はじめに

人工知能(AI)が私たちの生活や仕事を大きく変えつつある今日、教育の分野でもAIの活用が進んでいます。しかし、多くの教育者はAIについて十分な知識を持っておらず、AIをどのように活用すればよいのか戸惑っているのが現状です。

ロンドン大学のRosemary Luckin教授らの研究チームは、この問題に取り組むための新しいアプローチとして「AIレディネス」という概念を提唱しています。今回は、彼らが発表した論文「Empowering educators to be AI-ready」の内容を紹介し、AIレディネスの意義と可能性について考えてみたいと思います。

AIレディネスとは何か

AIレディネスとは、教育者がAIについて理解を深め、自分たちの現場でAIを効果的に活用できるようになるための準備態勢のことを指します。

従来のAI教育は、AIの仕組みを技術的に理解することに重点を置いていました。しかし、教育現場の人々に必要なのは、そうした専門的な知識よりも、AIを教育にどう活かせるかを理解することです。

AIレディネスは、以下のような特徴を持っています:

  1. 教育現場の文脈に即したAIの理解を促進する
  2. 参加型のトレーニングプロセスを通じて学ぶ
  3. AIを活用して教育ニーズを満たす能力を育成する

なぜAIレディネスが必要なのか

教育分野でのAI活用が進む中、多くの教育者はAIについて十分な知識を持っていません。そのため、以下のような問題が生じています:

  • どのようなAIソフトウェアを購入すべきか判断できない
  • AIの使用に関して十分な情報に基づく同意ができない
  • 学生や保護者にAIの利用について適切に説明できない

AIレディネスは、こうした問題を解決し、教育者がAIを適切に理解し活用できるようにすることを目指しています。

人間の知性とAIの違いを理解する

AIレディネスの重要な要素の1つは、人間の知性とAIの違いを理解することです。AIには人間にはない優れた能力がある一方で、人間にしかできないことも多くあります。

例えば、人間の知性の特徴として以下のようなものが挙げられます:

  • 社会的知性:他者との関係性を理解し、コミュニケーションを取る能力
  • メタ知性:自分の思考や感情を認識し、コントロールする能力
  • 文脈理解能力:状況や環境を総合的に理解し、適切に対応する能力

AIレディネスでは、こうした人間の知性の特徴を理解した上で、AIと人間がそれぞれの長所を活かして協力できる方法を考えることが重要です。

AIレディネス・フレームワーク

論文では、教育者がAIレディネスを身につけるための「7ステップEThICAL AIレディネス・フレームワーク」が提案されています。以下、各ステップの概要を見ていきましょう。

STEP 1: EXCITE(興奮させる)

AIとは何か、どのように組織や個人がAIレディネスを身につけられるかについて説明し、興味を喚起します。

STEP 2: TAILOR and HONE(調整と絞り込み)

組織が直面している具体的な課題を特定し、AIで取り組むべき1〜3の課題を選びます。

STEP 3: IDENTIFY(特定する)

組織が利用可能なデータを特定し、収集します。

STEP 4: COLLECT(収集する)

STEP 2で特定した課題に取り組むために必要な新しいデータを収集します。

STEP 5: APPLY(適用する)

収集したデータに適したAI技術を選択し、適用します。

STEP 6: LEARN(学ぶ)

STEP 5で適用したAIから何を学べるか考察します。

STEP 7: ITERATE(反復する)

プロセスを振り返り、必要に応じてSTEP 1に戻ります。また、AIの倫理的な側面についても検討します。

AIレディネスの実践例

論文では、アリゾナ州立大学での取り組みが紹介されています。大学の教育イノベーションチームは、「学生が学び方を学んでいるか」を理解するためにAIレディネス・フレームワークを適用しました。

具体的には、以下のようなプロセスを経ています:

  1. 「学び方を学ぶ」という概念を自己調整学習(SRL)能力の変化として定義
  2. 学生の行動データ(課題提出、LMSでのクリック数など)を収集・分析
  3. データ分析の結果、学生を3つのクラスターに分類
    • クラスター1:成績が高く、学び方の習得度も高い少数派
    • クラスター2:学習への取り組みが活発な多数派
    • クラスター3:取り組みが少なく、成績も低い群

この分析結果を基に、大学は各グループの特性に応じた支援策を検討することができます。

AIレディネスがもたらす可能性

AIレディネスのアプローチは、教育者がAIを「ブラックボックス」として恐れるのではなく、自分たちのニーズに合わせて適切に活用するための知識と自信を与えてくれます。

これにより、以下のような効果が期待できます:

  1. 教育現場でのAI活用が促進される
  2. AIを使った効果的な教育・学習支援が可能になる
  3. AIがもたらす倫理的な課題についても適切に対応できる

まとめ

AIが急速に発展する中、教育者がAIを理解し活用する能力を身につけることは非常に重要です。AIレディネスのアプローチは、教育者がAIを自分たちの文脈に即して理解し、積極的に活用していくための有効な方法となる可能性があります。

今後、さらなる実践と評価を重ねることで、AIレディネスの概念がより洗練され、多くの教育機関で活用されることが期待されます。教育とAIの融合が進むことで、学習者一人ひとりのニーズに合わせたよりよい教育が実現できるかもしれません。

AIの進化は止まることはありません。教育者がAIレディネスを身につけ、AIと人間の知性をうまく組み合わせることで、教育の未来はより豊かなものになるでしょう。


Luckin, R., Cukurova, M., Kent, C., & du Boulay, B. (2022). Empowering educators to be AI-ready. Computers and Education: Artificial Intelligence, 3, 100076. https://doi.org/10.1016/j.caeai.2022.100076

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。