題においては、他の2つの課題よりも成績と言語的複雑さの関係が強くなることがわかりました。特に、語彙の選択や使用法において、成績上位の生徒とそうでない生徒の差が顕著に現れました。

研究者らは、この結果を課題の「独立性」の違いによるものだと解釈しています。議論課題は、与えられた文章から離れて自分の考えを述べる必要があるため、より高い「独立性」が求められます。そのため、生徒自身の言語能力がより直接的に反映されやすいのではないかと考えられます。

研究の意義と課題

本研究は、外国語教育や言語テストの分野に重要な示唆を与えています。課題の種類によって生徒の言語使用が変化することを実証的に示したことで、多様な課題を用いることの重要性が裏付けられました。また、言語能力の測定において、議論のような「独立性」の高い課題が特に有効であることも明らかになりました。

一方で、いくつかの課題も残されています。例えば、本研究では生徒の言語能力を英語の成績で代用していますが、より標準化されたテストを用いることで、より正確な分析ができる可能性があります。また、研究対象がドイツの特定の試験に限られているため、他の国や教育段階でも同様の結果が得られるかを検証する必要があります。

結論:多様な課題を用いた言語能力の評価の重要性

本研究は、高校レベルの英語試験を詳細に分析することで、課題の種類が生徒の言語使用や言語能力の測定に与える影響を明らかにしました。その結果、要約、分析、議論といった異なる種類の課題を組み合わせることで、生徒の言語能力をより多面的に評価できることが示唆されました。

特に、自分の考えを独自の言葉で表現する「独立性」の高い課題は、言語能力の違いをより鮮明に捉えられる可能性があります。一方で、要約や分析といった課題も、それぞれ異なる言語スキルを測定する上で重要な役割を果たしています。

これらの知見は、外国語教育や言語テストの設計に直接的に応用できるものです。例えば、授業では異なる種類の作文課題を取り入れることで、生徒がより幅広い言語スキルを身につけられるでしょう。また、テストでは複数の課題タイプを組み合わせることで、より公平で包括的な評価が可能になると考えられます。

本研究は、言語テストという一見単純に見える分野に、言語学や教育学、統計学などの知見を総動員してアプローチした点で画期的です。今後、こうした学際的な研究がさらに進むことで、より効果的な外国語教育や評価方法の開発につながることが期待されます。


Riemenschneider, A., Weiss, Z., Schröter, P., & Meurers, D. (2024). The interplay of task characteristics, linguistic complexity, and language proficiency in high-stakes English as a foreign language writing. TESOL Quarterly, 58(2), 775-801. https://doi.org/10.1002/tesq.3254

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。