私たちが日々使用する言葉は、生物種のように生存競争を繰り広げています。どのような特徴を持つ単語が生き残りやすいのでしょうか。最新の研究が、この問いに対する興味深い答えを提示しています。

認知科学と言語学の接点

言語は常に変化し続けています。新しい単語が生まれ、古い単語が使われなくなっていきます。この変化の背後にある要因として、社会的、文化的影響がよく挙げられますが、最近の研究では、人間の認知機能が言語進化に与える影響にも注目が集まっています。

アメリカ、ドイツ、中国、シンガポールの研究者らによる最新の研究が、言語進化における認知的選択の役割を明らかにしました。この研究は、心理言語学的特性が単語の生存にどのような影響を与えるかを、2つの異なるアプローチで検証しています。

研究の詳細:2つのアプローチ

1. 短期的な言語伝達実験

研究チームは、まず短期的な言語伝達における単語の生存率を調査しました。参加者に物語を読んでもらい、それを別の参加者に伝えるという実験を行いました。この過程を3世代にわたって繰り返し、どの単語が生き残りやすいかを分析しました。

2. 長期的な言語変化の分析

次に、過去200年間の英語の使用頻度の変化を分析しました。これにより、短期的な実験結果が長期的な言語進化にも当てはまるかどうかを検証しました。

主要な発見:生き残りやすい単語の特徴

この2つのアプローチから、研究チームは以下の特徴を持つ単語が生存に有利であることを発見しました:

1. 早期習得性:幼少期に学ぶ単語ほど生き残りやすい

子供の頃に学ぶ単語は、記憶に定着しやすく、認知的な処理も容易です。そのため、長期的に使用され続ける傾向があります。

2. 具体性:抽象的な単語よりも具体的な単語の方が生存に有利

具体的な概念を表す単語は、イメージしやすく記憶に残りやすいため、伝達されやすい傾向があります。

3. 覚醒度:感情的な興奮を引き起こす単語が生き残りやすい

感情的な興奮を引き起こす単語は、注意を引きやすく、記憶に残りやすいという特徴があります。

興味深い点は、これらの特徴が短期的な言語伝達実験と長期的な言語変化の両方で一貫して観察されたことです。これは、個人レベルの認知的選好が、世代を超えて言語全体の進化に影響を与えている可能性を示唆しています。

短期と長期で異なる結果:単語の長さと感情価

一方で、単語の長さと感情価(ポジティブかネガティブか)については、短期的実験と長期的分析で異なる結果が得られました。

短期的実験では、長い単語の方が生き残りやすく、感情価の影響は見られませんでした。しかし、長期的分析では、短い単語の方が頻度を増やし、ポジティブな単語の方が使用頻度を増やす傾向が見られました。

研究チームは、この違いについて以下のように考察しています:

1. 単語の長さ
短期的には、長い単語の方が物語の核心部分を担っている可能性が高く、そのため記憶に残りやすいのではないか。一方、長期的には短い単語の方が使いやすく、頻繁に使用される傾向がある。

2. 感情価
短期的には感情の強さ(ポジティブかネガティブかを問わず)が重要だが、長期的にはポジティブな単語の方が好まれる傾向がある。これは、過去200年間で人々の生活満足度が向上し、ポジティブな表現への需要が増加した可能性を反映しているのではないか。

言語進化のメカニズム:なぜ安定しないのか

研究チームは、言語がなぜ安定せず、常に変化し続けているのかについても考察しています。彼らは、過去200年間で言語生産の機会が急激に増加したことが、単語間の競争を激化させているのではないかと推測しています。

コミュニケーション手段の多様化や、英語話者人口の増加により、言語生産量が人間の注意容量を超えるようになりました。これにより、単語間の「生存競争」が激しくなり、認知的に処理しやすい単語が選択されやすくなっているのです。

研究の意義と展望

この研究は、言語学と認知科学の接点に新たな知見をもたらしました。個人レベルの認知的選好が、どのように言語全体の進化につながるのかを示したことは、大きな成果といえるでしょう。

ただし、研究チームは、これが言語変化の唯一の要因ではないと注意を促しています。新しいアイデアを表現する必要性や、社会的・技術的環境の変化など、他の要因も言語進化に重要な役割を果たしています。

今後の研究では、新しい単語の誕生や消滅も含めた、より包括的な言語変化のダイナミクスを探ることが期待されます。また、なぜ具体性、早期習得性、覚醒度が単語の生存に有利に働くのか、そのメカニズムをより深く探ることも興味深い研究課題となるでしょう。

言語と認知の相互作用

この研究は、言語と認知が密接に関連していることを改めて示しています。私たちの認知システムは、効率的に情報を処理し、記憶し、伝達するように進化してきました。そして、その認知システムに適した形で言語も進化しているのです。

具体的で、早くから学習し、感情的な興奮を引き起こす単語が生き残りやすいという発見は、私たちの認知システムの特性を反映しています。これらの特徴を持つ単語は、より豊かな認知的表現を可能にし、より強固な記憶痕跡を形成するのかもしれません。

言語教育への示唆

この研究結果は、言語教育にも重要な示唆を与えています。新しい言語を学ぶ際、具体的で日常生活に密着した単語から始めること、感情を伴う文脈で単語を学ぶことの重要性が裏付けられたといえるでしょう。

また、言語の早期教育の重要性も再確認されました。幼少期に習得した単語は、長期的に記憶に定着しやすく、使用頻度も高くなる傾向があります。

言語と文化の相互作用

長期的な言語変化における感情価の影響は、言語と文化の密接な関係を示唆しています。ポジティブな単語の使用頻度が増加している背景には、社会の全体的な幸福度の向上があるのかもしれません。

これは、言語が単なるコミュニケーションツールではなく、社会や文化の変化を反映する鏡でもあることを示しています。言語の変化を研究することで、社会の変化を読み取ることができるかもしれません。

技術の影響と今後の課題

この研究では、過去200年間の言語変化を分析していますが、この期間は技術の急速な発展と一致しています。特に、印刷技術やインターネットの発達は、言語の生産と伝播の方法を大きく変えました。

今後の研究では、こうした技術の影響をより詳細に分析することが課題となるでしょう。例えば、ソーシャルメディアの普及が言語進化にどのような影響を与えているのかは、興味深い研究テーマとなりそうです。

おわりに:言語の動的な性質

この研究は、言語が静的なものではなく、常に変化し続ける動的なシステムであることを改めて示しました。その変化は、私たちの認知システムの特性、社会文化的な変化、そして技術の発展など、様々な要因の相互作用によって形作られています。

言語の進化を研究することは、人間の認知、社会、文化を理解する上で重要な手がかりを提供してくれます。今回の研究成果は、言語学、認知科学、心理学、文化人類学など、多くの分野に影響を与える可能性があります。

私たちが日々何気なく使っている言葉の一つ一つが、長い進化の過程を経て選択され、生き残ってきたものだと考えると、言語の奥深さに改めて感銘を受けます。今後、この分野の研究がさらに進展し、言語と人間の本質についての理解が深まることが期待されます。


Li, Y., Breithaupt, F., Hills, T., Lin, Z., Chen, Y., Siew, C. S. W., & Hertwig, R. (2023). How cognitive selection affects language change. Proceedings of the National Academy of Sciences, 121(1), Article e2220898120. https://doi.org/10.1073/pnas.2220898120

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。