AI倫理-人工知能は「責任」をとれるのか (中公新書ラクレ (667))

人工知能(AI)の発展と社会への浸透に伴い、AIの倫理的側面への関心が高まっています。本書『AI倫理 – 人工知能は「責任」をとれるのか』は、AIと倫理の関係を多角的に考察し、AI時代における人間のあり方を問う重要な一冊です。著者の西垣通氏と河島茂生氏は、AIの本質を見極めながら、その利用に伴う倫理的課題を丁寧に解き明かしています。

AI倫理を考える前提

本書は、AI倫理を考えるにあたり、まず重要な前提を示します。それは、AIが生物とは根本的に異なる存在だという認識です。著者らは、生物が自律的な存在であるのに対し、AIは他律的な存在であると指摘します。つまり、生物は自らのルールを作り出して行動するのに対し、AIは与えられたプログラムに従って動作するだけなのです。

この前提に立つと、AIに自由意思や責任を帰することはできないことがわかります。しかし、AIの複雑化に伴い、多くの人々がAIを疑似人格として捉えてしまう傾向があります。本書は、この「AIの疑似人格化」が引き起こす問題に警鐘を鳴らしています。

トランス・ヒューマニズムへの批判

本書では、AIが人間を超える知性を獲得するという「トランス・ヒューマニズム」の思想に対する批判的検討が行われています。著者らは、カーツワイルの「シンギュラリティ仮説」やボストロムの「スーパーインテリジェンス」論を取り上げ、これらの主張が西洋の伝統的な形而上学に根ざしていることを指摘します。

著者らは、こうした思想が「意味」の問題を軽視していると批判します。AIは情報を処理することはできても、その意味を理解することはできません。意味の理解は生物、特に人間に固有の能力であり、AIにはこの能力がないのです。

情報倫理からAI倫理へ

本書は、従来の情報倫理とAI倫理の違いを明確にします。情報倫理が主にコンピュータ技術の利用に関する倫理を扱うのに対し、AI倫理はAIの疑似人格性や責任の問題など、より複雑な問題を扱います。

著者らは、フロリディの「情報圏」の概念を批判的に検討します。フロリディは、人間を含むあらゆる存在を「情報実体」として捉え、それらを等しく尊重すべきだと主張します。しかし著者らは、この考え方が人間を単なる情報処理装置に貶めてしまう危険性を指摘します。

AI倫理のフレームワーク

本書では、AI倫理を考えるための新たなフレームワークとして「NILUCモデル」が提案されています。このモデルは、功利主義、自由平等主義、自由至上主義、共同体主義という4つの倫理思想を組み合わせたものです。

著者らは、このモデルを用いて社会規範を設定する際、人権尊重を基本としつつ、功利主義的な効用関数を採用することを提案しています。ただし、生得的特性に基づく差別を防ぐため、効用関数の変数選択には十分な注意が必要だと指摘しています。

自動運転の倫理

本書では、AI倫理の具体的な応用例として自動運転が取り上げられています。自動運転は、交通事故の減少や高齢者の移動支援など、多くの利点が期待される一方で、事故発生時の責任問題や、プライバシー侵害の懸念など、倫理的な課題も抱えています。

著者らは、自動運転の社会実装に際しては、安全性を最優先とする社会規範をAIプログラムに埋め込むことが重要だと指摘します。また、自動運転システムの保守管理の難しさや、サイバーテロのリスクにも言及し、これらの問題に対処するための制度設計の必要性を訴えています。

監視選別社会の問題

AIによる個人データの収集と分析は、AIの倫理的側面が最も問われる応用分野の一つです。本書では、中国の「芝麻信用」のような社会信用システムを例に挙げ、AIによる個人の「スコアリング」がもたらす問題について論じています。

著者らは、こうしたシステムが新たな階級社会を生み出す危険性を指摘します。スコアリングの基準が不透明であったり、生得的特性に基づく差別を含んでいたりする可能性があるからです。また、AIによる判断が絶対視されることで、人間の主体性が失われる危険性にも警鐘を鳴らしています。

AI創作の可能性と限界

本書の最後では、AIによる創作活動について考察がなされています。著者らは、現在のAI創作が既存の作品の模倣や組み合わせに過ぎないことを指摘し、これを近代芸術の理念に反するものだと批判します。

一方で、AIを創作のツールとして活用する可能性にも言及しています。AIとの対話を通じて、アーティストが新たな表現を見出す可能性や、プロとアマチュアの境界を越えた新しい創作のあり方が生まれる可能性を示唆しています。

まとめ: 人間中心のAI倫理を目指して

本書は、AI倫理を考える上で重要な視点を提供しています。それは、AIを道具として捉え、人間の価値や尊厳を中心に据えた倫理観を構築することの重要性です。

著者らは、AIの能力を過大評価せず、かといってその可能性を否定せず、適切に活用していく姿勢の重要性を説いています。そのためには、AIの本質を理解し、その利用に伴う倫理的問題を常に意識し続けることが必要だと主張しています。

また、AI倫理の構築は、一部の専門家だけでなく、社会全体で取り組むべき課題だと指摘しています。そのために、本書では難解な話題をできるだけわかりやすく解説し、一般読者にもAI倫理について考える機会を提供しています。

本書は、AI技術の進展が加速する現代において、私たちがどのような社会を目指すべきかを考えるための重要な指針となる一冊です。AI時代における人間のあり方を深く考えたい全ての人に、ぜひ一読をお勧めします。

By 吉成 雄一郎

東海大学教授。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。東京電機大学教授を経て現職。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。