はじめに

フリップトクラスルーム(反転授業)は、従来の教室での授業と宿題の役割を「反転」させる革新的な教育アプローチです。この手法では、学習者は授業前に新しい内容を自主的に学習し、教室での時間は実践、議論、より高度な思考を要するタスクに充てられます。近年、このアプローチは様々な教育分野で人気を集めており、第二言語学習の分野でも注目を集めています。

本研究の背景と目的

Joseph P. Vitta氏(九州大学)とAli H. Al-Hoorie氏(Royal Commission for Jubail and Yanbu, サウジアラビア)は、フリップトクラスルームの第二言語学習への効果を包括的に検証するため、メタ分析を実施しました。彼らの研究は、Language Teaching Research誌の2023年第27巻第5号に掲載されました。

この研究の主な目的は以下の3点です:

  1. フリップトクラスルームが従来の教室授業と比較して、第二言語学習をどの程度改善するかを明らかにすること
  2. フリップトクラスルームの効果が第二言語学習の成果によってどの程度異なるかを検証すること
  3. 学習者の特性、報告書の特性、フリップトクラスルームの適用特性、方法論的特性が、第二言語学習におけるフリップトクラスルームの効果の変動をどの程度説明するかを分析すること

研究方法

研究者たちは、56件の報告書(61の独自サンプルと4,220人の参加者を含む)を対象にメタ分析を行いました。彼らは包括的な文献検索を行い、査読付き論文だけでなく、会議録や未公刊の学位論文も分析対象に含めました。

分析では、Hedgeのg値を効果量の指標として使用し、ランダム効果モデルを適用しました。また、出版バイアスの可能性を検討するため、Trim and Fill法やp曲線分析などの手法を用いました。

主な研究結果

  1. フリップトクラスルームの全体的な効果

分析の結果、フリップトクラスルームは従来の教室授業と比較して、有意に高い効果を示しました(g = 0.99, 95% CI [0.81, 1.16])。しかし、この効果には高い異質性(約86%)が見られ、出版バイアスを考慮すると効果量はg = 0.58(95% CI [0.37, 0.78])に縮小しました。

  1. 学習成果による効果の違い

フリップトクラスルームの効果は、対象となる言語スキルによって異なることが明らかになりました。特に、ライティング、リスニング、文法、スピーキングでは大きな効果が見られましたが、読解や標準化テストでは効果が有意ではありませんでした。

  1. 学習者の特性による効果の違い

学習者の年齢(中等教育か大学教育か)による効果の違いは見られませんでしたが、言語熟達度による違いは顕著でした。熟達度が高いほど、フリップトクラスルームの効果が大きくなる傾向が示されました。

  1. 報告書の特性と研究方法による影響

査読付き論文、特にSSCI(Social Sciences Citation Index)に非収録の雑誌に掲載された報告書は、会議録や大学の学位論文と比較して、より大きな効果を報告する傾向がありました。

  1. フリップトクラスルームの適用特性による影響

ビデオの使用や、使用されたプラットフォームがインタラクティブであるかどうかは、効果の大きさに有意な影響を与えませんでした。

  1. 介入期間の影響

メタ回帰分析の結果、介入期間が長くなるにつれて、フリップトクラスルームの効果がわずかに減少することが示されました。

研究の意義と今後の課題

この研究は、フリップトクラスルームが第二言語学習において効果的であることを示しています。しかし、その効果は学習成果や学習者の熟達度によって異なることも明らかになりました。

研究者たちは、今後の研究の方向性として以下の点を提案しています:

  1. 英語以外の言語学習者や、若年学習者、技術に不慣れな学習者など、これまであまり研究されてこなかった学習者層を対象とした研究の必要性
  2. フリップトクラスルームの介入の質に焦点を当てた研究の重要性(例:オンラインプラットフォームの特徴が学習に与える影響の比較分析)
  3. フリップトクラスルームが効果的である条件(「いつ」の問い)や、その効果のメカニズム(「どのように」の問い)に関する研究の必要性

まとめ

この研究は、フリップトクラスルームが第二言語学習において効果的であることを示していますが、その効果は様々な要因によって異なることも明らかにしています。今後の研究では、フリップトクラスルームが効果的である条件やそのメカニズムを解明することが重要です。また、実践者と研究者が協力して、様々な学習者や学習環境に適したフリップトクラスルームのアプローチを開発していくことが求められています。


Vitta, J. P., & Al-Hoorie, A. H. (2023). The flipped classroom in second language learning: A meta-analysis. Language Teaching Research, 27(5), 1268-1292.
https://doi.org/10.1177/1362168820981403

 

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。