人工知能(AI)が生成したテキストを検出する技術は、偽のニュース記事や学術論文の剽窃など、AIの悪用を防ぐ上で重要な役割を果たすと期待されています。しかし、既存の検出技術にはどのような限界があるのでしょうか。また、その限界を乗り越えるにはどうすればよいのでしょうか。

マサチューセッツ大学アマースト校のカルペシュ・クリシュナ氏らの研究チームは、現在のAIテキスト検出技術の弱点を明らかにするとともに、新たな対策を提案しています。本論文では、パラフレーズ(言い換え)を用いた攻撃によって既存の検出技術が容易に回避できることを示し、その対策として情報検索技術を活用した新しい検出手法を提案しています。

研究の背景

近年、GPT-3やChatGPTなどの大規模言語モデルの登場により、人間が書いたかのように自然な文章をAIが生成できるようになりました。これにより、AIを悪用した偽情報の拡散や学術不正などが懸念されるようになりました。

そこで、AIが生成したテキストを検出する技術の開発が進められてきました。代表的な手法として、以下のようなものがあります:

1. ウォーターマーキング: AIが文章を生成する際に、人間には気づかれないような特徴を埋め込む手法
2. 統計的外れ値検出: AIが生成したテキストに現れる統計的な特徴を検出する手法
3. 分類器: 人間が書いたテキストとAIが生成したテキストを区別するよう学習させた分類器を用いる手法

しかし、これらの手法がどの程度堅牢なのか、特にテキストに意図的な改変が加えられた場合にどの程度有効なのかは、十分に検証されていませんでした。

パラフレーズ攻撃の脅威

研究チームは、既存のAIテキスト検出技術に対して「パラフレーズ攻撃」を仕掛けました。パラフレーズ攻撃とは、AIが生成したテキストの意味を保ちつつ、表現を変更することで検出を回避しようとする攻撃です。

この攻撃を実行するため、研究チームは「DIPPER」と呼ばれる新しいパラフレーズモデルを開発しました。DIPPERには以下のような特徴があります:

1. 文脈を考慮したパラフレーズが可能
2. 複数の文を一度にパラフレーズできる
3. 語彙の多様性や文の順序の変更を制御できる

研究チームは、DIPPERを使って既存の検出技術に対する攻撃を行いました。その結果、ウォーターマーキング、DetectGPT、OpenAIのテキスト分類器など、様々な検出技術が容易に回避できることが分かりました。

例えば、GPT2-XLモデルが生成したテキストに対して:
– ウォーターマーキングの検出率は100%から57.2%に低下
– DetectGPTの検出率は70.3%から4.6%に低下

しかも、パラフレーズ後のテキストは元のテキストとほぼ同じ意味を保っていることが、自動評価と人手評価の両方で確認されました。

これらの結果は、現在のAIテキスト検出技術が、意図的な改変に対して非常に脆弱であることを示しています。

新たな検出手法の提案

研究チームは、パラフレーズ攻撃に対して堅牢な新しい検出手法を提案しています。この手法は、情報検索技術を活用したものです。

具体的には、以下のようなプロセスを踏みます:

1. AIが生成したすべてのテキストをデータベースに保存する
2. 検出対象のテキストが与えられたら、データベース内の類似テキストを検索する
3. 類似度が一定以上であれば、AIが生成したテキストと判定する

この手法には、以下のような利点があります:

1. パラフレーズされたテキストでも、意味が保たれている限り検出可能
2. 既存のテキスト検索技術を活用できる
3. AIが生成した元のテキストを100%の精度で検出できる

研究チームは、1500万件のAI生成テキストを含むデータベースを用いて実験を行いました。その結果、パラフレーズ攻撃に対しても80%から97%の高い検出率を達成しました。

提案手法の課題と今後の展望

研究チームが提案した新しい検出手法は、パラフレーズ攻撃に対して高い堅牢性を示しています。しかし、実用化に向けては以下のような課題があります:

1. プライバシーの問題: AIが生成したすべてのテキストを保存することによる懸念
2. 計算コストとストレージコスト: 大規模なデータベースの管理と高速な検索に必要なリソース
3. オープンソースモデルへの対応: 中央データベースを持たないモデルへの適用が困難

これらの課題に対して、研究チームは以下のような対策を提案しています:

1. 信頼できるユーザーのみに検出サービスを提供する
2. 検索結果ではなく、AIが生成したかどうかの判定結果のみを返す
3. 効率的な検索アルゴリズムの開発

また、この手法は他の検出技術と組み合わせることで、さらに効果を発揮する可能性があります。

おわりに

本研究は、現在のAIテキスト検出技術がパラフレーズ攻撃に対して脆弱であることを明らかにしました。同時に、情報検索技術を活用した新たな検出手法を提案し、その有効性を示しました。

AIが生成するテキストの検出は、技術と倫理の両面で重要な課題です。本研究は、より堅牢な検出技術の開発に向けた重要な一歩と言えるでしょう。今後、プライバシーや計算コストなどの課題に取り組みつつ、実用化に向けた研究が進むことが期待されます。


Krishna, K., Song, Y., Karpinska, M., Wieting, J., & Iyyer, M. (2023). Paraphrasing evades detectors of AI-generated text, but retrieval is an effective defense. arXiv preprint arXiv:2303.13408v2.

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。