英語を外国語として学ぶEFL(English as a Foreign Language)学習者にとって、「読む速さ」は長年にわたる悩みの種である。日本の英語教育現場でも同様で、大学入試を突破してきた学生でさえ、いざ英語の長文を読ませると、辞書を引き引き、一語一語を確認しながらゆっくりと読み進めるというケースは珍しくない。そのような学習者に「速く読む」練習を体系的に施すにはどうすればよいか。本論文はまさにその問いに正面から向き合った研究である。
今回紹介するのは、Ngoc Yen Vy Pham、John R. Baker、Thắng Nguyễnの3名が執筆し、2024年にHumanities and Social Sciences Communications誌に掲載された論文、”Comparing the effects of two repeated reading methods on EFL learners’ reading rates”である。著者のうちBakerはベトナム・ホーチミン市のTon Duc Thang大学に所属し、繰り返し読み(Repeated Reading、以下RR)の研究において豊富な実績を持つ研究者である。Phamはビンズオン省の中学校教員、NguyễnはVNU-HCMCのInternational Universityに勤務しており、この研究はまさに現場に根ざした実践的な動機から生まれた共同研究といえる。
「繰り返し読み」とは何か―理論的背景を整理する
本論文を理解するうえでまず欠かせないのが、「繰り返し読み(RR)」という手法の理論的基盤である。出発点となるのは、LaBergeとSamuelsが1974年に提唱した「自動化理論(Automaticity Theory、AT)」だ。この理論によれば、熟練した読み手は単語の解読をほぼ自動的に行うため、認知資源を意味の理解という高次の処理に振り向けることができる。ところが読みに慣れていない学習者は、一つひとつの単語の意味を解読するのに多くのエネルギーを使ってしまい、文章全体の意味を把握する余裕が生まれない。これは、料理の初心者が包丁を使うたびに刃の向きや力の入れ方を意識しなければならないのとよく似ている。熟練した料理人なら、包丁さばきは「考えなくてもできる」からこそ、食材の火の通り方や味付けに集中できる。読みも同じで、単語解読が自動化されて初めて、本当の意味での「読解」が可能になるのである。
このATを実際の教室指導に応用したのが、Samuelsが1979年に提唱したRR法である。同じ文章を何度も繰り返して読むことで、語の認識を自動化し、読む速さを高めようというものだ。そしてこのRRには大きく分けて二つのやり方がある。一つは「非補助繰り返し読み(Unassisted Repeated Reading、UARR)」で、学習者が音声などの補助なしに黙読を繰り返す方法である。もう一つは「音声補助繰り返し読み(Audio-Assisted Repeated Reading、AARR)」で、学習者がネイティブスピーカー等の音声を聴きながら同時に文章を読み進める方法だ。前者はAnderson(1983)が、後者はTaguchi(1997)らがそれぞれEFL文脈に適用・展開してきた。
ところが、これだけ多くの先行研究が存在しながら、UARRとAARRを同一の研究の中で直接比較した研究は、これまで一件も存在しなかったと著者たちは指摘する。それぞれの手法を別々に検証した研究はあっても、同じ条件下で「どちらが効果的か」を問うた研究がなかったのである。本論文はその空白を埋めるべく設計された。
研究の設計―公正な比較を実現するための工夫
研究はベトナム南部のInternational University(Vietnam National University系列)に在籍する学部1年生(第2学期)を対象に実施された。英語専攻の学生50名が最終的に25名ずつの二つのグループに分けられ、一方がUARR、もう一方がAARRの訓練を受けた。
この研究の丁寧さが光るのは、グループ間の公平性を確保するための手続きにある。まず、Betts(1946)の「Five Finger Test」を用いて各学習者の読みのレベルを事前に把握し、事前テストとして第1回授業時の初回読み速度(1分間に読める語数、wpm)を計測した。次に、この事前読み速度をもとに「マッチング」を行い、読速が近い学習者同士をペアにすることで、二つのグループが統計的に同等であることを担保した。結果として、UARR群の平均は252.92 wpm、AARR群は252.5 wpmと、ほぼ同一の出発点が確認されている。
教材には、MacmillanのL. A. Winnerという1冊のグレイデッド・リーダー(読みやすさに配慮して語彙・文法・文の長さ等が調整された学習用読み物)だけが使用された。これは先行研究でしばしば問題となってきた「複数教材を使うことによる語彙の重複不足」という弱点を意図的に回避するためだ。同一テキストを使い続けることで、語彙への繰り返し接触が保証され、自動化が促進されやすくなる。
UARR群は5日間、計60回の繰り返し読みを行った。1分間の黙読を4回繰り返すことを1パッセージあたりの単位とし、1セッション(1日)につき3パッセージ(計12回読み)を実施する形だ。AARR群は12日間、同じく計60回の繰り返し読みを行った。こちらはTaguchi流の手順に則り、まず自分で読み時間を計測し、次に音声を聴きながら2回、最後に再び自分で時間を計りながら2回読むという5回1セットの手順を採用している。両群とも「60回の繰り返し読み」という総量を一致させており、この点に研究設計の誠実さが感じられる。
また、本研究では読解問題を課さないことが意図的に選択されている。先行研究(Carver, 1992; Gorsuch & Taguchi, 2008)では、事後に理解度テストが行われると予測した学習者が読速を落とす傾向が指摘されており、それを避けるための判断である。読速の純粋な測定にこだわったこの姿勢は、研究の内的妥当性を高めている。
結果―AARR群が大差をつけて上回る
結果は明快だった。UARR群の平均読速は事前252.92 wpmから事後300.64 wpmへと、平均47.72 wpm伸びた。AARR群は252.5 wpmから329.77 wpmへ、なんと平均77.27 wpm増加した。どちらの伸びも統計的に有意(p < 0.001)であり、両手法がともに読速向上に有効であることが示された。そのうえで、二群間の差を検定したところ、AARR群の伸びがUARR群のそれを統計的に有意に上回ることが確認された(Mann-Whitney U検定、U = 133、p < 0.001、r = 0.49)。効果量r = 0.49は中程度から大きい効果量に相当し、実践的にも意味のある差といえる。
数字で言い換えれば、AARR群はUARR群より約1.6倍の速度向上を達成したことになる。短い期間でこれほどの差が出た事実は、音声補助の有無という一つの要因がいかに大きな違いをもたらすかを如実に示している。
なぜAARRのほうが効果的なのか―考察とその妥当性
著者らは、AARRがUARRを上回った理由について詳細な理論的考察を展開しているわけではないが、この結果は自動化理論の観点からも十分に説明可能である。音声補助があると、学習者は流暢な読みのモデルを耳と目で同時に受け取ることになる。これはいわば「お手本のペースに合わせて走る」ようなもので、自分一人では出せないスピードへと引き上げられる効果が期待できる。陸上競技で言えば、ペースメーカーと走ることで自己ベストを更新しやすくなるのに似ている。
一方、UARRでも有意な効果が出たことは見逃せない。音声もなく、ただひたすら同じ文章を繰り返し読むという地道な作業でも、約48 wpmという実質的な伸びが得られた。授業準備に多くの時間を割けない教師にとって、UARRは「準備ゼロで始められる読速向上法」として依然として価値がある。機器の故障や音声素材の準備が困難な状況では、UARRは現実的な選択肢として機能する。
ただし、著者たち自身も認めているように、この研究には看過できない制限事項がある。まず、AARR群で使用した音声は161 wpmで収録されており、これは両群の事前読速(約253 wpm)をはるかに下回る速さだった。先行研究(Taguchi et al., 2012)では、音声のペースに引きずられることが学習者の理解を妨げるとの指摘もある。今回の音声は逆に「遅すぎる」可能性があり、それでもAARRが効果を示したという点は興味深い。より高速の音声を用いた場合の効果は、今後の研究課題として残されている。
次に、治療期間の非対称性も気になる点だ。UARRは5日間、AARRは12日間の実施となっており、総繰り返し回数(60回)を揃えることを優先したために、治療に費やした日数は大きく異なる。この「時間的長さ」の違いが何らかの交絡変数として作用した可能性は否定できない。
日本の英語教育現場への示唆
この研究から日本の英語教育関係者が学べることは多い。まず率直に言えば、日本の中学・高校・大学の英語の授業で「読む速さ」が体系的に指導されることは、いまだ少ない。文法・語彙・読解問題という三点セットで授業が構成されることが多く、「同じ文章を何度も読む」という発想は、どちらかといえば「非効率」とみなされる空気すらある。しかしこの研究が示すように、繰り返し読みは決して時間の無駄ではなく、自動化という認知プロセスを促進する合理的な手法なのである。
特に大学の英語教育においては、リーディングの授業でグレイデッド・リーダーを用いたRRを導入することは、比較的容易に実現できる。音声CDやデジタル音声が付属するグレイデッド・リーダーは日本でも広く入手可能であり、AARRの実施に必要な環境はすでに多くの教室に整っているといってよい。スマートフォンのアプリやYouTubeに上がっているオーディオブックを活用すれば、個別の音声プレーヤーすら不要な場合もある。
また、本研究で採用されたBettsのFive Finger Testは、学習者の読みのレベルを簡便に把握できる手法として注目に値する。教師が100語程度のテキストを5~6段階の難易度で用意し、学習者に読ませて未知語の数を確認するだけで、その学習者に適した読み物のレベルが分かる。教材選定の際の「肌感覚」を少し科学的に裏付けるツールとして、日本の教育現場でも応用しやすいのではないだろうか。
さらに、本研究が読解問題を意図的に排除したという点も、日本の現場への問いかけを含んでいる。「読んだあとに必ず問題を解かせる」という習慣が染みついていると、学習者は常に「問われることを見越して読む」クセがつく。これはCarver(1992)が指摘するように、自然な読速の形成を妨げる要因になりうる。すべての授業で問題を解く必要はなく、ただ読むことだけを目的とした活動を取り入れることで、流暢な読みへの道が開けるかもしれない。
先行研究との対比―本研究の位置づけ
先行研究と比較したとき、本研究のもっとも重要な貢献は「二つの手法を同一研究内で直接比較した」という一点に尽きる。Baker(2015)はUARRのみを、Taguchi(1997)以降の一連の研究はAARRのみを対象としており、それぞれが独立した研究系譜を形成してきた。両者が「どちらが優れているか」という問いに答えることなく並走してきた状況に、本研究は初めてメスを入れた。
研究の質という観点では、先行研究が抱えていた問題点を丁寧に整理し、それらを可能な限り排除した設計になっている点が評価できる。サンプルサイズの小ささ(Taguchi & Gorsuch, 2002ではEG = CG = 9名)、グループ間のミスマッチ、教材の非一致(治療教材と事前・事後テスト教材が異なる)、語彙の重複不足、理解度テストによる速度低下といった問題が、本研究では意識的に回避されている。こうした先行研究の弱点を踏まえたうえで設計された本研究は、方法論的な信頼性において一段上に位置する研究といえる。
一方で、ベトナムという特定の文化・教育文脈に限定されたサンプルであることは、外的妥当性の観点からは制限となる。ベトナムの大学生と日本の大学生では、英語学習歴、母語の特性(ベトナム語は声調言語、日本語は非声調言語)、読み書きの文化的背景など、さまざまな要因が異なる。したがって、本研究の結果を日本の英語学習者にそのまま一般化することには慎重であるべきだが、それは「参考にならない」ということではなく、日本を対象とした追試研究の必要性と可能性を示しているとみるべきだろう。
残された課題と今後の方向性
著者自身が認めているとおり、本研究にはいくつかの課題が残されている。まず、本研究で測定されたのはあくまで「同一テキスト内での読速向上」であり、新しいテキストへの転移(generalization)は測定されていない。読速の向上が別のテキストにも波及するかどうかは、教育実践の観点から非常に重要な問いである。
また、理解度(comprehension)が一切測定されなかったことは、一定の合理性があるとはいえ、読速と理解度のトレードオフという問題を曖昧にしてしまう。速く読めるようになったとして、それが理解を犠牲にしていないかを確認することは、教育的文脈では欠かせない視点だ。理解度を測定しつつも読速への影響を最小限に抑える測定方法の開発は、今後の研究課題として重要性が高い。
さらに、AARRで用いた音声の速度(161 wpm)が参加者の読速(約253 wpm)を大幅に下回っていた点は、本研究のAARRが本来の「音声に引っ張られながら読む」という設計趣旨から外れていた可能性を示唆する。音声のペースを学習者の読速に合わせたり、段階的に上げていったりするような適応的な設計が、今後の研究で検討されるべきだろう。
加えて、本研究はグレイデッド・リーダーという特定ジャンルの素材のみを使用している。説明文、論説文、新聞記事、学術論文など、異なるジャンルや難易度のテキストでも同様の効果が得られるかどうかは、未知のままである。大学での学術的な英語読解を目的とするEAP(English for Academic Purposes)の文脈などでは、ジャンルの違いによる効果の変容が大いに気になるところだ。
総評―シンプルだが確かな一歩
本論文は、派手さよりも堅実さを選んだ研究だといえる。扱うのは「繰り返し読み」という古典的な手法であり、変数も「読む速さ」という一点に絞られている。しかし、先行研究の問題点を丁寧に整理し、それを踏まえた方法論で「二つの手法の直接比較」という未踏の問いに答えたことは、学術的に誠実で価値ある貢献といえる。
日本語のことわざに「急いては事を仕損じる」というが、英語の読速向上は逆に「意識してでも速く読む練習をしなければ、いつまでも遅いまま」という側面がある。本研究が示すのは、そのための手法として音声補助がある場合とない場合のどちらも有効であり、特に音声補助を用いたほうが効果が大きいという、教育現場に直接役立つ知見である。
日本の大学英語教育では、近年、多読(Extensive Reading)が普及しつつあるが、本研究が対象とする多回読み(Repeated Reading)はその補完的存在として機能しうる。「たくさん読む」ことと「同じ文章を何度も読む」ことは、一見矛盾するようで、実は自動化という共通の目標に向かう二つの道である。教育関係者が本研究を手がかりとして、自分の教育文脈に合った読速向上の実践を試みるならば、この論文の著者たちの努力は十分に報われることになるだろう。
Pham, N. Y. V., Baker, J. R., & Nguyễn, T. (2024). Comparing the effects of two repeated reading methods on EFL learners’ reading rates. Humanities and Social Sciences Communications, 11, Article 456. https://doi.org/10.1057/s41599-024-02793-0
