人工知能(AI)技術の急速な発展と普及に伴い、AIリテラシーの重要性が高まっています。本論文は、香港教育大学の幼児教育学部のWeipeng Yang准教授による、幼児期におけるAI教育の意義と実践方法について論じた研究報告です。Yangらの研究グループは、幼児向けのAIカリキュラム「AI for Kids」を開発し、その理論的枠組みと実践例を提示しています。

研究の背景

近年、AIは私たちの日常生活のあらゆる場面に浸透しています。スマートフォンの音声アシスタントから自動運転車まで、AIは社会を大きく変えつつあります。こうした状況の中、AIリテラシー、つまりAIの基本的な仕組みを理解し、適切に活用する能力の重要性が認識されるようになりました。

しかし、これまでのAI教育は主に中高生以上を対象としており、幼児期におけるAI教育についてはほとんど研究されていませんでした。Yangらの研究は、この空白を埋めるべく、幼児期におけるAI教育の意義を明らかにし、具体的な教育方法を提案しています。

なぜ幼児期にAI教育が必要か

本論文では、幼児期にAI教育を行う意義として以下の3点を挙げています:

  1. デジタル・リテラシーの一部としてのAIリテラシー AIの理解と活用は、現代社会を生きる上で不可欠なデジタル・リテラシーの一部となっています。
  2. AIに対する適切な理解の促進 子どもたちは日常的にAI技術に触れていますが、その仕組みを理解するには適切な指導が必要です。
  3. 子どもたちの能力への信頼 適切な方法で導入すれば、幼児でもAIの基本的な概念を理解することができます。

また、早期からのAI教育は、デジタル格差の解消にも貢献します。特に、社会経済的に不利な背景を持つ子どもたちにAI教育の機会を提供することで、将来的な格差の拡大を防ぐことができます。

幼児期に学ぶべきAIリテラシーとは

本論文では、幼児期に学ぶべきAIリテラシーの内容として、以下の3点を挙げています:

  1. AIの基本原理:大量のデータ入力を基に、AIアルゴリズムがパターンを識別し、予測や推奨を行うこと。
  2. AIの判断プロセス:指定された要素に基づいて情報を統合し、対応するオブジェクトを識別すること。
  3. AIの限界:AIにも偏見や誤りがあることを理解すること。

これらの内容は、AIが人間によって作られ、訓練され、改善されること、そしてAIにも限界があることを理解することにつながります。

どのようにAIを学ぶか:体験型・文化応答型アプローチ

Yangらは、幼児期のAI教育において、体験型・文化応答型のアプローチを提案しています。このアプローチは以下の特徴を持ちます:

  1. 体験型学習 子どもたちが実際にAI技術に触れ、操作する機会を提供します。例えば、AIロボットを使った学習活動などが含まれます。
  2. 文化応答型カリキュラム 子どもたちの文化的背景や経験に基づいたカリキュラムを設計します。これにより、学習内容が子どもたちにとって意味のあるものとなります。
  3. プロジェクトベースの学習 環境保護など、実世界の問題に取り組むプロジェクトを通じてAIについて学びます。
  4. 協働学習 グループ活動を通じて、子どもたち同士が協力してAIについて学ぶ機会を提供します。

「AI for Kids」カリキュラム:実践例

Yangらの研究グループが開発した「AI for Kids」カリキュラムは、上記のアプローチを具体化したものです。このカリキュラムの特徴は以下の通りです:

  1. 学習目標 AIの基本原理、判断プロセス、限界についての理解を促します。
  2. 学習内容 AIに関する知識だけでなく、言語、音楽、STEAM(科学、技術、工学、芸術、数学)などの分野を統合しています。
  3. 文化的文脈 香港の地理的特徴を活かし、海洋保護をテーマにしたプロジェクトを取り入れています。
  4. 学習評価 子どもたちの学習プロセスや成果物を通じて、AIに対する理解度や創造性を評価します。

今後の課題と展望

本論文では、幼児期のAI教育における今後の課題として以下の点を挙げています:

  1. より多様な文化応答型プロジェクトの開発
  2. 幼児向けAI教育ツールの開発
  3. 提案されたペダゴジーモデルの検証
  4. 子どもたちの学習過程の詳細な分析
  5. 非公式な学習環境(博物館、図書館など)でのAI教育の展開

結論

本研究は、幼児期におけるAI教育の意義を明らかにし、具体的な教育方法を提案することで、早期からのAIリテラシー育成の重要性を示しています。これは、デジタル格差の解消や、将来のAI社会に向けた準備として重要な意味を持ちます。

Yangらの提案する体験型・文化応答型アプローチは、幼児教育におけるSTEM教育の新たな方向性を示唆するものであり、今後の教育実践や教員養成に示唆を与えるものになるでしょう。


Yang, W. (2022). Artificial Intelligence education for young children: Why, what, and how in curriculum design and implementation. Computers and Education: Artificial Intelligence, 3, 100061.
https://doi.org/10.1016/j.caeai.2022.100061

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。