AI時代に輝く子ども STEM教育を実践してわかったこと

本書『AI時代に輝く子ども STEM教育を実践してわかったこと』は、STEM教育スクール「ステモン」を運営する著者が、これからの時代に子どもたちに必要な能力と、その育み方について論じた教育論です。AI技術の進展により社会が大きく変化していく中で、子どもたちがイキイキと活躍できるようになるための教育のあり方を提案しています。

 変化する社会と教育のギャップ

著者はまず、現在の学校教育と実社会で求められる能力のズレを指摘します。学校では依然として正解のある問題を解くことが重視されていますが、実社会では正解のない課題に取り組む力が必要とされています。また、AIの発達により単純な知識の習得や計算は機械に任せられるようになる一方で、人間にしかできない創造的な思考や表現が重要になってきています。

しかし、公教育の現場ではこうした変化に十分に対応できていません。その理由として著者は以下の4点を挙げています:

1. 学校には関係者が多すぎるため、大きな変革が難しい
2. 安全が最優先されるため、自由な活動が制限される
3. 成績評価のため、数値化しやすい能力しか測れない
4. 教科の再編ができないため、新しい分野を取り入れられない

こうした状況の中で、著者は民間教育の役割が重要になってくると主張します。公教育では担いきれない部分を補完し、これからの時代に必要な能力を育む場を提供することが求められているのです。

STEMONが目指す教育

著者が運営するSTEM教育スクール「ステモン」では、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の4分野を横断的に学びながら、「つくる」活動を通じて学ぶことを重視しています。

ステモンの特徴は以下の4点です:

1. コンピュータを活用する力を育む
2. 教科横断的な知識を応用する
3. 試行錯誤しやすい環境を用意する
4. オープンエンドの課題設定をする

具体的には、プログラミングやロボット制御、電磁石の仕組みを使った発明など、さまざまな活動を通じて子どもたちの創造力や表現力、活用力を伸ばしていきます。重要なのは、決められた答えを出すのではなく、自分なりの解決策を考え出すプロセスです。

著者は、こうした活動を通じて以下の6つの力(6Cs)を育むことを目指しています:

1. Collaboration(協力してつくる力)
2. Communication(伝える力)
3. Content(学力)
4. Critical Thinking(批判的に考える力)
5. Creative Innovation(創造する力)
6. Confidence(失敗を恐れない気持ち)

これらの力は、従来の学力テストだけでは測りきれないものです。しかし著者は、AIの発達により単純な知識や技能の重要性が相対的に低下する中で、むしろこうした力こそがこれからの時代に必要不可欠だと主張します。

思考力を育む学び

著者が特に重視しているのが、思考力の育成です。ステモンでの活動を通じて、子どもたちは身の回りの物事の仕組みに気づき、「なぜ?」「どうして?」と考える習慣を身につけていきます。

例えば、電磁石の仕組みを学んだ後、その知識を活かして「便利」「安全」「人を楽しませる」何かを考案する課題に取り組みます。子どもたちは自由に発想を広げ、友だちと意見を交換しながら、さまざまなアイデアを生み出していきます。

このプロセスを通じて、子どもたちは以下のような力を養っていきます:

– 知識を実生活と結びつける力
– 問題を多角的に捉える力
– 創造的に解決策を考える力
– 自分のアイデアを表現する力
– 他者のアイデアを理解し、尊重する力

著者は、こうした思考のトレーニングが日常生活全般に広がっていくことの重要性を強調します。学んだ知識を活かして身の回りの現象を理解したり、新しいアイデアを考えたりする習慣が身につくことで、子どもたちの世界が大きく広がっていくのです。

「フロー状態」を重視した学び

著者はまた、子どもたちが夢中になって取り組める環境づくりの重要性も指摘します。心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー理論」を引用し、没頭している状態こそが学びの原動力になると主張します。

ステモンでは、子どもたちが自由に試行錯誤できる環境を整え、「失敗してもいい」「人と違っていい」という雰囲気づくりを心がけています。そうすることで、子どもたちは恐れることなく新しいことに挑戦し、自分なりのアイデアを形にしていくことができるのです。

著者は、こうした体験を通じて育まれる自己肯定感こそが、これからの時代を生き抜く上で重要だと考えています。AIが発達しても、人間にしかできない創造的な活動や、他者と協力して問題解決に取り組む力は、ますます求められるようになるからです。

体験の重要性

著者は、子どもの成長には実際の体験が欠かせないと強調します。知識を頭で理解するだけでなく、実際に手を動かしてものをつくったり、他者と協力して課題に取り組んだりする経験が、真の学びにつながると考えているのです。

しかし、都市化や生活様式の変化により、子どもたちの体験の機会は減少しています。著者はこれを「体験格差」と呼び、将来的な影響を懸念しています。体験を通じて育まれる感性や直観力、問題解決能力は、これからの時代にますます重要になってくるからです。

そこで著者は、ステモンや探究型学習スクール「BOKEN」、民間学童保育「スイッチスクール」など、さまざまな形で子どもたちに体験の場を提供しています。例えば:

– プログラミングを使ってオリジナルのゲームをつくる
– 電磁石の仕組みを使って新しい発明を考える
– 里山保全活動に参加する
– 豪雪地域での生活を体験する

こうした多様な体験を通じて、子どもたちは知識を実感を伴って理解し、創造力や問題解決能力を養っていくのです。

コミュニティの重要性

著者は、子どもの成長にはコミュニティが大きな影響を与えると指摘します。学校や家庭以外にも、子どもが安心して自分を表現できる場所があることが重要だと考えているのです。

ステモンやBOKENでは、少人数のグループで活動することを重視しています。そうすることで、子どもたち同士が自然に学び合い、お互いの個性を認め合う関係が育まれていきます。また、年齢の異なる子どもたちが交流することで、より豊かな学びの場が生まれるのです。

著者は、こうしたコミュニティでの経験が、子どもたちの自己肯定感や他者理解、コミュニケーション能力の向上につながると考えています。また、学校以外の居場所があることで、子どもたちの精神的な安定にもつながるのです。

教育の新しい形

著者は、これからの教育には「個性化・個別化」が重要になってくると指摘します。一斉授業だけでなく、一人ひとりの興味や理解度に合わせた学びを提供することが求められているのです。

そのためには、教師の役割も変化していく必要があります。著者は、教師の役割を以下のように整理しています:

1. 教師1.0: 一斉講義型の授業を行う
2. 教師2.0: 一斉講義と学び合いを組み合わせる
3. 教師3.0: 個別学習と集団学習をブレンドする

教師3.0は、子どもたち一人ひとりに合わせた課題設定や教材選定を行い、個別学習と集団での学び合いを適切に組み合わせていきます。また、テクノロジーを活用して効果的な学習環境を整えることも求められます。

著者は、こうした新しい教育の形を実現するためには、公教育と民間教育の連携が不可欠だと考えています。民間教育が先駆的な取り組みを行い、その成果を公教育に還元していくことで、教育全体の質を高めていくことができるのです。

これからの時代に求められる人材

著者は最後に、これからの時代に求められる人材像について述べています。それは、「かもめのジョナサン」のように、周囲の評価に惑わされず自分の信じる道を進む人です。

著者は、子どもたちには以下のような力を身につけてほしいと考えています:

– 自分で考え、判断する力
– 失敗を恐れずチャレンジする勇気
– 他者と協力しながら問題解決に取り組む力
– 創造性豊かに新しいものを生み出す力
– 生涯にわたって学び続ける姿勢

こうした力を持った人材こそが、AI時代においても輝き続けることができるのです。

著者は、教育の目的は単に知識を詰め込むことではなく、「イキイキと生き続けられる人」を育てることだと主張します。そのためには、学校教育だけでなく、家庭や地域社会、民間教育などが連携し、子どもたちに多様な学びの機会を提供していく必要があるのです。

まとめ

本書は、AI時代における教育のあり方について、著者の実践に基づいた具体的な提案が示されています。従来の学校教育の枠組みにとらわれず、子どもたちの創造性や主体性を重視した新しい学びの形を模索する姿勢は、多くの示唆に富んでいます。

特に印象的なのは、著者が「正解のない問題」に取り組む力の重要性を繰り返し強調している点です。AIの発達により、単純な知識や技能の価値が相対的に低下する中で、人間にしかできない創造的な思考や表現の重要性が増していくという指摘は説得力があります。

また、体験の重要性を強調し、具体的な実践例を多く紹介している点も本書の魅力です。理論だけでなく、実際にどのような活動を通じて子どもたちの能力を伸ばしていけるのか、イメージしやすくなっています。

一方で、著者の提案する教育方法を広く普及させていくための具体的な方策については、さらなる議論が必要かもしれません。公教育の制約や、家庭の経済状況による教育格差の問題など、乗り越えるべき課題は少なくありません。

しかし、AI時代の到来を見据えた新しい教育のあり方を考える上で、本書は重要な問題提起をしていると言えるでしょう。子どもたちがこれからの時代を生き抜く力を身につけるため、私たち大人に何ができるのか。本書を読んだ多くの人が、そのことを真剣に考えるきっかけになることが期待されます。

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。