本書『ChatGPTと共に育む学びと心―AI時代に求められる教師の資質・能力』は、AI時代における教育の在り方について、3名の教育者が実践と理論の両面から論じた意欲的な著作です。生成AI、特にChatGPTの教育活用について、単なる活用事例の紹介に終始せず、教育の本質や人間形成の観点から深く掘り下げている点が特徴です。

プロローグでは2030年の授業風景を描き、第1章では生成AIの基本的な理解と活用方法、第2章では実践事例とその分析、第3章では教育哲学的な考察を展開しています。さらにエピローグではシンポジウム形式で3名の著者が議論を深めています。

著者たちの問題意識

著者たちは、生成AIの教育活用について「どう使うか」という技術的な関心よりも、「なぜ使うのか」「何のために使うのか」という本質的な問いを重視しています。AIによって代替可能な業務が増える中、教師の役割や学校教育の意義を改めて問い直す必要性を指摘しています。

また、生成AIを「便利な道具」として表面的に捉えるのではなく、子どもたちの学びや成長にとってどのような意味を持つのか、深い洞察を試みています。特に注目すべきは、生成AIの活用が子どもたちの心理面に与える影響について慎重に検討している点です。

実践に基づく具体的な提言

本書の大きな特徴は、現場での実践に基づいた具体的な提言が豊富なことです。例えば、小学4年生の国語の授業での活用事例では、生成AIに手紙文を作成させ、その内容を子どもたちが批判的に検討するという取り組みが紹介されています。

この実践では、単に生成AIの出力を利用するだけでなく、なぜそのような出力になったのかを考えさせることで、子どもたちの思考力を育んでいます。また、実際の体験に基づいた感情表現の重要性にも気づかせており、教科の学習目標達成と生成AIについての理解深化を両立させている点が注目されます。

隠されたカリキュラムへの着目

本書では「隠されたカリキュラム」という概念を用いて、生成AIの教育活用がもたらす意図せざる影響についても詳細な分析を行っています。例えば、生成AIの利用を厳しく制限することで、かえって子どもたちの創造性や主体性が損なわれる可能性を指摘しています。

また、生成AIとの関わり方を通じて、子どもたちが人間関係や社会性について何を学ぶのかという視点も提示されています。「生成AIには何でも相談できるが、人間との対話は面倒」といった態度が形成されないよう、慎重な配慮の必要性を説いています。

教師の役割再考

本書では、生成AI時代における教師の役割について深い考察が展開されています。特に注目すべきは、「教師の存在意義は何か」という根本的な問いに真摯に向き合っている点です。

著者たちは、生成AIによって代替可能な業務が増えることを認めつつも、それは教師の役割が失われることを意味しないと主張します。むしろ、生成AIでは代替できない「生き様を見せる」「環境を整える」「子どもたちの心に寄り添う」といった役割の重要性が増すと指摘しています。

教育哲学としての深み

本書の最大の特徴は、生成AIの教育活用という今日的なテーマを、教育哲学の文脈に位置づけて論じている点です。「人間とは何か」「教育とは何か」という根源的な問いに立ち返りながら、生成AI時代の教育の在り方を模索しています。

特に第3章では、道具としての生成AIの光と影、心の教育の重要性、教師の哲学の必要性などについて、豊富な具体例を交えながら論じられています。生成AIを使いこなすための技術的なスキルよりも、それを教育にどう活かすかという哲学が重要だという指摘は説得力があります。

提起された課題

本書では、生成AI時代の教育について多くの課題も提起されています。例えば、学校教育と家庭教育の役割分担、教師の研修の在り方、評価方法の見直しなどです。特に、従来の学力観や教育観の転換の必要性を指摘している点は重要です。

また、生成AIの活用に関する保護者への説明責任や、教師間での認識共有の重要性なども指摘されています。これらの課題は、今後の教育現場で具体的に取り組んでいく必要があるでしょう。

本書の意義と可能性

本書は、生成AI時代の教育について、実践と理論の両面から総合的に論じた先駆的な著作と評価できます。特に、技術的な活用方法や事例紹介にとどまらず、教育の本質や人間形成の観点から深く考察している点で、他の関連書籍とは一線を画しています。

著者たちの議論は、時として具体的な提言を超えて哲学的な深みを帯びていきます。しかし、それは決して現実から遊離した観念論ではなく、常に教育実践との往還を意識したものとなっています。

おわりに

本書は、生成AI時代の教育について考えようとするすべての教育関係者にとって、示唆に富む内容を提供しています。特に、技術の進展に振り回されることなく、教育の本質を見据えながら実践的な提案を行っている点は高く評価できます。

また、本書の議論は教育関係者だけでなく、保護者や教育に関心を持つ一般読者にとっても示唆に富むものです。生成AIと人間の関係について、教育という観点から深く考察することで、社会全体で共有すべき重要な視点を提供しているからです。

本書は、教育実践のハウツーを求める読者の期待には必ずしも応えないかもしれません。しかし、生成AI時代における教育の本質的な在り方を考えようとする読者にとっては、貴重な指針となるはずです。

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。