研究の背景と筆者たちについて

子どもが授業中じっと座っていられないのは、昔から先生たちを悩ませてきた問題です。しかし見方を変えれば、「動きたい」というその衝動こそが、学びを深めるための強力なエンジンになりうるのかもしれません。本論文はまさにそのアイデアを、外国語学習という具体的な文脈で検証した意欲的な研究です。

本研究の筆頭著者であるMirko Schmidtはスイスのベルン大学スポーツ科学研究所に所属し、身体活動と認知機能の関係を長年にわたって研究してきた研究者です。共著者にはValentin BenzingやAmie Wallman-Jonesといったベルン大学の研究者に加え、オーストラリアのニューカッスル大学からMyrto-Foteini MavilidiとDavid Revalds Lubans、そしてウォロンゴン大学とエラスムス・ロッテルダム大学のFred Paasが名を連ねています。特にMavilidiとPaasは、就学前の子どもを対象とした身体化学習研究においてすでに実績を持つ研究者であり、本研究はその延長線上に位置づけられます。この国際共同研究体制そのものが、テーマの学際性と重要性を示しています。

論文は2019年にPsychology of Sport and Exercise誌に掲載されました。スポーツ科学と教育心理学という、一見かけ離れた分野の橋渡しをするような研究が、スポーツ科学の専門誌に載ったという事実は、この研究の立ち位置をよく表しています。

研究が問うていること

本研究の核心にある問いは、「授業中に体を動かすことは、ただ座って学ぶよりも効果的か」、そして「その動きが学習内容と関連している場合、そうでない場合と比べてどれほど違いが生まれるか」というものです。英語教育の文脈に置き換えると、たとえば「kangaroo(カンガルー)」という単語を覚えるときに実際にぴょんぴょん跳ねる動作をすることと、ただ走り回ることと、じっと座って繰り返すことでは、どれが一番効果的か、という問いになります。

研究はスイスのベルン近郊の小学校6クラス、合計104名の子ども(8〜10歳)を対象に行われました。三つの条件が設定されています。一つ目は「身体化学習条件(embodied learning condition)」で、学習する語の意味に関連した動作をしながら単語を覚える方法です。二つ目は「身体活動条件(physical activity condition)」で、学習内容とは無関係な動き(たとえばその場で走る)をしながら学ぶ方法です。三つ目は「統制条件(control condition)」で、従来通り座ったままの学習です。2週間・4セッションにわたって、フランス語の珍しい動物の名前を20語学習し、その後記憶テスト(手がかり再生テスト)と注意力テスト(d2-R)を実施しました。

動きと意味がつながったとき、学習効果は大きく跳ね上がる

結果から先に述べましょう。記憶テストにおいて、身体化学習条件はコントロール条件よりも有意に高い得点を示し、その効果量はCohenのdで1.12という大きな値でした。身体活動条件も統制条件より優れていましたが、効果量はd = 0.51と中程度にとどまりました。身体化学習と身体活動の間には統計的な有意差はありませんでしたが、効果量の差は教育実践上、無視できないほど大きいといえます。

この結果は、ただ体を動かせばよいのではなく、学習内容と動きの意味的な連動が重要であることを示しています。カンガルーの単語を覚えるときにカンガルーのように跳ぶことは、その場で無関係に走るよりも、はるかに深く記憶に刻まれるということです。これは日本の英語教育者にとっても非常に示唆に富む発見です。「とにかく体を動かせば覚えやすくなる」という単純な話ではなく、「動きが意味と結びついているかどうか」が決定的に重要なのです。

身体化認知理論と認知負荷理論という二本の理論的柱

なぜ意味のある動きが記憶を助けるのか。研究者たちはこれを二つの理論で説明しています。一つは「身体化認知理論(embodied cognition theory)」です。この理論によれば、認知は脳だけで行われるのではなく、身体と環境との相互作用の中で成立します。つまり、体の動きそのものが思考の一部であり、知識は身体経験を通じて構築されるという考え方です。外国語の単語をその意味を体現する動作と結びつけることで、より豊かで強固な記憶の痕跡が長期記憶に刻まれると考えられます。

もう一つは「認知負荷理論(cognitive load theory)」で、こちらはFred Paasが長年にわたって発展させてきた理論です。人間の作業記憶には容量の限界があり、その資源をいかに効率よく配分するかが学習効率を左右します。本研究では、動物の動作(カンガルーのように跳ぶなど)は「生物学的一次知識(biologically primary knowledge)」、つまり人間が進化の過程で自然に習得してきた種類の知識であると位置づけられています。これを活用することで、フランス語の単語という「生物学的二次知識(biologically secondary knowledge)」の習得を助けることができる、というわけです。動きが「無駄なノイズ」ではなく「有用な情報処理チャンネル」として機能するとき、認知資源の配分は最適化されるのです。

注意力への効果は見られなかった―その理由を考える

一方で、注意力テストの結果は研究者たちの予想を裏切りました。三つの条件間で、d2-Rテストによる注意力得点に有意な差は見られなかったのです。これまでの研究では、急性の身体活動が子どもの注意力を向上させるという一貫した知見があったため、この結果は興味深いです。

研究者たちはその理由として、主に身体活動の強度の問題を挙げています。加速度計で測定したところ、身体活動条件および身体化学習条件のどちらも、「軽度の身体活動(light physical activity)」の閾値にすら達していませんでした。つまり動いてはいるものの、生理学的な変化を引き起こすほどの強度ではなかったということです。脳への血流増加や神経栄養因子(BDNF)の放出、カテコールアミン系の活性化といった、認知機能向上に関わる生理学的メカニズムは、一定の運動強度がなければ十分には作動しないとされています。

さらに研究者たちが提示しているもう一つの解釈は、「認知的な過負荷」の可能性です。特に身体化学習条件の子どもたちは、フランス語の単語を覚えながら、同時にその意味に対応した動きを実行しなければなりませんでした。これは、単に座って繰り返すよりも認知的に要求が高い作業です。実際、認知的努力の自己評価では、統制条件が身体活動条件よりも有意に高かった一方で、身体化学習条件との間には差がなかったという結果が得られています。動きと意味をつなぐ作業そのものが、一種の認知的負荷となり、注意力テストに余力を残せなかった可能性があるのです。

日本の英語教育現場への示唆

この研究が特に日本の英語教育関係者に響くであろう理由は一つではありません。日本の小中学校では依然として、教師が黒板の前に立ち、生徒がノートに向かうという授業スタイルが主流です。特に英語の語彙学習においては、単語カードや音読、ワークブックへの記入が中心となることが多いです。しかしこの研究は、単語の意味を体で表現しながら覚えることが、従来の方法よりも大幅に効果的であることを示しています。

たとえば、”run”という単語を覚えるときに実際に走る動作をしてみる、”swim”なら水泳の腕の動きをしてみるといった活動は、コストがかからず、特別な教材も不要で、教室の中で即座に実践できます。しかも楽しい。本研究でも、身体活動を取り入れた二条件は、統制条件よりも授業への満足度が高かったことが報告されています。子どもたちが楽しんでいれば、それが動機付けとなり、さらなる学習効果につながるという好循環も期待できます。

また、日本の英語教育では近年、「使える英語」を重視する方向にシフトしていますが、そもそも語彙が身についていなければ運用能力は育ちません。身体化学習は語彙の「深い定着」に寄与する可能性を示しており、この点で現行の学習指導要領の方向性とも矛盾しません。

ただし一つ注意が必要です。身体化学習は、すべての単語に等しく適用できるわけではありません。動物の動きのように、具体的な身体動作に置き換えやすい概念は効果的ですが、抽象度の高い語彙(”democracy”や”justice”など)に同様の手法を適用することには工夫が必要です。とはいえ、日本の小学校英語や中学初級段階の具体的語彙学習においては、身体化学習の活用余地は非常に大きいと言えます。

先行研究との対比と本研究の位置づけ

MavilidiとPaasはすでに2015年と2017年に就学前児童を対象とした類似研究を行い、身体化学習の有効性を示していました。しかし本研究はその対象を小学校3年生(8〜10歳)に広げた点に意義があります。認知的な発達が進んだ年齢層でも同様の効果が確認されたことは、身体化学習の適用可能性を広げる重要な証拠となります。

また、従来の多くの研究が「長期的な学習成果(慢性効果)」のみを見ていたのに対し、本研究は単一セッション直後の「注意力(急性効果)」も同時に測定している点が独自です。この二軸での評価は、身体活動が及ぼす影響の複雑さをより立体的に捉えようとするものであり、学術的な貢献として評価に値します。

研究の限界と今後の課題

研究者たち自身が率直に認めているとおり、いくつかの限界もあります。介入期間がわずか2週間と短く、長期的な記憶保持を測定できていません。学んだ単語が1ヶ月後、半年後にどれだけ記憶されているかを追跡する研究が求められます。また、クラス単位で条件を割り振っているため、完全なランダム化とは言い難く、クラス間の差異が結果に影響している可能性も排除できません。

注意力の測定に使用したd2-Rテストは「焦点的注意(focused attention)」を測るものですが、身体化学習のように複数の情報を同時処理する課題には、「分割注意(divided attention)」の測定の方が適切だったかもしれないという指摘は鋭いです。今後の研究では、注意の種類を分けて測定することが望ましいでしょう。さらに、加速度計による身体活動測定がわずか1セッション分に限られている点も、データの代表性という観点から課題があります。

おわりに―体と言葉は切り離せない

この研究が伝えていることの本質は、思いのほかシンプルです。人間は体を持った存在として世界を理解しており、言葉の意味もまた、身体経験と切り離すことはできないということです。哲学者Maurice Merleau-Pontyが「身体は世界への窓である」と述べたように、体を通じて学ぶことは、人間にとってもっとも自然な学び方の一つなのかもしれません。

日本の教室では、静粛さや整然とした学習態度が美徳とされる傾向があります。しかしそれが必ずしも最善の学習環境を生み出しているとは限りません。本研究は、動くことと学ぶことが対立するものではなく、むしろ統合されるべきものであることを、データをもって示しています。教室に少しだけ「動き」を持ち込んでみること、それが英語語彙学習の質を変えるかもしれません。教師にとっても、授業が楽しくなる可能性がある。そう考えると、この研究は教育実践に携わるすべての人に読まれるべき価値を持っています。


Schmidt, M., Benzing, V., Wallman-Jones, A. R., Mavilidi, M. F., Lubans, D., & Paas, F. (2019). Embodied learning in the classroom: Effects on primary school children’s attention and foreign language vocabulary learning. Psychology of Sport and Exercise, 43, 45–54. https://doi.org/10.1016/j.psychsport.2018.12.017

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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