『キーワードでわかる英語科教育学【改訂版】』は、第二言語習得論、英語教授法、そして英語科教育学という、英語教育の根幹をなす三つの領域を、主要なキーワードを通して体系的に学べる書籍です。本書は、英語教育を学ぶ大学生・大学院生はもちろんのこと、教員採用試験の受験者、そして現職の英語教師まで、幅広い読者層にとって、英語教育への深い理解と実践的な指導力の向上に繋がる羅針盤となるでしょう。
本書が描き出す英語教育の全体像:網羅性と具体性の融合
本書の最大の特徴は、広範なテーマを扱いながらも、重要なキーワードを厳選し、それぞれについて明確な定義と具体的な説明を提供している点にあります。抽象的な理論に終始することなく、実際の教育現場における実践例や具体的な指導技術にも言及することで、読者は理論と実践の有機的な繋がりを意識しながら、より深い理解へと導かれます。
例えば、第二言語習得論において重要な「インプット仮説」について、本書は、単に「学習者のレベルより少し上のレベルのインプット(i+1)を与えることが効果的」と述べるだけでなく、その理論的背景や、具体的な指導法への応用例まで、丁寧に解説しています。また、「インタラクション仮説」においても、「意味交渉」や「インタラクションの中で行われる修正」といった重要な概念を、具体例を交えながらわかりやすく説明しています。
さらに、本書は英語教授法の歴史にも焦点を当て、Grammar Translation Method (文法訳読法) からDirect Method (直接教授法), Oral Method, Audiolingual Method, Communicative Language Teaching (CLT), Task-Based Language Teaching (TBLT), Content-Based Instruction (CBI), Content and Language Integrated Learning (CLIL)まで、主要な教授法を時系列で紹介し、それぞれのメリット・デメリットや、現代における意義を考察しています。これは、英語教育が時代の変化とともに絶えず進化を続けるダイナミックな分野であることを理解する上で、大変貴重な視点を提供しています。
主要キーワードが織りなす英語習得のメカニズム
本書では、第二言語習得論と英語教授法という二つの大きな柱を中心に、英語教育において重要な役割を果たす様々なキーワードが、体系的に解説されています。
第二言語習得論:学習者の内的プロセスへの深い洞察
- インプット仮説: Krashen によって提唱されたこの仮説は、第二言語習得において、学習者のレベルより少し上のレベルのインプット (i+1) を与え続けることが、効果的な習得に繋がることを示唆しています。本書では、理解可能なインプット (Comprehensible input) の重要性 や、正確さ (Accuracy) よりも流暢さ (Fluency) を重視した指導の有効性 についても言及しており、学習者の「感情フィルター (Affective Filter)」を低減し、リラックスした環境で学習を進めることの重要性を強調しています。
- インタラクション仮説: Long によって提唱されたこの仮説は、第二言語習得において、学習者同士や教師との間で行われるインタラクションが重要な役割を果たすことを主張しています。本書では、意味交渉 (negotiation of meaning) や、インタラクションの中で行われる修正 (Interactional Modification) を通して、学習者は目標言語の形式に気づき (noticing)、言語習得を促進していくプロセスを、具体例を交えながら解説しています。
- アウトプット仮説: Swain によって提唱されたこの仮説は、第二言語習得には、インプットだけでなく、アウトプットも同様に重要であることを示しています。本書では、カナダにおけるフランス語イマージョン教育の事例 を引き合いに出しながら、アウトプットを通して学習者は自身の言語知識の不足に気づき、それを修正しようとする過程 (hypothesis testing) で、言語習得が促進されることを説明しています。また、アウトプットには、流暢さ (fluency) を高める効果もあることを指摘しています。
英語教授法:効果的な指導法の探求
- コミュニカティブ言語教授法 (CLT): 1970年代に登場した CLT は、学習者のコミュニケーション能力 (communicative competence) の育成を重視し、従来の文法訳読中心の教授法からの脱却を目指しました。本書では、CLT の背景にある理論的背景や、具体的な指導法、そしてメリット・デメリットを、豊富な事例を交えながら解説しています。
- タスク中心型言語教授法 (TBLT): TBLT は、学習者にタスク (課題) を与え、そのタスクを達成するために必要な言語を学習していく教授法です。本書では、TBLT の定義 や、タスクの定義、そして文法練習との違い について詳しく解説しています。また、日本の教育現場における TBLT の活用例や、問題点と解決策についても言及しています。
読者を引き込む構成:図表・具体例・参考文献の活用
本書は、複雑な理論や概念を、図表を用いることで視覚的に理解しやすく、また具体的な例を豊富に盛り込むことで、読者はイメージを膨らませながらスムーズに内容を理解することができます。さらに、主要な参考文献が充実しており、本書で取り上げられたキーワードや概念、理論や仮説について、より深く学びたいと考える読者にとって、大変有用な情報源となっています。
まとめ:英語教育の未来を照らす光
『キーワードでわかる英語科教育学【改訂版】』は、英語教育を学ぶ学生、教員を目指す人、そして現場で教壇に立つ教師まで、それぞれの立場において、新たな気づきと学びを与えてくれる一冊です。