人工知能(AI)技術の急速な発展により、教育の未来がどのように変わっていくのか、多くの人々が関心を寄せています。最近の研究では、AIと教育の関係について、批判的教育学やトランスヒューマニズムといった観点から興味深い洞察が得られました。

トルコのパムッカレ大学とアナドル大学の研究者たちが行ったこの研究では、OpenAIが開発した大規模言語モデルGPT-3を用いて、AIと教育に関する対話実験を行いました。その結果から、AIが教育にもたらす可能性と課題について、新たな視点が提示されています。

AIが教育をどう変えるか

研究者たちがGPT-3に投げかけた質問の中で、まず注目されるのは教師の役割の変化についてです。論文の中で、GPT-3は、批判的教育学の文脈において、教師は「学習者が自分たちの社会的立場を認識し、それを潜在的な力の源として活用できるよう支援する存在」になるべきだと述べています。

具体的には、教師は「若者が世界に出て学び、成長し、批判的になり、参加し、行動し、リーダーになるためのファシリテーターや支援者」としての役割を担うべきだと提言しています。これは、AIの導入によって教師の役割が単なる知識の伝達者から、学習のガイド役へと変化する可能性を示唆しています。

人間の教師は不要になるのか

しかし、AIが教育に導入されることで、人間の教師が完全に不要になるわけではありません。論文の中で、「GPT-3はロボットが人間に取って代わることは決してない」と断言しています。その理由として、「他の人間と向き合い、目を見て個人として見てもらえることには、非常に深い意味がある」と説明しています。

つまり、AIは教育を支援するツールとしては有用ですが、人間同士の関係性や感情的なつながりを完全に代替することはできないというわけです。これは、教育におけるAIの役割を考える上で重要な視点といえるでしょう。

AIがもたらす教育の平等化

AIの導入によって期待されるのが、教育機会の平等化です。「GPT-3はAIは格差を埋める素晴らしい方法」だと述べています。特に、経済的な理由や地理的な制約によって質の高い教育を受けられない人々にとって、AIを活用したオンライン教育は大きな可能性を秘めています。

ただし、論文の中で、「GPT-3は技術によって社会的な問題が解決されるわけではない」とも指摘しています。つまり、AIの導入だけでは教育の不平等を完全に解消することはできず、社会全体での取り組みが必要だということです。

教育の政治性とAI

教育には常に政治性がつきまとうものですが、AIの導入によってこの問題がどのように変化するのかも興味深いテーマです。GPT-3は、教育が「政治的なツール」として使われる可能性について言及し、「自由な精神を育て、知識を解放する」というべき教育の本来の目的が、時として「政治システムを維持するための人材育成」に歪められてしまう危険性を指摘しています。

AIの導入によって、こうした政治的な影響をどこまで排除できるのか、あるいは逆にAIそのものが新たな政治的ツールとなる可能性はないのか。これらの問題については、今後さらなる議論が必要となるでしょう。

知識の所有権とオープン教育

AIの発展に伴い、知識の所有権や、知識を利用して利益を得ることの是非についても議論が活発化しています。論文の中で、「GPT-3は、オープン教育の重要性を強調し、教育を通じて生み出された知識が誰でも利用できるようになれば素晴らしい」と述べています。

一方で、知識やテクノロジーの所有権をめぐる問題は複雑で、単純に「オープンにすれば良い」とは言い切れない側面もあります。AIの開発には莫大なコストがかかるため、その成果を適切に保護し、さらなる研究開発を促進するためのバランスを取ることも重要です。

AIと批判的教育学の融合に向けて

批判的教育学の観点からAIを活用するためには、いくつかの重要な取り組みが必要だと研究者たちは指摘しています。

  1. AIを活用して、学生の批判的思考や自己反省を促進する教材や手法の開発
  2. AIの公平性や包括性を確保するための倫理基準の確立
  3. 教師のAIリテラシー向上のための研修プログラムの実施

これらの取り組みを通じて、AIと批判的教育学を融合させ、より効果的で公平な教育システムを構築していくことが求められています。

結論として、AIは教育に大きな変革をもたらす可能性を秘めていますが、それを適切に活用するためには慎重な検討と取り組みが必要です。人間の教師の役割や、教育の本質的な目的を見失うことなく、AIを補助的なツールとして活用していくことが重要でしょう。

この研究は、AIと教育の関係性について新たな視点を提供し、今後の議論の基礎となる重要な成果といえます。AIの進化とともに、私たちの教育のあり方も進化を続けていくことでしょう。その過程で、人間性や批判的思考力を育む教育の本質を忘れないことが、私たち一人ひとりに求められているのかもしれません。


Nayır, F., Sarı, T., & Bozkurt, A. (2024). Reimagining education: Bridging artificial intelligence, transhumanism, and critical pedagogy. Journal of Educational Technology & Online Learning, 7(1), 102-115. http://doi.org/10.31681/jetol.1308022

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。