「先生に全部採点してもらうのが当たり前」という教室文化が、どれほど学習者の主体性を奪っているか、考えたことはあるでしょうか。日本の英語教育現場でも、評価といえば教師が行うものという暗黙の前提が根強く残っています。しかし、学習者自身が自分や仲間の英語パフォーマンスを評価し合う実践―自己評価(self-assessment)とピア評価(peer assessment)―は、言語スキルの向上にとどまらず、学習者の内面的な成長にも貢献するのではないかという問いが、近年の応用言語学研究で注目されています。
本稿で取り上げるのは、Kumar, Soozandehfar, Hashemifardnia, & Mombeini(2023)が Language Testing in Asia に発表した論文 “Self vs. peer assessment activities in EFL-speaking classes: impacts on students’ self-regulated learning, critical thinking, and problem-solving skills” です。イランのAhvazにあるMahan English Language Instituteに通う成人男性EFL学習者75名を対象に、自己評価グループ(SAG)、ピア評価グループ(PAG)、そして教師による従来型評価を受けたコントロールグループ(CG)の三群を比較し、それぞれの介入が自己調整学習・批判的思考・問題解決スキルに与える効果を検証した準実験研究です。著者のうちHashemifardniaはイスラム・アザド大学シャフレコルド校でPhDを取得し、現在はイランの高等学校で英語を教えています。Soozandehfarはホルモズガン大学TEFLの助教授、KumarはサウジアラビアのPrince Sattam Bin Abdulaziz大学の助教授という多国籍の研究チームによる共同研究です。
研究の設計とその概要
研究参加者の選定にはOxford Quick Placement Test(OQPT)が用いられ、99名の候補者から中級レベルの75名が選ばれました。参加者は無作為に三群に割り振られ、それぞれ25名が各グループを構成しています。なお、全員がペルシャ語を母語とする男性であり、21歳から33歳という成人学習者です。
治療期間は13セッションで、各グループは13の英語会話テキストを学習しました。SAGでは、毎回のテスト後に参加者が教師の補助のもと自分自身のパフォーマンスを評価し、強みと弱みについてコメントを行いました。PAGでは5つのサブグループに分かれ、毎セッションの冒頭にスピーキング課題を実施したうえで、教師の指導のもと互いのパフォーマンスを評価し合いました。CGは教師が学習者のパフォーマンスを評価する従来型の方法を踏襲しました。
測定には三つの尺度が使用されました。Seker(2015)が開発した自己調整学習(SRL)アンケート(30項目・5段階リッカート)、Watson-Glaser Critical Thinking Appraisal Form A(80項目・5部構成)、そしてDocktor & Heller(2009)が開発した問題解決スキル(PSS)尺度(0〜4点のルーブリック形式)です。これらはプレテストとポストテストとして投与され、一元配置分散分析(one-way ANOVA)とBonferroniの事後検定によってデータが分析されました。
主な結果とその意味するもの
プレテストでは三群間に有意差は認められず、介入前の同質性が確認されました。これは実験の公平性を担保するうえで重要な点です。ポストテストの結果は明確でした。三つのアウトカム変数すべてにおいて、SAGとPAGはCGよりも有意に高いスコアを示しました。SRL(自己調整学習)では平均値がCG65.40、SAG118.04、PAG119.32と、実験群が約2倍近いスコアを記録しています。批判的思考においても、CG111.96に対してSAG141.80、PAG143.88と大きな差が生じました。問題解決スキルでは差がやや縮まりましたが、それでもCG112.72に対してSAG125.80、PAG128.52と有意差が確認されています。
一方、SAGとPAGの間には三つのアウトカムいずれにおいても有意差は見られませんでした。つまり、自己評価もピア評価も等しく有効であり、どちらを選択するかより、むしろ「評価に学習者が主体的に参加すること」そのものが重要だということを示唆しています。この発見は実践的にも意味深いものです。
理論的背景と先行研究との対比
本研究が援用する理論的枠組みは多岐にわたります。自己調整学習に関しては、Pedrotti & Nistor(2019)や Schunk & Zimmerman(2012)の自律的学習モデル、批判的思考の定義はPaul & Elder(2008)やBobkina & Stefanova(2016)、問題解決学習はArgaw et al.(2017)やChua et al.(2016)に依拠しています。そしてピア評価の協働的側面についてはVygotsky(1978)の最近接発達領域(ZPD)概念が引用されており、理論的整合性はある程度確保されています。
先行研究との対比という観点から見ると、この研究の独自性は明確です。Ashraf & Mahdinezhad(2015)はスピーキング能力と学習者自律に着目し、Imani(2022)は衝動型・熟慮型という認知スタイルの違いを変数に加えた研究を行っていますが、いずれも従来型の言語スキルへの効果を検証するものでした。本研究が自己調整学習・批判的思考・問題解決スキルという「非言語的」かつ「心理的」な変数に焦点を当てた点は、同領域における空白を埋める貢献として評価できます。著者自身も「これらの変数に対するピア評価・自己評価の効果を検証した先行研究は見当たらなかった」と明示しており、研究の必要性は明確に示されています。
方法論上の課題
ただし、本研究には方法論上の留意点がいくつかあります。まず参加者の均質性についてです。全員がイランの成人男性というサンプルは、結果の一般化可能性を制限します。日本のような混合性別・多様な年齢層が存在する教育環境への適用を考えるとき、この制限は無視できません。著者自身もジェンダー分離の制約から女性参加者を含められなかったことを限界として挙げています。
次に、自己調整学習と問題解決スキルの測定方法についてです。自己調整学習はSeker(2015)の自己報告式アンケートで測定されています。自己報告は学習者の主観的な認識を捉えるものの、実際の学習行動を反映しているかどうかは別の問題です。また問題解決スキルの測定には物理学の力学問題を解くためのルーブリック(Docktor & Heller, 2009)が転用されていますが、これはもともと物理教育の文脈で開発されたものです。英語のスピーキング授業で習得した「問題解決スキル」が、物理の問題解決ルーブリックで適切に測定されているかという妥当性の問題は、読者に一定の疑問を抱かせます。この点はもう少し丁寧な説明が欲しかったところです。
さらに、介入期間のわずか13セッションという短さも気になります。自己調整学習の習慣化や批判的思考の定着は、短期的な介入で変容するには難しい側面もあります。ポストテストで確認された差異が長期的に維持されるかどうか、フォローアップ調査なしには判断が難しいと言わざるを得ません。
日本の英語教育現場への示唆
日本の英語教育の現場に置き換えて考えてみると、この研究の持つ意義はより鮮明になります。たとえば中学や高校の英語授業で、生徒が自分のスピーキングを録音して自己評価シートに記入したり、ペアやグループで互いの発話を評価し合ったりする活動を想定してみてください。こうした活動は「評価を学びの道具にする」という発想の転換から生まれます。
日本の学校教育では、「評価は教師がするもの」という固定観念が強く、特に公教育の場では評価の客観性・公平性への要求が強いために、ピア評価の導入にはハードルが感じられることもあります。しかし、本研究が示すように、評価プロセスに学習者を参加させること自体が学習を深め、自律性や批判的思考を育む可能性があります。これは2021年以降の「主体的・対話的で深い学び」を掲げた日本の学習指導要領の方向性とも一致しています。
また、日本の英語教育界では近年、形成的評価(formative assessment)の重要性が議論されるようになってきました。本研究の知見は、その文脈においても有益な実践的根拠を提供します。特に、自己評価とピア評価が等しく有効であるという発見は、教師が授業の状況や学習者の特性に応じてどちらの手法を採用しても一定の効果が期待できることを示しており、実践家にとって柔軟な選択肢を提供するものです。
大学のTOEIC対策クラスや英会話を中心とした英語表現の授業などでも、ルーブリックを用いた相互評価を導入することで、学習者が評価基準を意識し、より目的意識を持って練習に取り組むようになるという経験則は、多くの教員が実感として持っているものです。本研究はそうした経験的知見に実証的な裏付けを与える意味で、現場の教員にとって参照価値のある研究と言えます。
評価全般に関する考察
評価という行為を学習者の手に委ねるとき、何が起きるのかを改めて整理する必要があります。従来の教師中心評価では、学習者は「評価される客体」として存在しています。しかし自己評価やピア評価においては、学習者は「評価する主体」に転換されます。この転換は単なる役割変更ではなく、学習への関与そのものを変えます。自分の言語使用を客観的に振り返る行為は、メタ認知的スキルを鍛えることにほかなりません。そして他者のパフォーマンスを評価するためには、その基準を理解し、論理的に比較・判断する必要があります。これは批判的思考の実践そのものです。
Brown & Hudson(2012)が指摘するように、オルタナティブ評価の利点は単に成績をつけることではなく、学習者を評価プロセスの中心に据えることで、学びへの内発的動機を高める点にあります。本研究の結果は、この理論的主張を実証的データで支持するものとして読むことができます。
研究の貢献と今後の展望
本研究の貢献は大きく二つに整理できます。一つは、ピア評価・自己評価が言語スキルだけでなく、自己調整学習・批判的思考・問題解決スキルという多面的な学習者能力に正の影響を与えることを実証した点です。もう一つは、この二つの評価手法が統計的に等価な効果を持つことを示したことで、「どちらが優れているか」という問いに対してではなく、「どちらも有効に使える」という実践的な答えを提示した点です。
今後の研究としては、より長期的な介入(たとえば1学期以上)や、多様な文化的背景・ジェンダー・年齢層を含む参加者、そして定性的データ(学習者へのインタビューや日誌など)を組み合わせたミックスメソッドによる研究が求められます。また日本語を母語とするEFL学習者への適用可能性を検証する追試研究も意義深いものになるでしょう。
評価を教師の専権事項から切り離し、学習者に返す実践は、語学教育の民主化とも言えます。本研究はその方向性を支持する一つの実証的証拠として、英語教育研究の蓄積に貢献する論文です。読んで終わりにするのではなく、自分のクラスで一度試してみる価値がある、そう感じさせてくれる研究でした。
Kumar, T., Soozandehfar, S. M. A., Hashemifardnia, A., & Mombeini, R. (2023). Self vs. peer assessment activities in EFL-speaking classes: impacts on students’ self-regulated learning, critical thinking, and problem-solving skills. Language Testing in Asia, 13, Article 36. https://doi.org/10.1186/s40468-023-00251-3
