はじめに:AI時代の到来と人間の学習の意義
近年、AI(人工知能)の進化は目覚ましく、私たちの生活に大きな変化をもたらしつつあります。特に、ディープラーニングという技術革新は、AIがこれまで不可能とされてきた複雑なタスクをこなせるようになる道筋を切り開き、その可能性は私たちの想像をはるかに超えるものとなっています。
AIは、すでにチェスや将棋の世界で人間を凌駕し、医療診断や自動運転など、私たちの社会の様々な場面に進出し始めています。 このようなAI時代の到来は、私たち人間に「人間とは何か?」「人間の知性とは何か?」という根源的な問いを突きつけるとともに、AI時代に求められる人間の能力とは何か?を深く考えさせるきっかけとなっています。
本書『AIと人間の学び 壁の向こうで答えているのはAIか人か?』(赤堀 侃司 著・ジャムハウス刊)は、このようなAI時代において、「学び」に焦点を当て、AIと人間の学習の違いを浮き彫りにしながら、AI時代の人間の学習のあり方を探求した意欲的な書です。
第1章 AIと学習システム:AIの思考を紐解く
本書の第1章では、AIがどのように学習するのか、その仕組みを、ニューラルネットワークという概念を用いながら解説しています。人間は、膨大な数のニューロンと呼ばれる脳神経細胞が複雑にネットワークを形成することで、高度な情報処理や学習を実現しています。 AIの学習システムにおいて中心的な役割を担うニューラルネットワークは、この人間の脳の仕組みを模倣したものです。
具体的には、本書では、入力層、中間層、出力層から構成されるニューラルネットワークの構造と、それぞれの層におけるニューロンの働きについて詳しく解説しています。 さらに、多層構造を持つニューラルネットワークを用いることで、AIが複雑なパターンを認識し、高度な学習を実現できることを、手書き文字認識と画像認識の仕組みを通して具体的に示しています。
これらの技術は、いずれも、大量のデータをAIに学習させることで、AIが自ら特徴を抽出し、精度を高めていくという点で共通しています。 例えば、手書き文字認識では、大量の手書き文字のデータを読み込ませ、それぞれの文字の特徴をAIに学習させることで、未知の手書き文字を高い精度で認識できるようになります。
第2章 AIと人の特徴の概要:AIと人間の「知性」の境界線を探る
第2章では、チューリングテストを基軸に、AIと人間の知性の違いについて考察しています。チューリングテストとは、1950年にイギリスの数学者アラン・チューリングが提唱した、機械が知的であるかどうかを判定するためのテストです。 これは、判定者が、機械と人間とのテキストベースの会話を通して、どちらが人間かを判別できない場合、その機械は知的であるとみなすというものです。
本書では、2018年にアメリカの有名私立大学で行われたチューリングテストを題材に、AIの知性の現状について考察しています。 このテストでは、被験者の大学生は30名中24名がAIを人間と誤認, AIが人間に近いレベルの知能を持っている可能性を示唆する結果となりました。
しかしながら、著者は、AIはあくまでも「統計的な情報処理」によって高度なアウトプットを生み出しているに過ぎないと指摘しています。 つまり、AIは、膨大な量のデータに基づいて、最も確率の高い答えを選択しているだけであり、人間のように感情や意識、倫理観を持って思考しているわけではないというのです。
第3章 具体的なAIと人の違い:AI時代を生き抜くために必要な人間の力とは?
最終章となる第3章では、具体的な例を通して、AIと人間の思考様式や行動様式の違いを浮き彫りにし、AI時代に人間がどのように学び、生きていくべきかを考察しています。
著者は、AIの特徴として、「網羅性」「客観性」「論理性」「正確性」を挙げています。 AIは、膨大な量のデータを高速かつ正確に処理することができるため、網羅的に情報を収集し、客観的なデータに基づいて論理的に思考し、正確な答えを導き出すことができます。
一方、人間は、AIと比較して、感情、倫理観、道徳観、創造性、主体性といった側面において、AIを凌駕する能力を持っています。 特に、「問いを立てる力」こそが、AI時代を生き抜くために不可欠な能力であると著者は強調します。 AIは、人間が与えたデータやプログラムに基づいて答えを導き出すことはできますが、自ら問いを立てることはできません。
AI時代においても、人間が自ら問いを立て、その問いに対して深く思考し、新たな価値や創造性を生み出していくことこそが、人間が人間らしくあり続けるために重要であると本書は締めくくっています。
まとめ:AI時代に問う 人間の学びとは何か?
本書『AIと人間の学び 壁の向こうで答えているのはAIか人か?』は、AIという新たな知性との出会いを 통해、私たち人間が自らの「知性」や「学び」について改めて深く見つめ直すきっかけを与えてくれる一冊です。
AI技術の仕組みや現状、そしてAIと人間の思考様式の差を理解した上で、私たち人間は、AIにはない、人間ならではの強みを活かして、AIと共存していく方法を探っていく必要があるのではないでしょうか。
特に、教育現場においては、AI時代を生きる子どもたちが、本書で述べられているような「人間らしい力」を育めるような、新たな学びのあり方を模索していくことが求められています。本書が、教育関係者のみならず、AI時代を生きるすべての人にとって、「人間とは何か?」「学びとは何か?」を問い続けるための、重要な示唆を与えてくれています。