研究の背景―なぜいま、この問いが重要なのか

教室で英語を学ぶ学生の姿を思い浮かべてみてください。ある学生は発音に自信が持てず、クラスメイトの前で声を出すことに強い不安を感じています。別の学生は、授業で学んだ英語を実際に使う機会がほとんどなく、学習意欲を失いかけています。こうした課題は、世界中の英語学習者が直面している現実です。

Helen Cromptonらによる本研究”AI and English language teaching: Affordances and challenges”は、このような英語教育の課題に対して、AI(人工知能)がどのような役割を果たしうるのかを包括的に検証したものです。Cromptonは米国Old Dominion大学のSTEM教育および専門教育の研究者で、教育工学分野で数多くの業績を持つ人物です。共著者のAdam EdmettとNeenaz IchaporiaはBritish Council(英国文化振興会)に所属しており、Diane BurkeもCromptonとともにOld Dominion大学で研究を行っています。British Councilからの資金提供を受けたこの研究は、英語教育の国際的な重要性を背景に、AIという新しい技術が教育現場にもたらす変化を理解しようとする試みといえます。

従来研究の限界―何が見落とされてきたのか

この研究が取り組んだのは、従来のレビュー研究が抱えていたいくつかの問題です。たとえば、ある研究は特定のAI技術(チャットボットなど)だけに焦点を当て、他の研究はK-12(幼稚園から高校まで)や高等教育のいずれかだけを対象としていました。また、多くの先行研究は、研究者が事前に設定した枠組みに基づいて文献を分析していたため、データから自然に浮かび上がってくるパターンを見逃していた可能性があります。

これは、料理にたとえれば、レシピを完璧に再現することにこだわるあまり、手元にある材料の組み合わせで生まれる新しい味の可能性を試さないようなものです。Cromptonらは、このような制約を取り払い、より開かれた視点で現状を把握しようとしました。

研究手法―データから語らせるアプローチ

本研究の最大の特徴は、グラウンデッド・コーディングという質的分析手法を採用した点にあります。これは、研究者が予め決めた理論や枠組みを当てはめるのではなく、データそのものから意味やパターンを見出していく方法です。具体的には、42本の学術論文を丁寧に読み込み、AIがどのように使われているか、どんな効果があったか、どんな問題が生じたかを記録していきました。

2人の研究者が独立して分析を行い、97%の一致率を達成した後、残りの相違点について議論を重ね、最終的に100%の合意に達しました。この厳密なプロセスは、研究の信頼性を高める重要な要素です。

研究対象となったのは、2014年から2023年までの査読付き学術誌に掲載された論文です。この期間設定は、AIが教育分野で本格的に注目され始めた時期を網羅しています。特に、2022年末のChatGPT登場以降の急速な変化も含まれており、タイムリーな分析となっています。

地理的な偏り―研究の中心はアジア

分析の結果、最も印象的だったのは、研究の地理的な偏りです。42本の論文のうち、実に72%がアジアで実施されたものでした。中でも中国が8件、台湾が7件、日本が4件と上位を占めています。これは、AI研究全般においてアジア、特に中国が近年大きな存在感を示していることと軌を一にしています。

この傾向は、英語を母語としない地域で英語教育の需要が高いという事実を反映していると考えられます。アジアの多くの国では、英語は国際的なビジネスや学術交流に不可欠であり、その習得は個人のキャリアにも大きく影響します。したがって、英語教育の改善に対する関心が高く、新しい技術への投資も積極的に行われているのでしょう。

一方で、この偏りは研究の一般化可能性に疑問を投げかけます。異なる文化的背景や教育システムを持つ地域では、AIの活用方法や効果が異なる可能性があります。著者らも、より多様な地理的背景での研究が必要だと指摘しています。

時系列の変化―2017年以降の急増

研究数の推移を見ると、2014年から2018年まではわずか4本だったのが、2019年以降に急増し、2022年には12本に達しています。この急増の背景には、複数の要因が考えられます。

まず、AI技術そのものの進化です。2018年にはGoogle AI Experimentsのような一般ユーザーでも扱える簡単なAIツールが登場し、教育現場での実験がしやすくなりました。また、2022年末のChatGPTの登場は、一般の人々にもAIの可能性を強く印象づけました。

さらに、2018年にInternational Society for Technology in Education(ISTE)が教師向けのAI活用コースを開始したことも、教育者のAIへの関心を高める要因となったでしょう。研究者だけでなく、実践者もAIに注目するようになり、それが研究の増加につながったと考えられます。

学習者レベルの偏り―高等教育への集中

学習者のレベル別に見ると、65%の研究が高等教育(大学など)を対象としていました。これに対して、K-12(小学校から高校まで)の研究は少なく、成人学習者を対象とした研究はさらに限られていました。

この偏りには、いくつかの理由が考えられます。一つは、研究のしやすさです。大学の教員が研究を行う場合、自分が教えている学生を参加者とすることができ、倫理審査も比較的容易です。一方、K-12の場合は、保護者の同意が必要であり、より厳格な倫理審査が求められます。

もう一つの理由は、AIツールの年齢制限です。たとえば、OpenAIは当初、自社製品の使用を18歳以上に限定していました。ChatGPTのリリース時に13歳以上(保護者の同意付き)に引き下げられましたが、それ以前はK-12での研究が困難だったのです。

しかし、英語教育は幼少期から始まることが多く、K-12や成人学習の場面での研究が不足していることは、大きな課題です。著者らも、この点を重要な研究ギャップとして指摘しています。

AIの活用方法―5つの主要領域

研究から浮かび上がってきたのは、AIが5つの主要な領域で活用されているという事実です。

スピーキング―発音と会話の練習台として

スピーキング領域では、AIが主に発音の練習と会話の相手として使われていました。たとえば、Liu and Hung(2016年)の研究では、台湾の学生がAIシステムを使って発音を練習したところ、ピッチやイントネーションのパターンが改善されました。視覚的なスペクトログラムの表示が、学習者の理解を助けたようです。

また、Dizon and Tang(2020年)は、学生がAmazon Alexaと会話する研究を行いました。学生たちは、Alexaが使いやすく、意味のある対話を促し、語彙習得を支援し、全体的に楽しい学習体験を提供したと報告しています。

ここで注目すべきは、会話には通常、話すことと聞くことの両方が含まれるにもかかわらず、リスニングスキルに焦点を当てた研究がほとんど見られなかった点です。これは、研究者がAIの自然言語処理能力を主にアウトプット(話すこと)の支援に活用していることを示唆しています。

ライティング―文法チェックと語彙拡張

ライティング領域では、文法チェッカーやライティングアシスタントの使用が目立ちました。特にGrammarlyという商用ツールを使った研究が複数ありました。Dizon and Gayed(2021年)は、高等教育の英語学習者がGrammarlyを使うことで、文法エラーが減少し、語彙の多様性が増加したことを報告しています。

興味深いのは、Google Translateなどの翻訳ツールの使用です。一見すると、翻訳ツールは学習の「近道」であり、本来の言語習得を妨げるように思えます。しかし、Chonら(2021年)の研究では、韓国の大学生がGoogle Translateを使うことで、より複雑な単語(3音節以上)を多く使えるようになり、語彙の選択肢を広げることができたという結果が得られました。

これは、翻訳ツールを単なる「答え」として使うのではなく、語彙学習の「資源」として活用できる可能性を示しています。ただし、ツールに頼らない独立した能力が身につくかどうかは、さらなる研究が必要でしょう。

リーディング―ゲームを通じた語彙学習

リーディング領域の研究は、スピーキングやライティングと比べて少数でした。その中で興味深いのは、ゲームを活用した研究です。Zhengら(2015年)は、日本の学生がWorld of Warcraftというオンラインゲームで英語を使いながら、語彙を学習する過程を観察しました。

ゲーム内では、「looting(略奪)」という単語がアクションとともに現れ、他のプレイヤーがチャットでその意味を説明することで、学習者は文脈の中で語彙を習得していきました。これは、教科書や教室では提供しにくい、生きた言語使用の場面をゲームが提供できることを示しています。

AIはゲーム内のNPC(プレイヤーでないキャラクター)や、環境の動的な変化を生み出すことで、学習体験を豊かにしています。ただし、ゲームベースの学習が教育現場でどれだけ実用的かは、さらなる検討が必要でしょう。

教育方法―個別化と文脈化

教育方法(ペダゴジー)に焦点を当てた研究では、AIがより個別化された学習体験を提供する可能性が示されました。たとえば、Kim(2022年)は、韓国の学生がTOEIC試験の準備をする際に、AIシステム「Soljam」を使用しました。このシステムは、診断テストの結果に基づいて、各学生のレベルに合わせた講義、説明、練習問題を提供しました。

また、Leeら(2023年)は、「学習者生成コンテクスト(LGC)」というアプローチを研究しました。これは、学習者の行動や選択からデータを収集し、そのデータに基づいて学習者の好みに合わせたコンテンツを提供する方法です。この研究では、LGCアプローチが学習者の自律的な学習体験を促進することが示されました。

しかし、著者らが指摘するように、講義や説明といった従来型の教育方法が依然として多く使われていることも事実です。AI技術の進化に見合った、より革新的な教育方法の探求が求められます。

自己調整―不安の軽減と目標設定の支援

自己調整に関する研究は、AIが学習者の感情面や動機づけにどのような影響を与えるかに焦点を当てています。特に注目されるのは、不安の軽減です。英語学習者の多くは、クラスメイトの前で話すことや、間違いを犯すことに強い不安を感じます。

Chenら(2022年)は、台湾の小学5年生を対象に、AI音声認識技術を使ってスピーキングスキルと学習不安の関係を調べました。その結果、AIを使うことで、スピーキングスキルが向上するとともに、不安が軽減されることが分かりました。

AIとの対話には、人間との対話とは異なる特性があります。AIは疲れることなく、何度でも付き合ってくれます。また、学習者の間違いを「笑う」こともありません。この特性が、学習者に心理的な安全性を提供し、練習の機会を増やすことにつながっているのでしょう。

また、Hewら(2023年)は、チャットボットが学習目標の設定と社会的存在感の支援に役立つことを示しました。オンライン学習では孤立感や学習意欲の低下が課題となりますが、チャットボットが学習目標を明確にし、学習戦略への気づきを促すことで、これらの課題を軽減できる可能性があります。

浮かび上がる課題―技術的問題から倫理的懸念まで

研究から明らかになった課題は、技術的なものから倫理的なものまで多岐にわたります。ただし、著者らが指摘するように、67%の研究が課題について報告していないという事実は、肯定的な結果のみが報告される「出版バイアス」の存在を示唆しています。

技術的故障―接続の問題と誤った回答

最も基本的な課題は、技術的な故障です。接続の問題、プログラムの不具合、AIが誤った回答を提供するといった問題が報告されています。これらは、どんな技術にも付きまとう問題ですが、教育現場では特に深刻です。

たとえば、授業時間が限られている中で、システムが動かなくなれば、貴重な学習時間が失われます。また、AIが誤った情報を提供した場合、学習者がそれを正しいものとして覚えてしまう危険性があります。

能力の限界―不自然な対話と発展への期待

Thompsonら(2018年)やEricssonら(2023年)の研究では、学生がチャットボットや仮想人間との対話を「不自然」だと感じ、興味を失ったという報告があります。同時に、学生たちはAIのさらなる改善を求めていました。

これは、AIに対する期待の高さを示すとともに、現在の技術がまだその期待に応えきれていないことを示しています。まるで、自動運転車が登場した当初、多くの人が「完全な自動運転」を期待したものの、現実には限定的な状況でしか機能しなかったような状況に似ています。

恐れ―個人情報と未知の技術への不安

学習者の中には、AIに個人情報を提供することへの不安を抱く人もいました。データがどのように保存され、誰がアクセスできるのかが不明確な場合、信頼を築くことは困難です。また、AIがどのように機能しているのかが分からないことへの恐れ、そして人間らしい感情や自然な環境を失うことへの懸念も報告されています。

これらの恐れは、単なる杞憂ではありません。実際、多くのAIシステムがどのように判断を下しているのかは、開発者にさえ完全には理解できない「ブラックボックス」となっています。教育において透明性と信頼は不可欠であり、この問題への対処が求められます。

言語の標準化―多様性の抑圧という深刻な問題

おそらく最も深刻な課題は、AIが言語の標準化を促進する可能性です。Rowe(2022年)の研究は、この問題を鮮明に描き出しています。

米国の小学2年生のクラスで、24人の学生のうち17人が英語を母語としていませんでした。ある学生は家族とタガログ語を話していましたが、Google Translateではタガログ語が「フィリピン語」としてしか表示されませんでした。つまり、AIシステムが自分の言語の名前さえも決めてしまうのです。

これは、技術が中立的ではないことを示す典型的な例です。AIシステムは、開発者の選択や偏見を反映します。そして、多くのAIシステムが主要な言語や標準的な使用法を優先するように設計されている場合、少数派の言語や方言は周辺化されてしまいます。

英語教育においても、どのアクセント(英国英語、米国英語、オーストラリア英語など)を「正しい」とするのか、誰がそれを決めるのかという問題があります。AIが特定のアクセントや表現を優遇すれば、言語の多様性が失われる危険性があります。

実践への示唆―教育者は何をすべきか

これらの発見は、教育実践にいくつかの重要な示唆を与えます。

まず、英語教師はAIリテラシーを身につける必要があります。これは、単にツールの使い方を学ぶだけでなく、AIの仕組み、長所と短所、倫理的な問題について理解することを意味します。教師養成課程や現職教員研修において、このようなトレーニングを組み込むことが急務でしょう。

次に、AIツールを選択する際には、言語の多様性を尊重しているかどうかを確認することが重要です。特定のアクセントや表現のみを「正しい」とするツールは避け、世界英語(World Englishes)の視点を取り入れたツールを選ぶべきです。

また、AIを不安軽減のツールとして活用することは有益ですが、それが実際の人間との会話能力の育成につながるかどうかを検証する必要があります。AIとの練習で自信をつけた学生が、実際の会話場面でも同じように話せるかどうかは、別の問題です。

さらに、データプライバシーと倫理的な使用についての明確なガイドラインを設けることが不可欠です。学生のデータがどのように使用され、保護されるのかを透明にし、適切な同意を得るプロセスを確立する必要があります。

研究の限界―何が語られていないのか

著者ら自身も認めているように、この研究にはいくつかの限界があります。

まず、英語で出版された論文のみを対象としているため、他の言語で発表された重要な研究が見落とされている可能性があります。特に、研究の多くがアジアで行われていることを考えると、中国語や日本語で発表された研究も多いはずです。

また、出版バイアスの問題も深刻です。肯定的な結果を示した研究は出版されやすく、否定的な結果や課題を報告した研究は出版されにくい傾向があります。そのため、AIの課題や限界について、私たちが知っているのは氷山の一角かもしれません。

さらに、リスニングスキルやリーディングのサブスキルなど、研究が不足している領域があります。また、K-12や成人学習者を対象とした研究も少なく、発見の一般化可能性には疑問が残ります。

今後の研究課題―埋めるべきギャップ

著者らは、今後の研究が取り組むべきいくつかの重要な課題を指摘しています。

地理的な多様性の確保は喫緊の課題です。アジア以外の地域、特に米国や英国のような英語圏での研究を増やすことで、異なる文化的・教育的文脈におけるAIの効果を理解できるでしょう。

K-12と成人学習者を対象とした研究の増加も必要です。特に、若年層におけるAI使用の長期的な影響や、成人学習者の特有のニーズにAIがどう応えられるかは、重要な研究テーマです。

また、AIの課題についてより詳細に報告する文化を育てることも重要です。失敗や問題から学ぶことは、成功事例から学ぶのと同じくらい価値があります。学術誌も、否定的な結果を報告する研究を積極的に受け入れる姿勢を示すべきでしょう。

さらに、ChatGPTなどの大規模言語モデルが英語教育にどのように活用できるかについての研究も期待されます。本研究の対象期間にはChatGPTの登場が含まれていますが、その影響が完全に反映されるのは2024年以降の研究になるでしょう。

批判的考察―見落とされている視点

この研究は包括的で厳密なレビューですが、いくつかの視点が十分に掘り下げられていないように思われます。

一つは、社会経済的な格差の問題です。AIツールの多くは有料であり、インターネット接続や適切なデバイスも必要です。これらのリソースにアクセスできない学習者は、AIの恩恵を受けられません。つまり、AIは教育の機会を拡大する一方で、新たな形のデジタルデバイドを生み出す可能性があります。

もう一つは、教師の役割の変化です。AIが多くの教育機能を担うようになると、教師の役割はどう変わるのでしょうか。単なる知識の伝達者から、学習のファシリテーターや批判的思考の育成者へと変化するのかもしれません。しかし、この移行には、教師の再教育や職業的アイデンティティの再定義が必要となります。

また、AIへの過度の依存が学習者の自律性を損なう可能性についても、より深い議論が必要です。翻訳ツールや文法チェッカーに頼りすぎることで、学習者が自ら考え、試行錯誤する機会を失うかもしれません。これは、計算機の普及が暗算能力を低下させたように、新しい形の「認知的外部化」を引き起こす可能性があります。

方法論の強みと弱み

本研究の方法論的な強みは、グラウンデッド・コーディングという帰納的アプローチを採用した点にあります。これにより、予め設定された枠組みに縛られることなく、データから自然に浮かび上がるパターンを捉えることができました。また、2人の研究者による独立した分析と高い一致率は、コーディングの信頼性を保証しています。

一方で、質的分析には避けられない主観性があります。どのテキストを「重要」と見なすか、どのようにカテゴリー化するかには、研究者の判断が介入します。また、グラウンデッド・コーディングは、データに「語らせる」ことを重視しますが、研究者の既存の知識や経験が完全に排除されるわけではありません。

さらに、本研究は既存の文献のレビューであり、元の研究の質に依存しています。元の研究に方法論的な問題があれば、それがレビューにも反映されます。また、出版された研究のみを対象としているため、実践現場で行われているが論文化されていない取り組みは含まれていません。

この研究の意義―なぜ重要なのか

それでも、この研究は英語教育とAIの交差点における現状を理解するための重要な貢献をしています。

第一に、包括的な視野を提供しています。すべての学習者レベル、すべてのAIタイプを対象とすることで、部分的なレビューでは見えてこなかった全体像が浮かび上がりました。

第二に、実践者にとって有用な知見を提供しています。どのような場面でAIがうまく機能し、どこに問題があるのかを知ることで、教育者はより効果的にAIを活用できます。

第三に、今後の研究の方向性を示しています。研究のギャップを明確にすることで、次世代の研究者が取り組むべき課題を提示しています。

第四に、倫理的な問題に光を当てています。言語の標準化やデータプライバシーといった課題は、技術的な解決だけでなく、社会的・倫理的な議論を必要とします。

教育の本質を問い直す

最後に、この研究が投げかける根本的な問いについて考えてみたいと思います。それは、「教育とは何か」という問いです。

AIが文法をチェックし、発音を矯正し、語彙を提案できるならば、教師の役割は何でしょうか。AIが個別化された学習体験を提供できるならば、一斉授業の意味は何でしょうか。AIが学習者の不安を軽減できるならば、人間との対話の価値は何でしょうか。

これらの問いに対する答えは単純ではありません。しかし、一つ確かなことは、教育が単なる知識やスキルの伝達以上のものであるということです。教育は、人間関係の構築、批判的思考の育成、創造性の涵養、そして社会的・文化的アイデンティティの形成を含みます。

AIは、これらのプロセスを支援する強力なツールになりえます。しかし、それらを代替することはできません。教師と学生の間の信頼関係、学生同士の協働、失敗から学ぶ経験、予期しない発見の喜び—これらは、人間的な教育の核心であり続けるでしょう。

したがって、問うべきは「AIは教育を改善できるか」ではなく、「私たちはAIをどのように使って、より人間的な教育を実現できるか」なのかもしれません。Cromptonらの研究は、この対話を始めるための貴重な出発点を提供しています。

英語教育におけるAIの活用は、まだ始まったばかりです。技術は日々進化し、新しい可能性と課題が次々と現れています。この変化の渦中にあって、私たちに必要なのは、盲目的な楽観でも悲観でもなく、批判的で思慮深い関与です。本研究は、そのような姿勢を育むための、重要な知的資源となるでしょう。


Crompton, H., Edmett, A., Ichaporia, N., & Burke, D. (2024). AI and English language teaching: Affordances and challenges. British Journal of Educational Technology, 55(6), 2503–2529. https://doi.org/10.1111/bjet.13460

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

📖新刊情報|英語教育学海外論文解説: 海外の研究をサクッと解説』が刊行されました!
海外の上位ランクの学術雑誌に掲載された論文の中から、毎月のテーマに合わせて論文を厳選、そのポイントや限界などをわかりやすく解説。最新の研究をサクッと学べる英語教育学の論文解説書です。
▶創刊号:「AIは英語学習を加速するのか」アマゾンで見る ▶第2号:「英語教育と評価を考える」アマゾンで見る ▶第3号:「英語教育における語彙指導」アマゾンで見る

X
Amazon プライム対象