人工知能(AI)技術の急速な発展は、教育分野にも大きな変革をもたらしています。特に、英語を外国語として学ぶ(EFL)学習者にとって、ライティングは常に大きな課題でした。この文脈の中で、Xin Zhao氏による論文”Leveraging Artificial Intelligence (AI) Technology for English Writing: Introducing Wordtune as a Digital Writing Assistant for EFL Writers”は、AIを活用した新しい筆記支援ツール「Wordtune」に焦点を当て、その可能性と課題を探っています。

著者のXin Zhao氏は、イギリスのシェフィールド大学情報学部に所属する研究者です。Zhao氏の研究は、テクノロジーと言語教育の接点に位置し、特にAI技術のEFL教育への応用に注目しています。この論文は、RELC Journalの2023年9月号に掲載されました。RELC Journalは、言語教育の分野で高い評価を受ける査読付き学術誌です。

Wordtuneの概要:AIが支える新しい筆記支援

Wordtuneは、AI技術を駆使した新しいタイプの筆記支援ツールです。従来の多くの筆記支援ツールが、文法チェックや類似度レポートなど、主に校正や編集段階に焦点を当てていたのに対し、Wordtuneは執筆プロセス自体をサポートする点が特徴的です。

具体的には、Wordtuneは次のような機能を提供します。

1. テキストの書き換え提案
2. カジュアルや公式など、異なる文体への変換
3. 文章の短縮や拡張
4. 多言語からの英語への翻訳

これらの機能は、自然言語処理(NLP)と機械学習技術に支えられています。大規模な文章データセットを学習することで、ユーザーの意図を理解し、適切な表現方法を提案することができるのです。

EFL学習者にとってのWordtuneの意義

Zhao氏は、Wordtuneが特にEFL学習者にとって有益であると主張しています。その理由として、以下の点が挙げられています。

1. リアルタイムでの書き換え提案により、思考と執筆のプロセスをスムーズに結びつけることができる
2. 自分の文章と提案された書き換えを比較することで、言語習得に必要な「気づき」を促進する
3. 翻訳機能により、初級者でも英語での執筆を継続できる
4. 中級者や上級者にとっては、より洗練された表現を学ぶ機会となる
5. 自己主導型学習を促進する

これらの特徴は、Schmidt (1990)の「気づき仮説」やSommers (1980)の修正プロセスに関する研究など、第二言語習得理論の知見とも整合性があります。

教育的応用の可能性

Zhao氏は、Wordtuneの教育的応用についても言及しています。例えば、教師がオンラインでのライティング活動を設定し、学生にWordtuneの使用を奨励することができます。また、Wordtuneを通じて学んだ新しい語彙や表現について、学生に振り返りを促すこともできるでしょう。

このような活用法は、テクノロジーを単なるツールとしてではなく、学習プロセスを深化させる手段として捉える現代の教育観と合致しています。

Wordtuneの長所と短所

長所

1. 執筆プロセスのサポート:Wordtuneは、従来のツールが注力していなかった執筆中の支援に焦点を当てている点で画期的です。これは、EFL学習者が直面する「どう表現すればいいかわからない」という問題に直接アプローチしています。

2. 多機能性:書き換え、文体変換、長さの調整、翻訳など、多様な機能を提供しています。これにより、様々なニーズや学習段階の学習者に対応できます。

3. 自己主導型学習の促進:Wordtuneは、学習者が自ら文章を比較・検討し、改善する機会を提供します。これは、近年の教育理論が重視する自律的学習の概念と合致しています。

4. 理論的裏付け:Zhao氏は、Wordtuneの機能を第二言語習得理論と結びつけて説明しています。これにより、ツールの教育的価値が明確に示されています。

短所と課題

1. オンライン依存:現在のところ、Wordtuneはインターネット接続が必要です。これは、特に安定したインターネット環境が得られない地域の学習者にとっては制限となる可能性があります。

2. 複雑な文章への対応:Zhao氏も指摘しているように、元の文章が複雑な場合、書き換え提案の精度が低下する可能性があります。これは、高度な学術論文の執筆など、より専門的な用途での使用を制限する可能性があります。

3. 言語の多様性:現在、Wordtuneは英語のみをサポートしています(翻訳機能は複数言語に対応)。今後、より多くの言語をサポートすることで、その有用性はさらに高まるでしょう。

4. 過剰依存のリスク:Wordtuneのような強力なツールは、学習者が自分で考える機会を減らしてしまう可能性があります。教育者は、このツールをどのように適切に活用するか、慎重に検討する必要があります。

5. プライバシーとセキュリティ:AIツールの使用には常にデータのプライバシーとセキュリティの問題が付きまといます。Zhao氏の論文では、この点について詳しく触れられていませんが、今後の研究では、この重要な側面についても検討する必要があるでしょう。

おわりに:Wordtuneの意義と今後の展望

Zhao氏の論文は、AIを活用した新しい筆記支援ツール「Wordtune」の可能性と課題を明確に示しています。Wordtuneは、特にEFL学習者にとって、従来のツールでは対応できなかった執筆プロセスの支援を提供する点で注目に値します。

しかし、技術的な制限や過剰依存のリスクなど、課題も存在します。今後の研究では、Wordtuneの長期的な学習効果や、異なる学習者グループでの効果の違いなど、より詳細な検証が必要でしょう。また、AIツールの教育利用に関する倫理的側面についても、さらなる議論が求められます。

Wordtuneのような AIを活用した教育支援ツールは、言語教育の風景を大きく変える可能性を秘めています。しかし、その効果的な活用のためには、技術の進歩と教育理論、そして実践的な知見をバランスよく組み合わせていく必要があります。Zhao氏の研究は、この複雑な課題に対する重要な一歩として評価できるでしょう。


Zhao, X. (2023). Leveraging artificial intelligence (AI) technology for English writing: Introducing Wordtune as a digital writing assistant for EFL writers. RELC Journal, 54(3), 890-894. https://doi.org/10.1177/00336882221094089

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。