近年、人工知能(AI)技術の発展に伴い、語学学習においてもAIの活用が注目されています。特に英語学習の分野では、AIを活用した様々なツールやアプリケーションが登場し、学習者の支援を行っています。そんな中、中国の山東大学の研究チームが、AI英会話アシスタントが英語学習者の感情や意欲にどのような影響を与えるかを調査した興味深い研究結果を発表しました。

この研究は、ポジティブ心理学の観点から、AI英会話アシスタントが中国人英語学習者の外国語学習の楽しさ(FLE)、不安(FLA)、そしてコミュニケーションへの意欲(WTC)にどのような影響を与えるかを調査したものです。研究結果は、AI英会話アシスタントの使用が学習者の感情面や意欲に大きな好影響を与えることを示しており、今後の英語教育におけるAI活用の可能性を示唆しています。

研究の概要

この研究では、中国の大学で英語を専攻する1年生131名を対象に、6週間にわたる実験が行われました。参加者は実験群と対照群に分けられ、実験群の学生たちは「Lora」というAI英会話アシスタントアプリを使用して英語学習を行いました。一方、対照群の学生たちは通常の英語学習を続けました。

実験の前後で、参加者たちの外国語学習の楽しさ(FLE)、不安(FLA)、そしてコミュニケーションへの意欲(WTC)を測定するアンケートが実施されました。また、実験群の学生たちにはAI英会話アシスタントとのやり取りに関する印象も尋ねられました。

AI英会話アシスタントが学習者にもたらす効果

  1. 外国語学習の楽しさ(FLE)が向上

研究の結果、AI英会話アシスタントを使用した実験群の学生たちは、外国語学習の楽しさ(FLE)が有意に向上したことが分かりました。これは、AIとの対話が学習者に新鮮な体験をもたらし、英語学習に対する興味や意欲を高めたためだと考えられています。

AIアシスタントは、学習者のペースに合わせて対話を進めることができ、また間違いを恐れずに自由に英語を使える環境を提供します。これにより、学習者は英語でのコミュニケーションに対してより前向きな感情を持つようになったと推測されます。

  1. 外国語学習の不安(FLA)が減少

実験群の学生たちは、外国語学習の不安(FLA)も有意に減少しました。AI英会話アシスタントとの対話は、人間との対話と比べてプレッシャーが少なく、失敗を恐れずに英語を使える環境を提供します。

また、AIアシスタントは常に励ましやサポートを提供し、学習者の自信を高める役割を果たしました。これらの要因が、学習者の英語使用に対する不安を軽減したと考えられます。

  1. コミュニケーションへの意欲(WTC)が増加

研究結果は、AI英会話アシスタントの使用が学習者のコミュニケーションへの意欲(WTC)を有意に高めたことも示しています。AIとの対話を通じて英語でのコミュニケーション能力に自信を持った学習者たちは、人間との英語でのやり取りにも積極的になる傾向が見られました。

AIアシスタントとの対話は、学習者に豊富な英語使用の機会を提供し、語彙や表現力の向上にも貢献したと考えられます。これらの経験が、実際の英語コミュニケーション場面での自信につながったのでしょう。

AI英会話アシスタントの特徴と学習者の印象

研究チームは、AI英会話アシスタント「Lora」の特徴と、それに対する学習者の印象も調査しました。以下は、その主な findings です:

  1. 個別化された学習環境

Loraは、学習者の好みに応じてアクセントや話すスピードを調整できる機能を持っています。この高度な個別化により、学習者は自分に最適な環境で英語学習を行うことができました。

多くの学習者が、Loraを自分専用の「理想の対話相手」のように感じたと報告しています。この親密感が、英語学習への取り組みやすさにつながったと考えられます。

  1. 支援的で共感的な対話

Loraは、学習者の発言に対して常に励ましや理解を示し、さらに質問を投げかけることで対話を促進する役割を果たしました。この支援的な態度が、学習者の不安を軽減し、自信を高める効果をもたらしたと考えられています。

人間の教師や同級生との対話では、批判や否定的な評価を恐れる気持ちが不安の要因となることがありますが、AIアシスタントとの対話ではそのような心配がなく、より自由に英語を使用できる環境が作られました。

  1. 柔軟な言語使用

Loraは、学習者が英語で表現に困った際に中国語でヒントを求めることができる機能を持っています。この柔軟な言語使用(translanguaging)の許容が、学習者の不安を軽減し、より効果的な理解と表現を促進したと考えられます。

  1. 低不安・高自信の環境

実験群の学習者たちは、AI英会話アシスタントとの対話において、通常の英語の授業と比べて有意に低い不安レベルを報告しました。また、AIとの対話における自己効力感も高いレベルを示しました。

多くの学習者が、AIとの対話では間違いを恐れずに自由に英語を使用できたと報告しています。この低不安・高自信の環境が、英語学習全体に対する前向きな姿勢につながったと考えられます。

研究結果の意義と今後の展望

この研究結果は、AI技術の活用が英語教育に大きな可能性をもたらすことを示唆しています。特に、学習者の感情面や意欲に焦点を当てた点が注目されます。言語学習において、楽しさや自信、意欲といった要素は非常に重要ですが、従来の教室環境ではこれらを十分に育むのが難しい場合もありました。

AIアシスタントの活用は、これらの課題を解決する一つの方法となる可能性があります。個別化された、支援的で低不安の学習環境を提供することで、学習者の英語に対する前向きな態度を育むことができるでしょう。

ただし、研究チームは、AI英会話アシスタントは人間の教師に取って代わるものではなく、あくまで補完的なツールとして活用すべきだと強調しています。AI技術の長所を生かしつつ、人間の教師によるきめ細かな指導や感情的サポートを組み合わせることで、より効果的な英語教育が実現できると考えられます。

今後の課題としては、より長期的な効果の検証や、異なる学習レベルや文化的背景を持つ学習者での検証が挙げられています。また、AI技術の進化に伴い、より高度な対話や指導が可能になることも期待されます。

おわりに

AI英会話アシスタントの活用が、英語学習者の楽しさや意欲を高め、不安を軽減する効果があることが、この研究によって示されました。この findings は、今後の英語教育におけるAI技術の活用に大きな示唆を与えるものです。

個別化された、支援的で低不安の学習環境を提供するAIツールは、従来の教室学習を補完し、学習者の英語コミュニケーション能力の向上を加速させる可能性があります。しかし、その活用には慎重な検討と、人間の教師の役割との適切なバランスが求められるでしょう。

テクノロジーの進化と教育学の知見を組み合わせることで、より効果的で学習者中心の英語教育が実現できる日も、そう遠くないかもしれません。AI英会話アシスタントの研究と開発は、今後ますます注目を集めることになりそうです。


Zhang, C., Meng, Y., & Ma, X. (2024). Artificial intelligence in EFL speaking: Impact on enjoyment, anxiety, and willingness to communicate. System, 121, 103259. https://doi.org/10.1016/j.system.2024.103259

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。