はじめに:スマートスピーカーが変える語学学習

「アレクサ、今日の天気は?」「オーケーグーグル、明日の予定を教えて」。こうしたやり取りが日常になって久しい今日この頃ですが、これらの音声アシスタントを英語学習に活用できないかと考える教育者が増えています。実際、教室でスマートスピーカーに話しかける生徒たちの姿は、もはや珍しい光景ではなくなりつつあります。

本日ご紹介する論文”A systematic review of voice-based intelligent virtual agents in EFL education”は、こうした音声ベースのAIアシスタント(専門用語では「インテリジェント・バーチャル・エージェント」、略してIVAと呼ばれます)が、英語を外国語として学ぶ学習者にどのような影響を与えるのかを、世界中の研究を集めて分析したものです。2023年にオンライン学術誌『International Journal of Emerging Technologies in Learning』に掲載されたこの研究は、ギリシャと英国、キプロスの研究者チームによって執筆されました。

研究チームの背景:国境を越えた協力

この論文の筆頭著者であるエイレネ・カツァロウさんは、ギリシャ北東部のコモティニにあるデモクリトス大学で英語を教えている先生です。応用言語学の専門家として、特に語彙習得や学習戦略の研究に取り組んできました。教室で日々生徒と向き合う中で、新しい技術が語学学習にどう役立つのかという疑問を常に持ち続けていたそうです。

共著者のフリドリン・ワイルド教授は、英国オープン大学の教育工学研究所に所属し、拡張現実やウェアラブル技術を使った学習支援の第一人者として知られています。欧州宇宙機関の資金援助を受けた複数のプロジェクトを率いてきた経験を持ち、技術と教育の融合について深い知見を持っています。

アレティ=マリア・スーガリ准教授は、テッサロニキのアリストテレス大学で応用言語学を教えており、特に幼い子どもへの英語教育や教師教育を専門としています。パラスケヴィ・ハジパナジオトゥ助教授は、キプロスのヨーロッパ大学で教育マネジメントを担当し、学校経営やデジタル変革について研究しています。

このように多様な背景を持つ研究者たちが集まったことで、技術面、教育面、実践面という複数の視点から、AIアシスタントの可能性を検討することができたのです。

なぜ今、この研究が必要なのか

AI技術が教育分野に導入され始めてから約30年が経ちますが、最近になって音声認識技術の飛躍的な進歩により、自然な会話ができるAIアシスタントが広く使われるようになりました。アマゾンのアレクサ、アップルのシリ、グーグルアシスタントといった製品は、今や多くの家庭に普及しています。

しかし不思議なことに、こうしたAIアシスタントを語学学習に活用した研究は、驚くほど少なかったのです。チャットボットや知的個別指導システム(ITS)といった他のAI技術については多くの研究がある一方で、音声ベースのAIアシスタントについては、その効果が十分に検証されていませんでした。研究チームはこの空白を埋めるべく、既存の研究を体系的に集めて分析することにしたのです。

研究の進め方:厳密な選別プロセス

研究チームは、PRISMA(系統的レビューとメタ分析のための推奨報告項目)という国際的に認められた手法を使って文献調査を行いました。これは、偏りのない客観的なレビューを行うための標準的な方法です。

まず、Scopus、ScienceDirect、Google Scholar、CrossRefといった主要な学術データベースを使って、2015年から2022年までに発表された英語の論文を検索しました。『Computers & Education』『Computer-Assisted Language Learning』『CALICO』といった、教育工学や言語学習の分野で評価の高い学術誌も手作業で調べました。

最初の検索では586件の論文が見つかりましたが、重複を除いたり、タイトルや要約を読んで関連性を確認したりする過程で、徐々に絞り込まれていきました。最終的に、厳しい基準をクリアした10件の研究だけが分析対象として選ばれました。この10件という数字は、一見少なく感じるかもしれませんが、実はこの分野の研究がいかに新しく、まだ十分に行われていないかを物語っています。

選別の基準は明確でした。実証的なデータに基づいていること、英語を外国語として学ぶ環境で行われた研究であること、AIアシスタントの教育効果について具体的な結果を報告していること、そして使用されたAIアシスタントの技術的詳細が記載されていることなどが求められました。

AIアシスタントとは何か:種類と特徴

ここで少し専門的な話になりますが、AIアシスタントの位置づけについて説明しましょう。この論文では、様々なAI技術を整理して、AIアシスタントの特徴を明確にしています。

最も単純なものは、あらかじめプログラムされた質問にしか答えられない「エキスパートシステム」です。これは「もし~ならば~する」という単純な条件分岐で動いており、柔軟性に欠けます。

次に、過去の経験から学習して判断を下せる「分析的バーチャルアシスタント」があります。これは認知的知能を持っていますが、感情を理解することはできません。

さらに進化したのが「人間的バーチャルアシスタント」で、これは認知的知能に加えて感情的知能も持っています。話し手の感情を読み取り、それに応じた反応ができるのです。

そして最も高度なのが「人間化されたバーチャルアシスタント」で、認知的知能、感情的知能、社会的知能の全てを兼ね備えています。ただし、これはまだ開発段階にあります。

現在私たちが使っているアレクサやシリ、グーグルアシスタントは、主に「人間的バーチャルアシスタント」の初期段階にあたります。音声で対話でき、ある程度文脈を理解し、継続的に学習して賢くなっていく能力を持っています。

研究結果:効果と限界

それでは、実際の研究結果を見ていきましょう。10件の研究は、主に日本、台湾、中国、トルコといったアジア圏で行われていました。参加者は小学生から大学生まで幅広く、サンプルサイズは4人という小規模なものから122人という比較的大きなものまで様々でした。

最も古い研究は2016年に行われたもので、わずか4人の英語学習者がアマゾンエコーを使った経験を報告しています。カナダの研究者ムサリとカルドーソが行ったこの小規模な研究では、参加者たちは設定が簡単で楽しく使えると評価しましたが、音声認識に問題があることも指摘しました。

2017年には、英国のアンダーウッドが11人の小学生を対象に、9ヶ月間にわたってアレクサ、シリ、グーグルアシスタントの3種類を使わせる研究を行いました。この研究で興味深かったのは、子どもたちがAIアシスタントとのやり取りを通じて、より意味のある英語の会話ができるようになったことです。面白いのは、AIアシスタントが子どもたちの言葉を理解できなかったときでも、子どもたちは諦めずに言い方を変えて再挑戦したという点です。つまり、失敗そのものが学習の機会になっていたのです。

ただし、AIアシスタントの話すスピードが速すぎて理解しにくいという問題も報告されました。この問題への対処として、画面に文字も表示されるシリやグーグルアシスタントの方が、音声だけのアレクサよりも学習者に好まれる傾向がありました。

2020年には、ディゾンという研究者が37人の日本の大学生を対象に、より本格的な実験を行いました。学生たちを2つのグループに分け、一方にはアレクサを10週間使わせ、もう一方は通常の授業だけを受けてもらいました。結果は興味深いものでした。アレクサを使ったグループは、英語を話す能力が有意に向上しましたが、聞く能力については両グループで差が見られなかったのです。

この「話す力は伸びるが、聞く力はあまり伸びない」という傾向は、他の複数の研究でも確認されました。台湾で50人の大学生を対象に行われた研究でも同様の結果が得られています。なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。研究者たちは、学習者がAIアシスタントとの対話で自分が話すことに集中しすぎて、AIアシスタントの返答を注意深く聞いていないのではないかと推測しています。また、AIアシスタントが話す内容が学習者のレベルに合わせて調整されないため、理解が難しいという問題もあります。

一方で、学習者の反応は概ね好意的でした。多くの学生が、AIアシスタントとの対話を楽しいと感じ、英語学習に役立つと評価しました。特に、人間の教師や他の生徒の前で英語を話すことに不安を感じていた学習者にとって、AIアシスタントは「失敗しても恥ずかしくない相手」として好評でした。

台湾で112人の中学生を対象に行われた研究では、グーグルアシスタントを使うことで、英語でコミュニケーションしようとする意欲(専門用語で「コミュニケーション意欲」と言います)が高まることが確認されました。不安が減り、自信が増したのです。

また、中国で89人の大学生を対象に行われた研究では、教室外でグーグルアシスタントを使った自主学習が、話す流暢さの向上に特に効果的だったことが報告されています。スマートフォンに組み込まれたグーグルアシスタントを使うことで、いつでもどこでも英語の練習ができたのが良かったようです。

直面する課題:技術的な壁

しかし、良いことばかりではありません。研究チームは、AIアシスタント使用における3つの主要な障壁を特定しました。

第一に、コミュニケーションの断絶です。学習者の英語、特に発音が不正確だと、AIアシスタントが理解できません。逆に、AIアシスタントの話すスピードが速すぎたり、使う語彙が難しすぎたりすると、学習者が理解できません。台湾の研究では、英語力の高い学習者の方が、AIアシスタントに理解してもらいやすく、その結果より多くの恩恵を受けていたことが報告されています。つまり、もともと英語が得意な人の方が、AIアシスタントを使いこなせるという、ある意味皮肉な状況があるのです。

第二に、人間らしい対話の欠如です。AIアシスタントの返答は、しばしば機械的で、文脈を考慮していないと感じられました。また、間違いを訂正してくれないため、学習者が自分の英語の誤りに気づく機会が限られていました。トルコでの研究では、グーグルアシスタントがユーモアのある返答をする能力が限られているため、やり取りが単調になってしまうという「ユーモア疲れ」という現象も報告されました。

第三に、技術的な問題です。Wi-Fi接続の不安定さ、インターネット速度の遅さ、音声認識システムのエラーなどが、学習の妨げになることがありました。特に、複数の人が同時に話したり、周囲が騒がしかったりすると、AIアシスタントは混乱してしまいます。

研究方法の評価:強みと弱み

この系統的レビューの強みは、厳密な選別基準を設けて、質の高い研究だけを分析対象にしたことです。PRISMAという国際標準の手法を使うことで、恣意的な選択を避け、透明性の高いレビューを実現しました。

また、教育的効果だけでなく、学習者の認識や態度、実際の使用場面での課題なども幅広く検討している点も評価できます。単に「効果がある」「ない」という二元論ではなく、どのような条件でどのような効果が得られるのか、どのような問題があるのかを丁寧に分析しています。

しかし、限界もあります。最大の問題は、分析対象となった研究が10件しかないことです。これは、この分野の研究がまだ非常に少ないことを示しています。また、ほとんどの研究が小規模で、参加者数が少ないという問題もあります。

さらに、10件の研究のうち6件が混合研究法(質問紙調査とインタビューを組み合わせた方法)を使っており、2件が実験的デザイン、2件が小規模なケーススタディでした。実験的デザインの研究が少ないため、因果関係を断定するのは難しいと言えます。

また、ほとんどの研究が短期間(数週間から数ヶ月)で行われており、長期的な効果については不明です。最初は新鮮で楽しかったAIアシスタントとの対話も、長く使い続けるうちに飽きてしまうかもしれません。

地理的な偏りも気になります。10件の研究のうち7件がアジア圏(特に日本、台湾、中国)で行われており、他の地域での効果は検証されていません。文化的背景や教育システムの違いが、AIアシスタントの効果にどう影響するかは、今後の研究課題です。

研究者の提言:これから必要なこと

研究チームは、今後の研究に向けていくつかの提言をしています。

まず、AIアシスタントの応答データベースを改善する必要があります。現在のAIアシスタントは、日常会話には対応できても、言語学習に特化した機能は限られています。例えば、学習者の発音の誤りを指摘したり、文法的な間違いを訂正したりする機能があれば、より効果的な学習ツールになるでしょう。

次に、学習者の個人差を考慮した研究が必要です。英語力のレベル、年齢、学習スタイル、性格などによって、AIアシスタントの効果は異なる可能性があります。どのような学習者にとって最も効果的なのかを明らかにする必要があります。

また、学習理論に基づいた研究も求められています。なぜAIアシスタントが学習に効果があるのか(あるいはないのか)を、心理学や教育学の理論を使って説明することで、より深い理解が得られるでしょう。

長期的な追跡調査も必要です。数ヶ月、あるいは数年にわたってAIアシスタントを使い続けた場合、どのような効果があるのか、あるいは効果が持続するのかを調べる必要があります。

最後に、拡張現実(AR)技術との組み合わせも期待されています。音声だけでなく、立体的な映像で表示される「ホログラフィックAI」が登場すれば、より自然で効果的な学習体験が可能になるかもしれません。

実践への示唆:教師と学習者へのメッセージ

では、この研究結果は、実際に英語を教えている先生や、英語を学んでいる人にとって、どのような意味を持つのでしょうか。

教師にとっては、AIアシスタントを授業に取り入れる際の参考になります。話す練習の機会を増やすツールとしては有効ですが、聞く力を伸ばすには別の方法も組み合わせる必要があることがわかります。また、英語力が低い学習者には、より丁寧なサポートが必要かもしれません。

AIアシスタントは、人間の教師の代わりにはなりません。むしろ、教師が全ての生徒に個別に対応する時間的余裕がない中で、追加の練習機会を提供する補助的なツールとして位置づけるべきでしょう。

学習者にとっては、AIアシスタントを使うことで、失敗を恐れずに英語を話す練習ができるという点が魅力です。特に、人前で話すことに不安を感じる人にとっては、良い練習相手になるでしょう。ただし、AIアシスタントの言うことを鵜呑みにせず、間違いがあるかもしれないと意識しながら使うことが大切です。

また、画面表示のあるタイプ(スマートフォンのシリやグーグルアシスタント)の方が、音声だけのタイプ(アマゾンエコー)よりも学習には適しているようです。音声で聞くと同時に、文字でも確認できることが、理解を助けるのでしょう。

私たちの考察:技術と人間の関係

この論文を読んで感じるのは、技術の進歩と教育現場の現実との間にある微妙なギャップです。AIアシスタントは確かに便利で、可能性に満ちていますが、それだけで英語が上達するわけではありません。

人間同士のコミュニケーションには、言葉だけでなく、表情、身振り、間の取り方、文脈の理解など、多くの要素が含まれています。AIアシスタントは、これらの要素を完全には再現できません。機械的な応答に飽きてしまったり、深い会話ができなかったりという限界があります。

また、言語学習には、間違いを訂正してもらい、それを理解して修正するというプロセスが不可欠です。現在のAIアシスタントには、この「教える」機能が十分に備わっていません。

しかし、だからといってAIアシスタントが無価値だということではありません。むしろ、その限界を理解した上で、適切に使うことが大切なのです。例えば、基本的な発音練習や、簡単な会話の練習には有効でしょう。また、英語を話す機会が限られている環境では、貴重な練習相手になります。

技術は道具であり、それをどう使うかは人間次第です。AIアシスタントを過信せず、かといって否定もせず、賢く活用することが求められています。

結び:始まったばかりの物語

この論文が示しているのは、AIアシスタントを使った英語学習の研究が、まだ始まったばかりだということです。わずか10件の研究しかないという事実は、この分野がいかに新しいかを物語っています。

今後、技術の進歩に伴って、AIアシスタントの性能は向上していくでしょう。より自然な会話ができ、学習者のレベルに合わせて応答を調整し、間違いを指摘する機能も加わっていくかもしれません。拡張現実技術と組み合わせることで、まるで目の前に英語を話す人がいるかのような体験も可能になるでしょう。

しかし、どれほど技術が進歩しても、言語は人と人とのコミュニケーションの道具であることに変わりはありません。AIアシスタントは、その練習を手伝ってくれる便利な助手ではあっても、本物の人間との交流に取って代わることはできません。

この論文は、新しい技術の可能性と限界を冷静に見極めようとする、バランスの取れた研究です。過度な期待も、不必要な懸念も避け、実証的なデータに基づいて議論を進めています。こうした姿勢こそが、技術と教育の健全な関係を築いていく上で大切なのではないでしょうか。

教室でAIアシスタントに話しかける生徒たちの声は、これからの言語教育の新しい風景の一部になっていくでしょう。その風景がどのようなものになるかは、研究者、教師、学習者、そして技術開発者の協力にかかっています。この論文は、その協力の第一歩を示す、価値ある貢献だと言えるでしょう。


Katsarou, E., Wild, F., Sougari, A.-M., & Chatzipanagiotou, P. (2023). A systematic review of voice-based intelligent virtual agents in EFL education. International Journal of Emerging Technologies in Learning, 18(10), 65–85. https://doi.org/10.3991/ijet.v18i10.37723

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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