人工知能の分野で注目を集める大規模言語モデル(LLM)。ChatGPTなどの登場により、一般にも広く知られるようになりました。しかし、その精度の高さと裏腹に、時として誤った情報を自信満々に提示する「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる現象が問題となっています。今回ご紹介する論文”To Believe or Not to Believe Your LLM”は、この問題に取り組むため、LLMの不確実性を定量的に評価する新しい手法を提案しています。

著者たちについて

本論文の著者たちは、Google DeepMindに所属する研究者グループです。Google DeepMindは、AlphaGoやAlphaFoldなど、人工知能の最先端技術で知られる研究機関です。著者たちは機械学習、特に不確実性の定量化や意思決定理論の分野で豊富な経験を持っています。

研究の背景

LLMの発展に伴い、その応用範囲は急速に広がっています。しかし、モデルが時として示す過度の自信や誤った情報の提示は、実用化における大きな障害となっています。これまでにも、LLMの不確実性を評価する手法はいくつか提案されてきましたが、多くは単一の正解が存在する場合にのみ有効でした。本研究は、複数の正解が存在する場合にも適用できる、より汎用的な評価手法の開発を目指しています。

新しい評価手法の提案

著者たちは、LLMの不確実性を「認識論的不確実性」と「偶然的不確実性」の2つに分類しています。前者はモデルの知識の不足に起因する不確実性、後者は問題自体に内在する不確実性を指します。

彼らの提案する手法の核心は、LLMに同じ質問を繰り返し行い、その応答の変化を観察することです。この過程で、モデルの応答が以前の応答にどの程度影響されるかを測定します。著者たちは、この影響の度合いが認識論的不確実性の指標になると主張しています。

具体的には、応答の分布間の相互情報量を計算することで、不確実性を定量化します。この方法により、複数の正解が存在する場合でも、モデルの不確実性を適切に評価できるとしています。

実験結果と考察

著者たちは、提案手法の有効性を検証するため、複数のデータセットを用いて実験を行いました。その結果、従来の手法と比較して、特に複数の正解が存在する問題において優れた性能を示すことが確認されました。

興味深いのは、モデルの応答が繰り返しの質問によって変化する様子です。高い不確実性を持つ場合、モデルは以前の応答を単に繰り返す傾向が強くなります。一方、確信度が高い場合は、繰り返しの質問にも関わらず一貫した応答を維持します。

この現象について、著者たちは理論的な説明も試みています。彼らは、トランスフォーマーモデルの自己注意機構に着目し、モデルの内部表現と応答の変化の関係を分析しています。

提案手法の意義と限界

本研究の意義は、LLMの不確実性評価に新たな視点を提供した点にあります。特に、複数の正解が存在する問題に対応できる点は、従来手法からの大きな進歩と言えるでしょう。

しかし、いくつかの限界も存在します。例えば、提案手法は複数回のモデル呼び出しを必要とするため、計算コストが高くなる可能性があります。また、理論的な保証はあるものの、実際の応用においてどの程度の性能向上が見込めるかは、さらなる検証が必要です。

今後の展望

著者たちは、今後の研究の方向性についても言及しています。例えば、不確実性の評価をリアルタイムで行う手法の開発や、より効率的な計算方法の探索などが挙げられています。また、この手法を他の種類の機械学習モデルにも適用できるよう拡張することも課題としています。

LLMの信頼性向上に向けて

本研究は、LLMの信頼性向上という大きな課題に対する一つのアプローチを提示しています。不確実性を適切に評価できれば、モデルがハルシネーションを起こしそうな状況を事前に検知し、対策を講じることが可能になります。

例えば、高い不確実性が検出された場合に、モデルに追加の情報を要求したり、人間の専門家による確認を求めたりするシステムの構築が考えられます。これにより、LLMの応用範囲はさらに広がる可能性があります。

まとめ

本論文は、LLMの不確実性評価という重要な問題に対し、新たなアプローチを提案しています。その手法は理論的な裏付けがあり、実験でも有効性が示されています。

LLMの発展は日進月歩であり、その応用可能性は私たちの想像を超えるかもしれません。しかし同時に、その信頼性の確保は極めて重要な課題です。本研究は、その課題解決に向けた一歩として、大きな意義を持つと言えるでしょう。

今後、この研究がさらに発展し、より安全で信頼性の高いAIシステムの実現につながることが期待されます。同時に、AIの不確実性や限界について、私たち人間がより深く理解することの重要性も、この研究は示唆しているように思われます。


Abbasi Yadkori, Y., Kuzborskij, I., György, A., & Szepesvári, C. (2024). To Believe or Not to Believe Your LLM. arXiv. https://arxiv.org/abs/2406.02543

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。