本論文は、サウジアラビアの中学校英語教育におけるiPadアプリケーションの活用が、学習者のエンゲージメント(授業への積極的な参加や関与)にどのような影響を与えるかを検証した研究です。筆者のBasmah Al-Bogami氏とTariq Elyas氏は、King Abdulaziz大学の研究者で、英語教育におけるテクノロジー活用に関する研究を行っています。

近年、教育現場でのタブレット端末活用が広がる中、特に英語を外国語として学ぶ(EFL: English as a Foreign Language)環境での効果的な活用方法について、実証的な研究の必要性が高まっていました。本研究は、そうした社会的背景を踏まえ、中東の教育現場という特殊な文脈において実施されたものです。

研究の概要

この研究では、サウジアラビアの私立中学校の女子生徒20名を対象に、5週間にわたりiPadを活用した英語授業を行いました。Quizlet、iBook、Popplet、Polleverywhere、Pixtonなど5つのアプリケーションを用いて、読解力と語彙力の向上を目指す授業が実施されました。

研究手法としては、量的データと質的データを組み合わせた混合研究法が採用されています。具体的には、授業後に実施された質問紙調査と、授業中の観察記録が分析対象となっています。

主な研究結果

1. iPadの有用性と使いやすさ

質問紙調査の結果、学習者はiPadを英語学習に役立つツールだと評価しました。特に、読解や語彙学習を容易にし、アイデアを新しい方法でつなげることに役立ったとの回答が多く見られました。また、操作の容易さについても高い評価が得られました。

2. 学習者エンゲージメントの向上

iPadの活用により、学習意欲や授業参加度が向上したという回答が多数を占めました。特に、グループワークの促進や学習の楽しさの向上について、高い評価が得られました。

3. 自己主導型学習の促進

観察結果からは、iPadの活用により学習者が自ら学ぶ姿勢が強化されたことが示唆されています。例えば、分からない単語をすぐに調べたり、自分のペースで音声を聞き直したりする様子が見られました。

4. ゲーミフィケーションの効果

QuizletやPixtonなど、ゲーム要素を含むアプリケーションに対して、学習者の関心が特に高かったことが報告されています。競争心や達成感を刺激することで、学習意欲の向上につながったと考えられます。

研究の意義と課題

本研究の意義は、以下の点にあると考えられます:

1. 中東の教育現場という特殊な文脈でのiPad活用効果を実証的に示したこと
2. 中学生を対象とした研究であり、発達段階に応じたiPad活用の可能性を探ったこと
3. 具体的なアプリケーションの活用事例を示し、実践的な示唆を提供したこと

一方で、以下のような課題も指摘できます:

1. サンプルサイズが小さく(20名)、結果の一般化には慎重になる必要があること
2. 5週間という比較的短期間の研究であり、長期的な効果については不明であること
3. 教師の役割や指導法についての検討が十分でないこと

iPadを活用する上での留意点

研究結果を踏まえ、iPadを英語教育に活用する際の留意点として、以下が挙げられています:

1. 明確な教育目標の設定
単にiPadを導入するだけでなく、何を学ばせたいのかという明確な目標を持つことが重要です。

2. 適切なアプリケーションの選択
学習者のレベルや学習目標に合わせて、適切なアプリケーションを選択することが求められます。

3. 教師のトレーニング
iPadを効果的に活用するためには、教師自身がテクノロジーに習熟し、自信を持って指導できるようになることが不可欠です。

4. 学習者の自主性の尊重
iPadの活用により、学習者が自ら学ぶ姿勢を育むことができます。教師はファシリテーターとしての役割を意識し、適切な支援を行うことが大切です。

5. ゲーミフィケーションの活用
ゲーム要素を取り入れることで、学習者の興味関心を高め、意欲的な学習につなげることができます。

今後の研究課題

本研究を踏まえ、今後さらに検討が必要な課題として、以下が挙げられています:

1. より大規模なサンプルでの検証
2. 長期的な効果の検討
3. 教師の態度や指導法がiPad活用の効果に与える影響の分析
4. 学習者のエンゲージメントに影響を与える要因の詳細な分析
5. iPadの効果が時間の経過とともに持続するかどうかの検討

おわりに

本研究は、iPadの活用が中学生の英語学習におけるエンゲージメント向上に寄与する可能性を示唆しています。特に、学習者の自主性を促し、ゲーミフィケーションを通じて学習意欲を高める効果が注目されます。

しかし同時に、iPadはあくまでもツールであり、効果的な活用には教師の適切な指導と明確な教育目標が不可欠であることも強調されています。テクノロジーの導入により、教師の役割がより重要になるという逆説的な結果も示唆されているといえるでしょう。

今後は、より大規模かつ長期的な研究を通じて、iPad活用の効果とその持続性を検証していくことが求められます。また、教師の指導力向上や、学校全体でのiPad活用戦略の構築など、実践面での課題にも取り組んでいく必要があります。

テクノロジーの進化とともに、教育のあり方も変化を求められています。本研究は、そうした変化の中で、効果的な英語教育の方法を模索する上での重要な一歩となるものといえるでしょう。


Al-Bogami, B., & Elyas, T. (2020). Promoting Middle School Students’ Engagement Through Incorporating iPad Apps in EFL/ESL Classes. SAGE Open, 10(2), 1-18. https://doi.org/10.1177/2158244020926570


補足:iPadについて

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iPadは、Apple社が開発・販売しているタブレット型コンピューターです。この研究において、iPadは英語学習のツールとして活用されており、以下の点で英語学習に有効であることが示唆されています:

1. 多様なアプリケーションの活用
研究では、Quizlet、iBook、Popplet、Polleverywhere、Pixtonなど、様々なアプリケーションが使用されました。これらのアプリは、語彙学習、読解、アイデアの視覚化、意見の共有、創造的なストーリーテリングなど、多様な学習活動をサポートします。

2. インタラクティブな学習体験
iPadは、タッチスクリーンを通じて直感的な操作が可能です。例えば、単語カードをめくる、音声を再生する、マインドマップを作成するなどの活動が、従来の紙の教材よりもスムーズに行えます。

3. 即時フィードバック
クイズアプリなどでは、学習者が回答するとすぐに結果が表示されます。これにより、学習者は自分の理解度を即座に確認し、必要に応じて復習することができます。

4. 自己調整学習の促進
iPadを使用することで、学習者は自分のペースで学習を進めることができます。例えば、音声の再生速度を調整したり、必要な情報をすぐに検索したりすることが可能です。

5. マルチメディアの統合
テキスト、音声、画像、動画などを一つのデバイスで扱えるため、多角的なアプローチで言語学習を行うことができます。

6. 協働学習の促進
グループ活動において、iPadを共有したり、作成したコンテンツを簡単に共有したりすることができます。これにより、生徒間のコミュニケーションと協力が促進されます。

7. ゲーミフィケーション要素
多くの教育アプリにはゲーム的要素が含まれており、これが学習意欲の向上につながります。競争や達成感を通じて、楽しみながら学習を継続することができます。

8. モビリティ
iPadは軽量で持ち運びが容易なため、教室内での活動の自由度が高まります。また、家庭学習との連携も容易になります。

9. デジタルリテラシーの向上
iPadを使用することで、生徒たちは自然とデジタル技術に慣れ親しむことができます。これは、将来的なスキルとしても重要です。

10. 個別化学習の可能性
アプリによっては、生徒の学習進度や弱点を分析し、個々のニーズに合わせた学習内容を提供することができます。

これらの特徴により、iPadは英語学習のツールとして高い潜在性を持っています。ただし、研究では同時に、効果的な活用には適切な指導と明確な教育目標が不可欠であることも強調されています。テクノロジーはあくまでも手段であり、それをどのように活用するかが重要であることを忘れてはいけません。

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。