近年、人工知能(AI)技術の急速な発展により、私たちの日常生活や学習環境に大きな変化がもたらされています。特に言語学習の分野では、AIを活用した新しい学習方法が注目を集めています。ここでは、そうした最先端の取り組みの一例として、小学生の英語学習にAI言語アシスタントを導入する可能性を探った意欲的な研究を紹介します。

著者のJoshua Underwoodは、英国文化振興会(ブリティッシュ・カウンシル)に所属する研究者で、言語教育におけるテクノロジーの活用に関する豊富な経験を持っています。本研究は、Underwoodが小学生向けの英語教育の現場に戻った際に直面した課題から着想を得たものです。

研究の背景と目的

従来の言語学習では、教師一人で多くの生徒の質問に同時に対応することが難しく、個々の生徒に十分な注意を向けることが困難でした。また、子どもたちが外国語を話すことに緊張や不安を感じるという課題もありました。

こうした背景から、本研究では以下の2つの主要な問題に取り組んでいます。

1. 現在利用可能なAI技術は、言語学習教室でよく聞かれる質問に満足のいく回答を提供できるか?
2. AIを活用して、子どもたちに目標言語(この場合は英語)を話させるにはどうすればよいか?

さらに、子どもたちがAIを活用したタスクをデザインする際のサポート方法や、AI言語アシスタントを使用する際の教室運営の課題についても探究しています。

研究方法:「野生の中でのデザイン」アプローチ

Underwoodは、9ヶ月間にわたり、11人の小学生EFL(外国語としての英語)クラスを対象に、「野生の中でのデザイン」アプローチを採用しました。このアプローチでは、既存のAI技術(Amazon Alexa、Apple Siri、Google音声検索)をプローブとして使用し、自然な教室環境でAIを活用する機会について子どもたちと教師が考えることを促しました。

研究過程では、教師主導のタスクから徐々に生徒主導のタスクへと移行し、最終的にはAIの自発的な統合利用(例:「Googleに聞いてみよう」)まで発展させました。また、子どもたちの反省と自身のアイデア開発を支援するために、「共同デザイン」戦略を採用しました。これには、粘土でAI言語アシスタントのモデルを作成したり、「ロボット教師」についてのポスターやプレゼンテーションを作成したりする活動が含まれていました。

主な発見:AIが切り開く新たな学習体験

1. 質問への回答能力

研究の結果、現在のAI技術が言語学習教室でよく聞かれる質問に完全に対応できるわけではないことが明らかになりました。例えば、「スペルはどう書くの?」という質問には概ね正確に答えられましたが、「〇〇は英語で何て言うの?」といった質問にはほとんど対応できませんでした。

しかし、興味深いことに、子どもたちは素早く、どのような質問が満足のいく回答を得られそうかを学び、質問の仕方を工夫するようになりました。これは、AIとのインタラクションを通じて、子どもたちが問題解決能力や言語スキルを自然に向上させていく可能性を示唆しています。

2. 英語を話すモチベーションの向上

研究の中で最も注目すべき発見の一つは、AIアシスタントの使用が子どもたちの英語を話すモチベーションを大幅に高めたことです。子どもたちはAIの能力を試すことに強い興味を示し、試行錯誤を通じて積極的に英語を話そうとしました。

AIに質問したり指示を出したりすることで、英語を話すことが意味のある、そして楽しい活動になったのです。特筆すべきは、AIが理解できなかった場合でも、子どもたちが自発的に言い換えたり、自己修正したりしながら、粘り強く英語で話し続けようとする姿勢が見られたことです。

3. 学習者主導のタスクデザイン

研究では、子どもたちが自分たちで考えたAI言語アシスタントのデザインや使用方法についても調査しました。興味深いことに、子どもたちは人間型のAIアシスタントを好む傾向があり、「友達になる」「一緒にビデオゲームをする」といった、より人間的な交流を求めていることが分かりました。

この発見は、将来のAI言語学習ツールの開発に重要な示唆を与えています。子どもたちの期待に応えるためには、単なる情報提供だけでなく、感情的なつながりや遊び心を取り入れたデザインが必要かもしれません。

4. 教室管理の課題

AIアシスタントを教室で使用する際には、いくつかの実践的な課題も明らかになりました。例えば、音声認識の精度が低い場合に不適切な検索結果が表示される可能性があるため、安全な検索設定が必要です。また、複数の生徒が同時に話すと音声認識の精度が低下するため、順番を守ることの重要性を教える必要があります。

さらに、子どもたちがAIとのインタラクションに熱中するあまり、教師の指示に注意を向けにくくなる場合があるため、効果的な注意喚起の戦略が求められます。

研究の意義と今後の展望

本研究は、AI言語アシスタントが小学生の英語学習に与える影響を実際の教室環境で検証した先駆的な取り組みとして高く評価できます。特に、AIとのインタラクションが子どもたちの英語学習への意欲を高め、自然な形で言語スキルの向上を促す可能性を示した点は注目に値します。

また、この研究は単にAI技術の教育への応用を探るだけでなく、子どもたち自身がAIツールのデザインに参加するという革新的なアプローチを採用しています。これにより、学習者のニーズやアイデアを直接反映させた、より効果的な学習ツールの開発につながる可能性があります。

一方で、研究者自身も認めているように、本研究にはいくつかの限界があります。例えば、子どもたちのアイデアを十分に具体化させるためのサポート方法には改善の余地があります。今後の研究では、ストーリーボードの作成やスキルのプログラミング、ピア評価などの手法を取り入れることで、より実現可能なAI支援タスクのデザインを促すことが提案されています。

おわりに:AI時代の言語教育に向けて

本研究は、AI言語アシスタントが単なる補助ツールではなく、子どもたちの言語学習体験を根本的に変える可能性を持つことを示しています。AIとの対話が、英語を話すことへの不安を軽減し、むしろ楽しみながら積極的に言語を使用する機会を提供できるという発見は、言語教育の未来に大きな希望を与えるものです。

同時に、この研究は教師の役割の重要性も再確認しています。AIツールを効果的に活用するためには、適切な指導と管理が不可欠であり、教師はテクノロジーと人間の長所を組み合わせた新しい教育アプローチを開発する必要があります。

Underwoodの研究は、AI時代における言語教育の可能性と課題を明らかにし、今後の研究や教育実践に貴重な示唆を与えています。テクノロジーの進化とともに、私たちは常に新しい学習方法を模索し、子どもたちにとってより効果的で楽しい言語学習環境を創造していく必要があるでしょう。


Underwood, J. (2017). Exploring AI language assistants with primary EFL students. In K. Borthwick, L. Bradley & S. Thouësny (Eds.), CALL in a climate of change: Adapting to turbulent global conditions – short papers from EUROCALL 2017 (pp. 317-321). Research-publishing.net. https://doi.org/10.14705/rpnet.2017.eurocall2017.733


【補足】Amazon Alexaの活用

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本研究では、複数のAI言語アシスタントが使用されましたが、その中でもAmazon Alexaは特筆すべき役割を果たしました。Alexaは、Amazonが開発した音声操作可能な人工知能アシスタントで、様々なスマートデバイスに搭載されています。以下、Underwoodの研究におけるAlexaの具体的な活用方法と、それがもたらした効果について詳しく見ていきましょう。

  1. 自由な言語使用の促進

Underwoodは、生徒たちのプロジェクト研究をサポートするためにAlexaを活用しました。例えば、「Alexa、ミサゴの体重はどれくらい?」といった質問を生徒たち自身が行うことを奨励しました。これにより、生徒たちは自分の興味や必要に応じて自由に英語を使用する機会を得ました。この方法は、従来の教科書主導の学習とは異なり、生徒たちの自主性と探究心を刺激する効果がありました。

  1. グループ活動での活用

研究では、「どのグループがAlexaに最も複雑な質問をさせられるか?」といったチャレンジも行われました。これは単なるゲームではなく、生徒たちに複雑な英語の文構造を使用するよう促す巧妙な仕掛けでした。グループで協力してより高度な質問を考えることで、生徒たちは自然と英語の表現力を向上させていったのです。

  1. 即時フィードバックの効果

Alexaの即時応答機能は、生徒たちの学習意欲を高める上で重要な役割を果たしました。発音や文法が正確でない場合、Alexaは質問を理解できず、生徒たちはすぐにそれを認識します。この即時フィードバックにより、生徒たちは自分の英語を改善する必要性を実感し、自発的に言い直しや言い換えを行うようになりました。

  1. 発音練習のツールとして

Alexaは、特定の音の識別が難しい生徒たちの発音練習にも活用されました。例えば、「ship」と「sheep」の発音の違いを練習する際、Alexaが正しく理解するまで生徒たちは何度も挑戦しました。これは、単調になりがちな発音練習を楽しいゲーム感覚の活動に変える効果がありました。

  1. 文化的知識の拡大

Alexaは英語圏の文化や一般常識に関する情報源としても活用されました。生徒たちは、英語圏の祝日や習慣、有名人などについてAlexaに質問することで、言語だけでなく文化的な学習も同時に行うことができました。

  1. 技術リテラシーの向上

Alexaとのやり取りを通じて、生徒たちはAI技術とのコミュニケーション方法を学びました。これは、将来的にAIが更に普及する社会で必要となる重要なスキルの育成につながります。

課題と今後の展望

一方で、Alexaの使用にはいくつかの課題も明らかになりました。例えば、Alexaの応答が時に複雑すぎて、初級レベルの英語学習者には理解が難しい場合がありました。また、教育用に特化していないため、不適切な情報にアクセスするリスクも指摘されています。

Underwoodは、これらの課題を踏まえ、言語学習に特化したAIアシスタントの開発の必要性を示唆しています。例えば、学習者の英語レベルに合わせて応答を調整したり、教育的に適切なコンテンツのみを提供したりする機能が求められます。

結論として、Amazon Alexaの活用は、英語学習に新たな次元をもたらす可能性を示しました。即時性、インタラクティブ性、そして楽しさを兼ね備えたこのツールは、従来の言語学習方法を補完し、生徒たちの学習意欲を大きく向上させる効果があります。今後、教育現場でのAI活用がさらに進む中で、Underwoodの研究は重要な先駆的事例として参照されることでしょう。

 

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。