英語教師のための第二言語習得論入門 改訂版

筆者の白井恭弘先生は、日本の英語教育界を牽引する第一人者です。長年、アメリカの大学で教鞭を執りながら、日本人の英語習得過程や効果的な教授法について研究を重ねてきました。 特に、第二言語習得論(SLA)の知見に基づいた実践的な指導法の提唱は、多くの英語教師に影響を与え続けています。

本書『英語教師のための第二言語習得論入門 改訂版』は、白井恭弘先生が、長年の研究成果と豊富な教授経験に基づき、英語教師に向けてSLAの基礎知識と具体的な指導法を分かりやすく解説した一冊です。 本書は、英語教師を目指す学生、新人教師はもちろんのこと、ベテラン教師にとっても、日々の教育実践を見つめ直し、より効果的な指導法を構築するための指針となるでしょう。

英語教師がSLAを学ぶ意義

英語教師であれば誰もが、学習者が効率的に英語を習得できるよう、日々試行錯誤を重ねていることでしょう。しかし、「教えれば良い」という単純なものではなく、学習者の年齢や学習環境、学習目的によって、効果的な指導法は異なるという現実があります。 本書では、SLA研究の膨大な知見の中から、英語教育現場で本当に役立つエッセンスを抽出し、体系的に整理することで、教師がそれぞれの状況に合わせて適切な指導法を選択できるよう導いてくれます。

SLA研究が明らかにした、学習者の実態

学習者の英語習得過程は、決して一直線ではなく、母語や学習環境、年齢など、様々な要因が複雑に絡み合って変化していくものです。 本書では、「なぜ日本人は英語が苦手なのか?」という根源的な問いから、学習者の抱える具体的な問題点、そして、SLA研究から明らかになった効果的な学習法まで、豊富な事例を交えながら解説していきます。

■ 日本人英語学習者の特徴

  • 母語の影響日本語と英語は、文法構造や発音、文化などが大きく異なるため、日本人は英語を習得する際に、母語である日本語の影響を強く受けます。 例えば、「私は彼を駅で見送った」という日本語を「I saw him off at the station.」と正確に英語で表現できる人は多くありません。これは、日本語の語順に引きずられてしまうためです。 このように、母語の影響は時として、英語学習の妨げとなる「負の転移」を引き起こすことがあります。 英語教師は、学習者の誤りは、単なる間違いではなく、母語の影響によって生じている可能性があることを理解し、適切な指導を行う必要があります。
  • 年齢要因「子供は語学の天才」という言葉があるように、一般的には若いうちに外国語を学習した方が有利だと考えられています。 しかし、SLA研究においては、年齢と習得スピードには相関関係があるものの、必ずしも「若ければ若いほど良い」とは限らないということが分かっています。 年齢を重ねるにつれて、認知能力や論理的思考力、社会経験などが豊富になるため、状況によっては、大人の方が効率的に英語を学習できる場合もあるのです。 英語教師は、年齢に関係なく、学習者一人ひとりの特性を見極め、最適な指導法を選択していく必要があります。
  • 心理的な要因英語習得において、学習意欲や学習に対する不安、自信の有無といった心理的な要因は、学習効果に大きな影響を与えることが分かっています。 例えば、英語に対して苦手意識を持っている学習者は、英語を使うことに抵抗を感じ、学習意欲が低下してしまう傾向があります。 また、「完璧に話さなければいけない」というプレッシャーを感じすぎると、「間違いを恐れて話せない」という悪循環に陥ってしまうこともあります。 英語教師は、学習者のモチベーションを維持し、リラックスして学習に取り組めるような環境作りをすることが重要です。

自動化モデルからインプットモデルへ

日本の英語教育は、従来、「文法訳読式」と呼ばれる、文法規則を暗記し、日本語に訳すことに重点を置いた教授法が主流でした。 このような「自動化モデル」では、「正確さ」は重視されるものの、「流暢さ」や「コミュニケーション能力」が軽視されがちです。

近年、SLA研究の進展に伴い、「インプットモデル」と呼ばれる、大量の英語に触れることを通じて、自然に英語を習得していくという考え方が注目されています。 このモデルでは、「意味理解」を重視し、文法規則を意識的に学習するのではなく、大量の英語に触れることを通じて、自然に文法規則を身につけていくことを目指します。

インプットとアウトプットの適切なバランス

インプットモデルにおいても、アウトプット、つまり実際に英語を使うことが重要なのは言うまでもありません。 重要なのは、インプットとアウトプットをどのように組み合わせるかが重要だということです。

■ 効果的なインプット

  • 年齢やレベルに合わせた内容学習者の年齢やレベルに合っていない難しすぎる内容の英語に触れても、理解できなければ意味がありません。 「 comprehensible input(理解可能なインプット)」、つまり、学習者のレベルより少しだけ難しい程度の英語に触れることが、効果的なインプットには重要となります。
  • 多様な教材の活用教科書だけでなく、小説やエッセイ、新聞記事など、様々なジャンルの英文に触れることで、語彙力や表現力、背景知識などを効果的に身につけることができます。 また、映画やドラマ、音楽なども、生の英語に触れるための有効な教材となります。 英語教師は、学習者の興味関心を引き出し、飽きさせないような工夫を凝らしながら、多様な教材を積極的に授業に取り入れていくことが求められます。

■ 効果的なアウトプット

  • コミュニケーション活動の充実インプットで得た知識や表現を実際に使ってみることで、初めて自分のものとして定着させることができます。 ペアワークやグループワーク、ロールプレイング、ディベートなど、様々なコミュニケーション活動を授業に取り入れることで、学習者は、実際の場面を想定しながら、積極的に英語を使う練習をすることができます。
  • アウトプットの機会の増加従来の日本の英語教育では、アウトプットの機会が圧倒的に不足していました。 スピーチコンテストや英語劇、プレゼンテーション、英語によるディベート大会など、アウトプットの機会を増やすことで、学習者のモチベーション向上に繋がるだけでなく、「英語を使う楽しさ」を体感させることができます。

これからの英語教育に向けて

グローバル化が加速する現代において、「英語教育の目標とは何か?」という問いは、ますます重要性を増しています。 本書は、英語教師一人ひとりが、この問いに向き合い、自らの教育実践を問い直すためのきっかけを与えてくれるでしょう。

 

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。