本書『さよなら「正解主義」』は、2021年度から始まる大学入学共通テストを控え、日本の教育改革の方向性と、これからの時代に求められる学びのあり方について論じた一冊です。
著者の船橋伸一氏と河村振一郎氏は、長年にわたり教育現場に携わってきた経験から、AI技術の発展やグローバル化が加速する現代社会において、従来の「正解主義」的な学びではなく、多角的な思考力や問題解決能力を育む教育の重要性を説いています。
本書では、2021年度から実施される大学入学共通テストの内容を詳しく解説しながら、この改革に込められたメッセージを読み解き、生徒・保護者・教育関係者に向けて、これからの学びのあり方について具体的な提言を行っています。
第1章 – AI・グローバル時代の教育改革
著者らは、まずAI技術の急速な発展に触れ、近い将来多くの職業がAIに取って代わられる可能性があることを指摘します。そのうえで、人間にしかできない創造的な思考や問題解決能力の重要性が増していくと主張します。
また、ますます進むグローバル化に対応するため、多言語コミュニケーション能力や多文化理解力の育成が急務であると述べています。
こうした社会の変化を背景に、著者らは「教育だけが変わらないわけにはいかない」と強調し、高大接続改革の必要性を訴えています。
第2章 – 正解主義からの脱却がカギ
本章では、日本の教育における「正解主義」の問題点が指摘されています。著者らによれば、これまでの日本の教育は、単に知識を暗記し、正解を導き出す能力を重視する傾向がありました。しかし、これからの時代に求められるのは、知識の本質的な理解と、それを応用する力だと主張します。
著者らは、「本わかり」という言葉を用いて、単なる暗記ではなく、物事の意味や背景まで深く理解することの重要性を説いています。また、思考力・判断力・表現力を育成するための授業改革の必要性も強調しています。
第3章 – 難航する高大接続改革
本章では、高大接続改革の経緯と課題について詳しく解説されています。当初計画されていた記述式問題の導入や英語の外部試験活用が見送られるなど、改革は難航しましたが、著者らは改革の本質的な意義を失わないよう訴えています。
特に、「学力の3要素」(1.知識・技能、2.思考力・判断力・表現力、3.主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度)を育成することの重要性を強調し、これらをバランスよく評価する入試制度の必要性を説いています。
第4章 – 新テストに込められたメッセージ
本章では、大学入学共通テストの具体的な内容と、そこに込められたメッセージについて詳しく解説されています。著者らは、新テストが単なる知識の暗記ではなく、思考力や判断力を問う問題が増えることを指摘し、これに対応するための学習法を提案しています。
特に注目すべき点として、以下のようなことが挙げられています:
- 「場面設定」を重視した問題が増加
- 多角的・多面的な考察力を問う問題の出題
- 日常生活や社会との関連を意識した出題
- データの分析や解釈能力を問う問題の増加
著者らは、これらの変更が単なるテスト対策の変更ではなく、これからの時代に求められる能力を育成するためのメッセージであると強調しています。
第5章 – クリティカル・シンキングとは
本章では、クリティカル・シンキング(批判的思考)の重要性について詳しく解説されています。著者らは、クリティカル・シンキングが単に他人を批判することではなく、物事を多角的・客観的に捉え、論理的に考える能力であると説明しています。
クリティカル・シンキングの4つの段階として、以下が挙げられています:
- 明確化(情報解釈)
- 推論の土台の検討(情報の分析・評価)
- 推論(帰納的・演繹的に価値判断)
- 行動決定(問題解決)
著者らは、これらの能力を育成することが、AIやグローバル化が進む社会で活躍するために不可欠だと主張しています。
第6章 – 共通テストを軽視できないワケ
本章では、私立大学を志望する場合でも共通テストを軽視すべきでないことが強調されています。著者らは、共通テストで高得点を取ることが、私立大学の共通テスト利用入試や一般入試においても有利に働くことを具体的な例を挙げて説明しています。
また、共通テストの得点によって出願校を絞り込むことで、受験にかかる費用や負担を軽減できることも指摘しています。著者らは、共通テストを軸とした戦略的な受験計画の重要性を訴えています。
第7章 – これからの学び方のヒント
本章では、新しい入試制度に対応するための具体的な学習法が提案されています。著者らは、以下のようなポイントを挙げています:
- 中学校既習範囲までの勉強の「ムラ」をなくす
- 丸暗記ではなく本質的な理解「本わかり」する学習
- 中学高校選びの重要性
- センター試験過去問題の効果的な使い方
特に「本わかり」の重要性が強調されており、単に知識を暗記するのではなく、その背景や理由まで深く理解することの大切さが説かれています。
第8章 – 文系、理系どちらを選ぶべきか
本章では、文系・理系の選択について考察されています。著者らは、将来の職業や収入を考えて安易に選択するのではなく、自分の興味や適性を重視すべきだと主張しています。
特に、大学で学ぶ内容が直接職業に結びつかないことも多い文系学部においても、論理的思考力や問題解決能力など、社会で役立つ汎用的な能力が身につくことを指摘しています。
第9章 – 地方国公立大か都会の有名私大か
本章では、大学選びの際の重要な視点として、地方国公立大学と都会の有名私立大学の比較が行われています。著者らは、近年の少子化や大学の増加により、有名私立大学でも学力の低い学生が入学できるケースが増えていることを指摘し、安易なブランド志向を戒めています。
一方で、地方国公立大学の多くは、基礎学力をしっかりと身につけた学生を育成しており、就職においても決して不利ではないことを具体的なデータや事例を挙げて説明しています。
著者らは、大学選びにおいては、偏差値やブランドだけでなく、自分の学びたい内容や将来の目標に合った大学を選ぶことの重要性を強調しています。
第10章 – コロナ禍、その後の学習
本章では、新型コロナウイルスの影響下における学習のあり方について考察されています。著者らは、このような不安定な状況下でこそ、基礎学力の充実と本質的な理解の重要性が増していると主張しています。
特に、安易に暗記や対症療法的な学習に頼るのではなく、「本わかり」を目指した学習の大切さが強調されています。また、オンラインでの学習リソースを効果的に活用することの重要性も指摘されています。
おわりに – これからの時代に求められる真の学び
最後に著者らは、これからの時代に求められる真の学びとは何かを問いかけています。単に良い成績を取ることや有名大学に入学することではなく、自ら目標を立て、困難に立ち向かい、乗り越える経験こそが重要だと主張しています。
著者らは、「成功とその攻略法」を持つのではなく、「失敗とその乗り越え方」を自分で掴み取ることが、これからの時代を生き抜くために必要不可欠だと訴えています。
また、他者への共感や思いやりの心を育むことの大切さも強調されており、単なる学力だけでなく、人間性の豊かさを培うことの重要性が説かれています。
本書は、変化の激しい現代社会において、教育のあり方や学びの本質を問い直す貴重な一冊となっています。生徒や保護者はもちろん、教育関係者や広く社会人にとっても、これからの時代に求められる能力や学びのあり方について深く考えさせられる内容となっています。
AI時代だからこそ、人間にしかできない創造的な思考や問題解決能力、他者への共感力を育むことの重要性を説く本書は、日本の教育の今後の方向性を示す重要な指針となるでしょう。