本論文”Use of Deep Multi-Target Prediction to Identify Learning Styles”は、オンライン学習環境における学習者の行動データを用いて、その学習スタイルを自動的に識別する手法を提案しています。著者のEverton Gomede氏らは、人工知能技術を活用し、従来の質問紙法に代わる新たなアプローチを模索しています。この研究は、教育のパーソナライズ化という大きな潮流の中で、重要な一歩を示すものと言えるでしょう。

研究の背景と意義

近年、MOOCs(大規模公開オンラインコース)の普及により、世界中の学習者がオンラインで多様な学習コンテンツにアクセスできるようになりました。しかし、一人ひとりの学習者に最適な学習環境を提供するには、その学習スタイルを正確に把握する必要があります。

従来、学習スタイルの識別には質問紙法が用いられてきましたが、回答者の主観に左右されやすいという問題がありました。そこでGomede氏らは、学習管理システム上での学習者の行動データを分析することで、より客観的かつ継続的に学習スタイルを把握する手法の開発に取り組みました。

この研究の意義は、教育のパーソナライズ化を促進し、学習効果の向上や学習時間の短縮といった成果につながる可能性を秘めている点にあります。

研究手法の概要

本研究では、Felder-Silvermanの学習スタイルモデル(FSLSM)を基に、以下の4つの次元で学習スタイルを分類しています:

1. 情報処理 (能動的/内省的)
2. 情報知覚 (感覚的/直感的)
3. 情報入力 (視覚的/言語的)
4. 情報理解 (逐次的/全体的)

研究チームは、100名の大学院生を対象に、オンライン学習環境での15日間の行動データを収集しました。具体的には、コンテンツの閲覧回数や滞在時間、フォーラムへの投稿数といった26の指標を用いています。

データ分析と人工知能の活用

収集したデータの分析には、人工知能技術の一つである多層パーセプトロン(多層構造の人工ニューラルネットワーク)を採用しています。この手法により、複数の入力(行動データ)から複数の出力(4つの学習スタイル次元)を同時に予測する多目的予測を実現しています。

モデルの評価には、交差検証法の一種であるLeave-One-Out Cross-Validation(LOOCV)を用い、過学習を防ぎながら予測精度を高めています。また、混同行列やROC曲線といった指標を用いて、モデルのパフォーマンスを多角的に評価しています。

研究結果と考察

提案手法による学習スタイルの識別精度は、4つの次元それぞれで75%から85%の範囲に収まりました。これは、先行研究と比較しても遜色ない、あるいはそれを上回る結果と言えます。

特筆すべきは、従来の手法では各次元を個別に分析していたのに対し、本研究では4つの次元を同時に予測できる点です。これにより、学習者の全体的な学習スタイルをより効率的に把握することが可能になりました。

また、著者らは様々な評価指標を提示しており、今後の研究での比較や改善に役立つ基準を示しています。

研究の限界と今後の課題

本研究にはいくつかの限界も存在します。まず、サンプルサイズが100名と比較的小規模であること、また対象が特定の分野(コンピュータサイエンスとプロジェクトマネジメント)の学生に限られていることが挙げられます。

著者らも指摘しているように、今後はより大規模なデータセットでの検証や、異なる学習管理システム、異なる分野での適用可能性を検討する必要があるでしょう。

さらに、学習スタイルの経時的変化(コンセプトドリフト)の検討や、ソーシャルファクターの影響分析など、さらなる研究の方向性も示唆されています。

実用化に向けた展望

本研究の成果は、MOOCsプラットフォームへのプラグインとして実装することで、実用化への道が開かれる可能性があります。これにより、学習者自身が自らの学習スタイルを理解し、強みを活かした学習方法を選択できるようになるでしょう。

また、教育者にとっても、学習者の特性をより正確に把握することで、適切な指導や助言が可能になります。さらに、類似した学習スタイルの学生をグループ化することで、協調学習の効果を高めることも考えられます。

教育システム全体への影響

本研究が示す自動学習スタイル識別の手法は、教育システム全体に大きな影響を与える可能性を秘めています。個々の学習者に最適化された学習環境を提供することで、教育の質的向上と効率化が期待できます。

また、この技術は単に学習効果の向上だけでなく、学習のプロセスそのものを可視化し、教育研究にも新たな視座を提供する可能性があります。学習スタイルと学習成果の関係性や、学習スタイルの形成要因などを大規模に分析することで、教育学の発展にも寄与するでしょう。

おわりに

Gomede氏らの研究は、人工知能技術を活用した教育のパーソナライズ化という、現代の教育が直面する重要な課題に挑戦するものです。提案手法には改善の余地はあるものの、その方向性は極めて示唆に富んでいます。

今後、さらなる検証と改良を重ねることで、この技術が教育現場に広く普及し、一人ひとりの学習者に最適な学習環境を提供する日が来ることが期待されます。それは、教育の質的向上と機会の平等化という、教育の根本的な目標の実現に大きく貢献するはずです。


Gomede, E., de Barros, R. M., & Mendes, L. S. (2020). Use of Deep Multi-Target Prediction to Identify Learning Styles. Applied Sciences, 10(5), 1756. https://doi.org/10.3390/app10051756

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。