人工知能(AI)技術の急速な発展は、様々な分野に大きな影響を与えていますが、特に高等教育の分野では大きな変化をもたらしつつあります。本論文”Prompting Higher Education Towards AI-Augmented Teaching and Learning Practice”(AIによる教育・学習実践の強化に向けた高等教育の促進)」は、この変化の最前線にある問題を扱っています。

著者のBronwyn EagerとRyan Bruntonは、オーストラリアのタスマニア大学に所属する研究者です。彼らは高等教育におけるAI活用、特に大規模言語モデル(LLM)や会話型AIの利用に焦点を当てています。この論文は、Journal of University Teaching & Learning Practiceに2023年に掲載されました。

AIがもたらす教育の変化

著者らは、ChatGPTのような最新のAIツールが高等教育に与える影響について論じています。これらのツールは、盗用検出の問題を引き起こす一方で、教育者が学習環境を向上させるためのチャンスも提供しています。

論文では、AIを活用した教育実践の可能性と課題を探るとともに、AIモデルから質の高い出力を得るための指示文(プロンプト)の書き方についてアドバイスを提供しています。さらに、AIを活用した評価設計の事例研究も紹介されています。

プロンプトエンジニアリングの重要性

著者らは、AIツールを効果的に活用するためには「プロンプトエンジニアリング」というスキルが重要だと指摘しています。これは、AIモデルに適切な指示を与えるための技術です。

論文では、効果的なプロンプトの要素として以下の点が挙げられています:

1. 明確な目標設定
2. 内容の種類とフォーマットの決定
3. 初期プロンプトの作成
4. テストとプロトタイピング
5. 出力の評価
6. 反復的な改善

著者らは、これらの要素を組み合わせることで、教育目標に沿った質の高いAI生成コンテンツを作成できると主張しています。

AIを活用した評価設計

論文の後半では、AIを活用した評価設計の事例研究が紹介されています。この事例では、タスマニア大学の学習設計チームが、教員グループと協力してAIを活用した評価redesignのワークショップを実施しました。

ワークショップでは、ChatGPTを使用して、以下のような段階的なプロセスを踏んで評価設計を行いました:

1. AIモデルに単位のカリキュラムと評価設計の枠組みを学習させる
2. 真正な評価に関する発散的思考を支援する
3. 評価課題の選択と作成を導く収束的思考を促進する

このプロセスにより、通常は時間のかかる評価設計作業を大幅に効率化することができました。

AIがもたらす教育の変化への対応

著者らは、AIがもたらす教育の変化に対応するため、以下のような提案をしています:

1. AIツールへの理解を深める
2. 明確な学習目標を設定する
3. AI生成コンテンツを段階的に導入する
4. 教育者と学生への支援とガイダンスを強化する

これらの提案は、AIを教育に統合する際の課題に対処するための指針となります。

論文の意義と課題

本論文の意義は、AIがもたらす教育の変化を前向きに捉え、その可能性を探求している点にあります。著者らは、AIを単なる脅威としてではなく、教育の質を向上させるツールとして捉えています。

特に、プロンプトエンジニアリングの重要性を指摘し、具体的な事例を交えて説明している点は有益です。これは、教育者がAIツールを効果的に活用するための実践的なガイドとなるでしょう。

一方で、本論文にはいくつかの課題も見られます:

1. AIの利用に関する倫理的な問題についての議論が不足しています。
2. AIの限界や潜在的なリスクについての言及が少ないです。
3. 提案されているアプローチの長期的な効果については検証が必要です。

これらの点については、今後さらなる研究が必要でしょう。

おわりに

本論文は、AIがもたらす教育の変化に対して、高等教育機関がどのように対応すべきかについての重要な示唆を提供しています。著者らは、AIを恐れるのではなく、その可能性を積極的に探求し、教育の質を向上させるツールとして活用することを提案しています。

プロンプトエンジニアリングの重要性を指摘し、具体的な事例を交えて説明している点は、特に有益です。これは、教育者がAIツールを効果的に活用するための実践的なガイドとなるでしょう。

一方で、AIの利用に関する倫理的な問題や潜在的なリスクについての議論が不足している点は、今後の研究課題として残されています。

AIがもたらす教育の変化は、まだ始まったばかりです。本論文は、この変化の最前線にある問題を扱い、高等教育機関がAIと共存しながら発展していくための方向性を示しています。今後、さらなる研究と実践を通じて、AIを活用した教育のあり方がより明確になっていくことが期待されます。


Eager, B., & Brunton, R. (2023). Prompting Higher Education Towards AI-Augmented Teaching and Learning Practice. Journal of University Teaching & Learning Practice, 20(5), Article 02. https://doi.org/10.53761/1.20.5.02

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。