AI・機械翻訳と英語学習 教育実践から見えてきた未来

はじめに:AI時代の到来と英語教育の変革

近年、AI技術、特に大規模言語モデル(LLM)の登場は、私たちの社会生活に大きな変化をもたらしており、英語教育もその例外ではありません。特に、ChatGPTをはじめとする機械翻訳や生成AIの登場は、従来の教育実践を根底から覆す可能性を秘めています。 かつて、英語教育は一部の専門家のためのものと捉えられがちでしたが、AIが学習や仕事、日常生活に浸透していく現在、AIを活用する能力は、すべての学習者にとって必須のスキルとなりつつあります。

このような流れの中、本書『AI・機械翻訳と英語学習』は、機械翻訳と生成AIがもたらす英語教育の新たな可能性と、AI時代に求められる英語教育のあり方について、豊富な実践例と教育現場からの洞察をもとに、体系的に提示しています。本書は、AIを「脅威」と捉え、従来型の教育にしがみつくのではなく、AIを「好機」と捉え、学習者主体の学びへと舵を切る、英語教育におけるパラダイムシフトを促すものです。

第一部 メディアが変わると、何が変わるか:AIがもたらす英語教育へのインパクト

第一部では、AIがもたらす英語観の変容と、英語教育実践への影響について考察しています。特に、ChatGPTなどの生成AIの登場により、私たちがこれまで当然とみなしてきた英語教育の常識が、根本的な見直しを迫られている現状が示されています。

第1章 機械翻訳や生成AIがもたらした新たな英語観との付き合い方:AIは「道具」を超えて「行為主体」へ

本章では、ChatGPTなどの生成AIの登場により、英語教育が直面する新たな課題と可能性について論じられています。ChatGPTは、従来の機械翻訳とは一線を画す、人間に近い自然な文章を生成できるという特徴を持っています。これは、英語学習者にとって、より高度なライティングスキルを身につけるための強力なツールとなる可能性を秘めている一方で、安易にAIに依存してしまう危険性も孕んでいます。

本章では、AIは単なる「道具」ではなく、人間の思考や行動に影響を与える「行為主体」としての側面を持つことが指摘されています。その上で、AIとの協働を通して、学習者はどのように主体的に英語学習に取り組むべきか、未来を見据えた議論が展開されます。

第2章 激動の英語ライティング教育:機械翻訳を活用した新たな英語表現学習の可能性

本章では、機械翻訳の進化が、英語ライティング教育にどのような変革をもたらすのかについて、具体的な指導方法と実践例を交えながら解説しています。従来の英語ライティング教育では、教師による添削指導が中心でしたが、機械翻訳の活用により、学習者自身が主体的に英語表現を学ぶことができるようになると期待されています。

本章では、機械翻訳を利用した英語表現学習の可能性と課題について、具体的な指導方法と実践例が示されています。特に、学習者自身の英語運用能力を高めるための、機械翻訳の活用法について具体的な方法が提示されている点は、教育現場にとって実践的な示唆を与えてくれます。

第3章 表現することへの回帰 my own の誇りと自信:AI時代にこそ問われる「表現すること」の価値

本章では、AI時代にこそ、学習者自身が「表現すること」に立ち返り、「自分の言葉で表現する」ことの価値を再認識する必要性が説かれています。AI技術の進化により、誰でも簡単に質の高い文章を作成できるようになりつつありますが、自分の考えや感情を、自分の言葉で表現する能力は、AI時代においても、むしろこれまで以上に重要性を増していくと考えられます。

本章では、「Do your own project.」という原則に基づき、学習者自身が主体的にプロジェクトを企画・調査・表現するプロセスを通して、真のコミュニケーション能力を育成することの重要性を説いています。また、実際の授業におけるプロジェクト活動の実践例として、機械翻訳を活用したグループワークや、学習者が自身の興味関心に基づいて英語で論文を作成するなどの活動が紹介されています。これらの実践例を通して、学習者の主体的な学びを促進するための具体的な方法を学ぶことができます。

第二部 機械翻訳や生成AIの上手な英語学習への活用方針:具体的な活用法と実践例

第二部では、AI 時代における英語教育の具体的指針と、機械翻訳・生成 AI を活用した授業実践について、実践に基づいた示唆が提示されています。

第4章 知能の伝達から承認へ:機械翻訳を用いた英語学習における教師の役割

本章では、機械翻訳を用いた英語学習において、教師はどのような役割を果たすべきかについて、従来の指導方法からの転換が求められています。従来の文法解説や誤り訂正中心の授業から、学習者の「内発的コミュニケーション」を促進するための「承認」の重要性が強調されています。

具体的な指導法として、学習者の発話や表現を丁寧に拾い上げ、共感的に傾聴することの重要性が示されています。

第5章 AI時代に見据えられる英語教育の素描:新たな英語教育のあり方

本章では、AI 時代における新たな英語教育のあり方について、具体的な方向性が示されています。立命館大学におけるプロジェクト型英語教育プログラム(PEP) や、CALL (Computer-integrated language learning, コンピュータ支援言語学習) システム、機械翻訳を用いた授業実践 など、近年の技術革新を踏まえた、未来志向の英語教育の姿が提示されている点は、必見です。

第6章 機械翻訳や生成AIを活用した英語授業事例:Transable を用いた実践例

本章では、機械翻訳・生成 AI を実際に英語教育に取り入れた実践例が紹介されています。これらの事例を通して、AI が学習者のモチベーション向上や学習効果の向上に貢献できる可能性が示されています。 特に、Transable を用いた授業実践は、AI が学習者と教師双方にとって、どのように新たな学びを生み出すのか、その可能性を示唆しています。

第7章 機械翻訳を活用したライティングエスカレーション大学院科目での実践:DeepL を用いた効果的な指導方法

本章では、大学院レベルの英語ライティング授業における、機械翻訳を活用した効果的な指導方法について考察されています。 DeepL を用いた実践例を通して、機械翻訳は単なる「翻訳ツール」を超え、学習者の論理的思考力や表現力の向上に貢献できる可能性が示されています。 機械翻訳と添削指導を組み合わせることで、学習者のライティングスキル向上を効果的に支援できるという知見は、今後の英語教育実践に大きく貢献するでしょう。

第8章 実際の機械翻訳の使われ方を見る:大学生を対象としたアンケート調査

本章では、大学生を対象としたアンケート調査から、実際の英語学習における機械翻訳の利用実態が分析されています。その結果、学生は文法や語彙の確認表現の幅を広げる時間の短縮といった目的で機械翻訳を活用していることが明らかになりました。 AI 機械翻訳に対する学習者の意識機械翻訳を用いた学習方法を探る上で、貴重なデータが提示されています。

第9章 翻訳学の知見を機械翻訳に生かす:機械翻訳の現状と課題

翻訳学の観点から、機械翻訳の現状と課題を考察し、今後の英語教育における機械翻訳活用の可能性と方向性を示しています。 機械翻訳の精度向上は重要な課題として認識されていますが、同時に、機械翻訳の活用自体が学習者の翻訳能力を高める可能性も秘めているという指摘は興味深いものです。

第三部 機械翻訳から生成AIへ:AI 翻訳の進化と未来、そして ChatGPT がもたらす英語教育の未来予測

第三部では、AI翻訳の進化と未来、そしてChatGPTがもたらす英語教育の未来予測について、具体的な論考が展開されています。

第10章 学習支援からMirai Translator まで見えてきたAI翻訳の課題:AI 翻訳の進化の歴史と今後の課題

本章では、AI翻訳の進化の歴史を振り返りつつ、今後の発展に向けた課題について考察しています。 AI 翻訳の精度向上文脈理解倫理的な問題など、解決すべき課題が提起されていますが、これらの課題を克服することで、AI 翻訳は英語学習をより効果的にサポートできるツールへと進化していくことが期待されます。

第11章 ChatGPTが変える英語教育の未来予測:ChatGPTが英語教育にもたらす影響と、その可能性

ChatGPTが英語教育にもたらす影響と、その可能性、そして今後の展望について、多角的な視点から論じられています。 ChatGPTは、従来型の英語教育では困難であった、より人間らしい自然なコミュニケーションを学習者に提供できる可能性を秘めており、今後の英語教育のあり方に大きな変化をもたらす可能性があります。 本章では、ChatGPTの活用によって、どのように英語教育が進化していくのか、具体的な予測が示されています。

終わりに:AI と共創する英語教育の未来

本書は、機械翻訳や生成AIが英語教育にどのような影響を与えるのか、具体的な活用方法、実践例、そして今後の英語教育のあり方について、多角的な視点から考察した、極めて示唆に富む本といえます。

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。