私たちの社会は今、急速な技術革新の波に晒されています。特に人工知能(AI)の進歩は目覚ましく、私たちの生活や仕事のあり方を大きく変えつつあります。このような時代において、子どもたちにどのような力を身につけさせるべきか。これは教育に携わる者にとって喫緊の課題と言えるでしょう。
本書『AI時代を生きる子どもたちの資質・能力』は、まさにこの問いに正面から取り組んだ一冊です。著者の赤堀侃司氏は教育工学の第一人者として知られ、長年にわたり教育現場の実践と研究を重ねてきました。その豊富な経験と知見を基に、新学習指導要領に対応しつつ、AIの時代に求められる子どもたちの資質・能力について、多角的に論じています。
本書の特徴は、単なる理論の展開に留まらず、具体的な実践例を数多く紹介している点です。小学校から大学までの様々な教育現場での取り組みが生き生きと描かれており、読者は現場の空気を感じながら、これからの教育のあり方を考えることができます。
また、本書は「学校教育と社会をつなぐ」という視点を一貫して持ち続けています。従来の学校教育では、学んだ知識が実社会でうまく活用されないという問題がありました。著者はこの課題に正面から向き合い、学校と社会のギャップを埋めるための具体的な方策を提案しています。
学校と社会のギャップを埋める
著者はまず、学校で学ぶ知識が社会でうまく活用されていないという問題を指摘します。例えば、電気回路の問題で、家庭用コンセントの仕組みを正しく理解できない高校生が多いという調査結果を紹介しています。このギャップを埋めるために、著者は実社会と結びついた教育の重要性を強調します。
具体的な実践例として、埼玉県立鴻巣女子高校の保育の授業が紹介されています。卒業生の母親へのインタビュー動画を視聴した後、生徒たちがグループで子育て支援について議論する様子が描かれています。このような実践を通じて、生徒たちは教科書の知識を超えた広い視野を得ることができると著者は指摘します。
探究の仕方を学ぶ
次に著者は、問題解決能力の育成について論じています。オーストラリアの小学校の事例を紹介しながら、STEM教育(Science, Technology, Engineering, Mathematics)の重要性を説明しています。
著者は、教科の枠を超えた総合的な学習の意義を強調します。例えば、野菜栽培、ソーラーパネルによる発電、堆肥作り、料理実習などを組み合わせた授業を通じて、子どもたちは持続可能な社会について考えを深めることができると述べています。
道具の使い方を身に付ける
続いて著者は、情報機器の活用について論じています。成績処理の例を挙げながら、コンピュータなどの道具を適切に使うことの重要性を説明しています。
また、統計教育の導入についても触れ、これまでの数学教育とは異なる視点が必要であることを指摘しています。著者は、現実社会の問題解決には統計的な考え方が欠かせないと主張します。
AIと付き合う
本書の中核となる章では、AIとの関わり方について論じられています。著者は、チューリング・テストの例を挙げながら、機械と人間の思考の違いについて考察しています。
また、ニューラルネットワークの基本的な考え方を紹介し、AIが大量のデータを学習することで、人間のような判断ができるようになることを説明しています。著者は、このようなAIの特性を理解した上で、人間にしかできない能力を育成することの重要性を強調しています。
プログラミング的思考を身に付ける
著者は、プログラミング教育の意義について詳しく論じています。単にプログラミング言語を覚えることが目的ではなく、論理的に考える力を育成することが重要だと指摘しています。
具体的な実践例として、音楽の授業でのプログラミング的思考の活用や、特別支援学校でのハンバーガー作りの活動などが紹介されています。著者は、これらの活動を通じて、子どもたちが「難しいけれど面白い」と感じることの教育的意義を強調しています。
学習形態を変える
次に著者は、学習環境の変化について論じています。従来の教室型の授業だけでなく、学生ラウンジのような自由な学習空間の重要性を指摘しています。
また、サービス・ラーニングの概念を紹介し、社会と関わりながら学ぶことの意義を説明しています。例えば、大学生が小学校でプログラミング教育のメンターを務める事例などが紹介されています。
知識を構造化する
著者は、知識の構造化の重要性について詳しく論じています。単に個々の知識を暗記するのではなく、知識同士のつながりを理解することが大切だと指摘しています。
具体的な方法として、思考ツールの活用やワークシートの工夫などが紹介されています。また、授業の冒頭でねらいを明確にし、最後に振り返りの時間を設けることの重要性も強調されています。
教科等の見方・考え方を身に付ける
各教科には固有の見方・考え方があることを著者は指摘します。例えば、理科の電気の単元では、エネルギーの変換という視点が重要であることが説明されています。
また、社会科の授業例として、スーパーマーケットの特徴を調べる活動が紹介されています。著者は、子どもたちの新鮮な気づきを大切にすることの重要性を強調しています。
学びに向かう力を身に付ける
最後に著者は、学ぶ意欲や態度の育成について論じています。NHKの番組を引用しながら、現生人類の祖先が生き残った理由として「協力する力」があったことを紹介し、これからの時代にも協調性が重要であることを指摘しています。
また、反転学習の実践例を挙げながら、生徒同士の対話を通じて学びを深めることの意義を説明しています。
まとめ
本書は、AI時代における教育のあり方について、幅広い視点から論じた意欲作です。著者の豊富な経験に基づく具体的な実践例が随所に盛り込まれており、教育関係者にとって示唆に富む内容となっています。
特に印象的なのは、著者が一貫して「子どもたちの気づき」を大切にすることを強調している点です。AIが発達しても、人間にしかできない創造性や好奇心を育むことの重要性が説得力をもって語られています。
一方で、本書で提案されている教育方法を実践するには、教員の側にも相当な力量が求められることが予想されます。今後は、教員養成や研修のあり方についても議論を深めていく必要があるでしょう。
AI時代を生きる子どもたちに必要な資質・能力について、多角的に考察した本書は、これからの教育を考える上で重要な一冊となるはずです。