本論文は、中国・華中師範大学の人工知能教育学部に所属するSdenka Zobeida Salas-PilcoとYuqin Yangによって執筆され、2022年にInternational Journal of Educational Technology in Higher Education誌に掲載されたシステマティックレビュー論文です。ラテンアメリカという特定の地域に焦点を当て、高等教育機関における人工知能(AI)技術の応用事例を体系的に整理・分析した、この分野では先駆的な試みと言えます。著者のSalas-Pilcoはラテンアメリカ出身の研究者であり、同地域の教育事情と学術的文脈を熟知した立場から研究を行っている点が、本論文に独特の説得力を与えています。

「AIが教育を変える」という言葉の実態を問い直す

「AIが教育を変える」という言葉は、近年あらゆる場所で耳にします。しかし実際のところ、具体的にどのような技術が、どのような場面で、どのような目的のために使われているのか、体系的に整理されたデータはまだ多くありません。特に、欧米や東アジアに比べて情報発信が少ないラテンアメリカ地域においては、なおさらです。本論文はそのような空白を埋めるべく、2016年7月から2021年6月という5年間を対象に、Web of Science、IEEE Xplorer、Scielo、CAPESポータルという4つのデータベースから文献を収集し、最終的に31本の論文を厳選して分析しています。

31本というのは、一見少ないように思えるかもしれません。当初の検索で得られた2,397本の論文が、包含・除外基準の適用によって最終的にこの数に絞り込まれたわけです。この過程を見るだけでも、AI関連と銘打った研究の多くが実際には教育の文脈に直接関係しない内容であったり、実証的なデータを欠いていたりすることがわかります。質の高い実証研究がいかに希少であるかを、この数字は静かに物語っています。

どの国が、どのような研究をしているのか

分析対象となった31本の論文は、メキシコとコロンビアからそれぞれ7本、エクアドルから6本、ブラジルから5本、ペルーとチリからそれぞれ2本、アルゼンチンとボリビアからそれぞれ1本というように分布しています。この分布は、ラテンアメリカにおける研究力の地域差をある程度反映しており、ブラジルやメキシコといった大国が多くの研究を輩出している一方で、小国においては研究例が極めて限られていることがわかります。

論文が扱うAIの応用分野は5つに分類されています。最多は「予測モデリング」で16本と全体の過半数を占め、続いて「AIによる内容分析」が6本、「アシスティブ技術(チャットボット)」が5本、「インテリジェント分析(分類)」が3本、そして「画像分析(顔認識)」が1本となっています。この分布から、ラテンアメリカの高等教育AI研究の主な関心は、学生の成績や中退を予測することにあることが浮かび上がります。これはラテンアメリカ地域が抱える固有の社会的課題、すなわち高い中退率と低い学業継続率という問題と深く結びついています。

機械学習が主役、自然言語処理が脇を固める

使用されたAI技術については、機械学習(Machine Learning, ML)が最も多く17本で用いられており、そのうち14本が予測に、3本が分類に使われています。次いで自然言語処理(Natural Language Processing, NLP)が8本で、チャットボット開発が5本、感情分析が1本などとなっています。深層学習(Deep Learning, DL)は3本にとどまり、その応用もまだ限定的です。

使用されたソフトウェアツールとしてはRとPythonが最も多く、次いでSPSSとWEKAが使われています。アルゴリズムでは多層パーセプトロン人工ニューラルネットワーク(MLP-ANN)がもっとも頻繁に登場し、ランダムフォレスト(RF)と決定木(DT)がそれに続きます。精度の面では、MLP-ANNとRFが高い成績を示している研究が多く、学習データが充実している場合には90%を超える予測精度を達成した研究も見られます。

こうした技術的な詳細を丁寧に整理している点は本論文の強みのひとつですが、一方で、各研究で使用されたデータセットの規模や質、あるいは検証方法の違いについての踏み込んだ比較は十分ではありません。予測精度だけを比べることの限界は、特に教育研究においては注意が必要です。

学習・教授・管理という三つの教育プロセスへの応用

本論文はBaker and Smith(2019)の枠組みを援用し、AIの教育応用を「学習」「教授」「管理」の三つのプロセスに分類して整理しています。この三分類は非常にわかりやすく、それぞれの実例が具体的に示されている点は読者にとって理解しやすいと思います。

学習に関しては、学生の成績予測、メンタルヘルスと well-being への支援、卒業後のキャリア発展の予測という三つのテーマが浮かび上がっています。特に、チャットボットを用いて注意欠如・多動性障害(ADHD)の症状を持つ学生を支援したり、自殺傾向を検知したり、不安や抑うつ症状を検出したりする研究は、AIの教育応用が単なる成績向上にとどまらず、福祉的な側面にまで及んでいることを示しており印象的です。

教授に関するテーマとしては、教員のパフォーマンス評価、評価・査定の自動化、教員と学生のコミュニケーション支援が挙げられています。シラバスをAIで解析して教授内容の偏りを検出したり、学生のコメントから教員評価を行う感情分析を実施したりした研究は、教育の質保証という観点から特に興味深い応用例です。

管理に関しては、中退率の予測と学生の定着支援が最も多く扱われており、次いで大学サービスのチャットボット化と、大学の研究業績・認定・ガバナンスに関わるパフォーマンス評価が続いています。

日本の英語教育への示唆

本論文は直接的には英語教育を扱っていませんが、日本の英語教育関係者にとっても重要な示唆を含んでいます。まず、AIによる予測モデリングの可能性について考えてみましょう。日本でも英語学習者の途中離脱や学習意欲の低下は、高校・大学を問わず深刻な課題です。学習者のデータを分析して「この学生はこのままでは意欲を失う可能性が高い」という警告を事前に出す仕組みは、決して絵空事ではありません。本論文が紹介する研究の多くは、入学時のデータや初期の学業成績データを用いて中退を予測することに成功しています。英語学習への応用も、技術的には十分に射程に入ります。

次に、自然言語処理による内容分析と評価の可能性です。学生の英語ライティングや発話を自動採点・自動フィードバックするシステムは世界的に研究が進んでいますが、本論文で取り上げられたラテンアメリカの事例、例えばオープンクエスチョンの自動採点システム(Mendoza Jurado, 2020)や、シラバスから知識を自動抽出するシステム(Tapia-Leon et al., 2017)は、日本の英語教育にも応用しうる可能性を示しています。大人数クラスの英語授業で、教師一人が全員の英作文を丁寧に添削することには限界があります。AIによる補助が、教員の負担軽減と学習者へのフィードバックの迅速化に貢献しうるという点は、多くの英語教師の実感と一致するのではないでしょうか。

また、チャットボットの応用も興味深い視点を提供しています。英語学習者の多くは、授業外での練習機会の確保に課題を感じています。チャットボットを用いた会話練習は、すでに様々な形で商品化されていますが、本論文が示すように、大学のLMS(学習管理システム)と連携させたチャットボットが学生の質問に即時対応するという形での活用も、英語教育環境においておおいに検討に値します。

倫理とプライバシーという見過ごされがちな問題

本論文の結論部分で著者たちが特に強調しているのが、倫理とデータプライバシーの問題です。分析対象となった31本の研究のうち、倫理審査への言及があるものが非常に少なかったというのは、重大な問題指摘です。学習者のデータを収集・分析してAIモデルを構築するという行為には、本来であれば適切な個人情報保護の枠組みが必要です。しかし、多くのラテンアメリカの研究ではその点が明示されていませんでした。

これは日本においても他人事ではありません。日本の教育現場でも、学習者データの利用に関する明確なガイドラインや倫理的配慮が十分に整備されているとは言いにくい状況です。特に英語教育においては、学習者の音声データ、ライティングデータ、そして学習履歴といった個人情報が大量に扱われます。Siemens(2019)が指摘するように、教育研究における倫理とプライバシーへの真摯な配慮は今後ますます重要になると考えられます。

関連研究との比較と本論文の位置づけ

AIの教育応用に関するシステマティックレビューは近年急増していますが、その多くは欧米や東アジアを中心とした研究を対象にしており、ラテンアメリカに特化したレビューは依然として限られています。Chen et al.(2020)やZhang and Aslan(2021)などの包括的なレビューと比較すると、本論文は地域特定型のレビューとして独自の貢献をしています。ラテンアメリカという地域的・社会的文脈を前面に出した分析は、グローバルな教育AI研究に「文脈依存性」という重要な視点を加えています。

一方で、レビューとしての限界も指摘しておく必要があります。最終的に選ばれた31本という数は、包括的な傾向を論じるには少し心許ないとも言えます。また、各研究の研究デザインや方法論の質を評価する指標が明示されていない点、そして定性的な記述が多く定量的なメタ分析が行われていない点も、システマティックレビューとしての厳密さという観点からは課題として残ります。

さらに、5カ国語以上の言語が使われているラテンアメリカ地域の研究を、英語・スペイン語・ポルトガル語のみで検索した点には注意が必要です。著者たちも検索対象データベースの選定理由として「包括性と使いやすさ」を挙げていますが、地域の多様性を完全に捉えているとは言えない可能性があります。

31本から透けて見えるラテンアメリカの教育事情

研究の内容を注意深く読むと、ラテンアメリカの高等教育が直面する社会的現実が透けて見えます。中退率の高さ、低所得世帯の学生の学習継続困難、大学の認定制度の整備の遅れ、研究費の不足といった課題が、AI研究のテーマ設定にも直接反映されているのです。研究は社会の鏡である、とよく言われますが、本論文はその事実を改めて実感させてくれます。

2000年に21%だったラテンアメリカの高等教育就学率が2018年には52%にまで上昇した一方で、低所得層の中退率は依然として高く、その解決策としてAIが期待されているというのは、テクノロジーへの過度な依存という側面もはらんでいます。中退を予測することと、中退を防ぐことの間には、実は大きな距離があります。予測モデルが「この学生は危ない」と告げたとしても、それに対応できる人的資源や制度的支援がなければ、AIは問題を可視化するだけに終わってしまいます。この点について、本論文はやや楽観的すぎるとも感じられます。

総評―地道な整理作業が切り開く対話の場

本論文は派手な実験結果を報告するものではなく、地道な文献整理と分類作業を通じてひとつの知的な地図を描き出す試みです。その意味で、研究の「面白さ」を求める読者には物足りなく映るかもしれません。しかし、英語教育研究者を含む教育関係者にとって、「この分野で何が研究され、何がまだ研究されていないか」を知ることは、次の一手を考える上で欠かせない基盤となります。

日本の英語教育においてもAI活用の議論は活発化しつつありますが、その多くはまだ製品紹介や実践報告のレベルにとどまっています。本論文が示すように、AIの教育応用を体系的に整理し、技術の種類・対象・目的・精度・倫理的配慮を含めて分析する視点は、日本においても求められています。英語教育の実践家も研究者も、目の前のツールに飛びつく前に、こうした整理された知識の上に立つことが重要です。

AI技術は着実に進歩しています。しかし、それをどう教育の文脈で使うかは、依然として人間の問いかけと選択にかかっています。本論文はその問いかけの一端を、ラテンアメリカという地域の文脈から丁寧に示した、誠実な研究と言えるでしょう。


Salas-Pilco, S. Z., & Yang, Y. (2022). Artificial intelligence applications in Latin American higher education: A systematic review. International Journal of Educational Technology in Higher Education, 19(1), Article 21. https://doi.org/10.1186/s41239-022-00326-w

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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