人工知能(AI)技術が急速に発展し、私たちの日常生活に浸透しつつある今日、AIに対する人々の態度や受容性を理解することは極めて重要です。この研究は、AIに対する人々の明示的(意識的)な態度と潜在的(無意識的)な態度を比較検討し、両者の間に大きな乖離があることを明らかにしました。

著者のValentina Fietta氏らは、イタリアのパドヴァ大学とトリノ大学の研究者たちです。彼らは心理学と情報科学の知見を組み合わせ、AIに対する人々の複雑な認知プロセスの解明に取り組みました。この研究は、AIの社会実装が進む中で、人々のAIに対する態度をより深く理解する必要性から生まれたものです。

研究手法

研究チームは、Amazon Mechanical Turkを使って829人の参加者を募り、以下の2つの方法でデータを収集しました:

1. 潜在的連合テスト(IAT): 参加者のAIに対する潜在的態度を測定
2. 自己報告式質問票: 参加者のAIに対する明示的態度を測定

IATは、人々の無意識的な連想や態度を測定する心理学的手法です。参加者は、AIや人間に関連する画像と、ポジティブまたはネガティブな意味を持つ単語を、できるだけ早く正確に分類するよう求められます。反応時間の差から、AIに対する潜在的な選好や態度が推測されます。

一方、自己報告式質問票では、AIに対する意見や、経済、社会、生活の質に対するAIの影響についての認識を、5段階のリッカート尺度で回答してもらいました。

主な発見

1. 明示的態度と潜在的態度の乖離

研究の最も重要な発見は、AIに対する明示的態度と潜在的態度の間に大きな乖離があることです。参加者の70.45%が質問票でAIに対して肯定的な態度を示したのに対し、IATでは77.10%が潜在的にネガティブな態度を示しました。つまり、多くの人々が意識的にはAIに対して好意的であると答えながら、無意識のレベルではAIに対してネガティブな態度を持っているのです。

2. 人口統計学的要因の影響

研究チームは、年齢、性別、教育レベル、AI分野での就業経験などの要因が、AIに対する態度にどのように影響するかも分析しました。その結果:

– 女性は男性よりもAIに対してネガティブな態度を示す傾向がある
– 年齢が高いほど、AIに対してネガティブな態度を示す傾向がある
– AI分野で働いている人は、そうでない人よりもAIに対して肯定的な態度を示す

3. 態度の乖離の大きさ

研究チームは、明示的態度と潜在的態度の乖離の大きさ(IED: Implicit-Explicit Discrepancy)も分析しました。その結果:

– 男性は女性よりも大きなIEDを示す傾向がある
– 年齢が高いほど、IEDが大きくなる傾向がある
– 教育レベルが低いほど、IEDが大きくなる傾向がある
– AI分野で働いている人は、そうでない人よりも大きなIEDを示す

考察

著者らは、AIに対する態度の乖離について、いくつかの可能性を指摘しています:

1. 人間の脳は「異質なもの」に対して自動的に警戒心を抱く傾向がある。AIは人間とは異なる存在であるため、無意識のレベルでネガティブな反応が生じやすい。

2. 社会的望ましさバイアスにより、人々は意識的にはAIに対して肯定的な態度を表明しようとする。しかし、IATのような潜在的測定では、そうしたバイアスの影響を受けにくい。

3. AIに関する肯定的な情報と否定的な情報の両方に触れることで、人々の中に矛盾した態度が形成されている可能性がある。

このような態度の乖離は、AIの社会実装に際して重要な意味を持ちます。例えば、自動運転車の導入に対して、人々は表面的には肯定的な態度を示すかもしれませんが、潜在的なレベルでの抵抗感が、実際の受容や利用を妨げる可能性があります。

研究の意義と今後の展望

この研究は、AIに対する人々の態度をより包括的に理解する上で重要な貢献をしています。明示的態度と潜在的態度の両方を考慮することで、AIの社会実装に伴う課題をより正確に予測し、対策を立てることができるでしょう。

著者らは、今後の研究の方向性として以下の点を挙げています:

1. 様々なAI技術や応用分野ごとの態度の違いを調査する
2. AIの外観や機能が態度に与える影響を検討する
3. AIに対する態度の文化差を探る

また、AIに対する信頼を高めるための方策として、以下のようなアプローチを提案しています:

1. AIの肯定的な応用事例(例: 医療分野でのAI活用)をより広く紹介する
2. AIとの直接的な相互作用の機会を増やし、親密さを高める
3. AIリテラシー教育を通じて、AIに対する理解を深める

まとめ

AIに対する人々の態度は、意識と無意識のレベルで大きく異なる可能性があります。この研究は、AIの社会実装を進める上で、表面的な意見だけでなく、潜在的な態度にも注意を払う必要性を示唆しています。AIに対する信頼を醸成し、社会的受容を高めていくためには、この二面性を理解し、適切に対応していくことが求められるでしょう。

ただし、著者らも指摘しているように、AIに対する信頼を無条件に高めることが望ましいかどうかは、慎重に検討する必要があります。AIの適切な利用と潜在的なリスクのバランスを取りながら、社会全体でAIとの関わり方を模索していくことが重要です。


Fietta, V., Zecchinato, F., Di Stasi, B., Polato, M., & Monaro, M. (2024). Dissociation between users’ explicit and implicit attitudes towards artificial intelligence: An experimental study. IEEE Transactions on Human-Machine Systems. https://doi.org/10.1109/THMS.2021.3125280

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。