「英語の授業中は英語だけ使いなさい」。日本の英語教育現場では、こんな指示が今も当たり前のように飛び交っています。教師も生徒も、母語である日本語を使うことに、どこか後ろめたさを感じている。そうした空気は、英語教育の長い歴史の中で醸成されてきたものです。しかし、その「常識」を根本から問い直す研究が世界各地で蓄積されつつあります。今回紹介するYuzluとDikilitasによる論文 “Translanguaging in the Development of EFL Learners’ Foreign Language Skills in Turkish Context”(2021年、Innovation in Language Learning and Teaching誌掲載)は、まさにその問い直しに真正面から取り組んだ意欲的な実証研究です。

研究の背景―「母語禁止」という常識はどこから来たのか

英語教育の歴史を振り返れば、20世紀の大半を支配していたのは文法訳読法(Grammar Translation Method、以下GTM)でした。テキストを精読し、訳し、文法規則を暗記するあの方法です。日本の多くの読者には馴染みが深いでしょう。その反省として登場したのがコミュニカティブ・ランゲージ・ティーチング(Communicative Language Teaching、以下CLT)です。1970年代以降、世界の英語教育をリードしてきたこのアプローチは、「教室が目標言語の環境を再現すべき」という考え方を基盤に持ち、授業中の母語使用を事実上タブー視してきました。

この「モノリンガル原則」とも呼ぶべき思想は、Bakhtinが提唱したモノグロシア(単一言語イデオロギー)の影響を色濃く受けており、Garcia(2009)はこれを「二言語のそれぞれについて、単一言語話者の規範に従った能力を求めること」と定義しています。つまり、英語を学ぶ場では英語だけを使い、英語母語話者のような話し方を目指せという、ある意味で非常に厳格な要請です。しかし、考えてみれば、母語を一切封じて外国語だけで学ぼうとすること自体、人間の自然な認知プロセスに反しているのではないでしょうか。

トランスランゲージングとは何か―コードスイッチングとの違い

この問いに答えようとするのが、「トランスランゲージング(translanguaging)」という概念です。もともとはウェールズの教育者Williams(1996)が提唱した教授法的実践で、二言語教育において意図的に読み書きの言語を切り替えることを指していました。それをGarcia(2009)が理論的に発展させ、言語を動的に統合する学習プロセスとして再定義しました。

ここで重要なのは、トランスランゲージングが単なる「コードスイッチング(場面に応じた言語の切り替え)」や「翻訳」とは本質的に異なるという点です。Lewis、Jones、Baker(2012)は、トランスランゲージングが学習者を能動的な意味構築へと誘う新しい機能を持つと指摘しています。たとえば日本語と英語を使って概念を理解し、その理解を英語で表現するという一連のプロセスは、単に言語を切り替えているのではなく、複数の言語リソースを統合して認知活動を行っているのです。Wei(2018)はこれを「言語の実践的理論」と呼び、言語を多言語的・多記号的・多モーダルなリソースとして捉え直す必要性を説いています。

研究のデザイン―何を、どのように調べたのか

さて、本論文の中心的な問いは三つです。GTMを受けてきた生徒に対してトランスランゲージングは有効か。CLTを受けてきた生徒に対してはどうか。そして、生徒たちはトランスランゲージングをどのように経験したのか。

研究はトルコ北部の高校で行われました。第一著者のYuzluは現職の英語教師でもあり、17年の指導経験と博士課程での二言語教育・トランスランゲージングの訓練を持つ人物です。第二著者のDikilitasはノルウェーのスタヴァンガー大学で教育学の教授を務めており、教師教育や実践的研究を専門としています。研究者と実践者が協働しているという点は、この研究の信頼性を高める要素のひとつです。

参加したのは、中学年相当のpre-intermediate(14〜15歳)と上位学年のupper-intermediate(16〜17歳)の生徒それぞれ60名、計120名。各レベルで半数が実験群(トランスランゲージング指導)、残り半数が統制群(それぞれGTMまたはCLT)に割り当てられました。10週間・週4時間、合計40時間の指導が実施され、事前・事後テストでリスニング、スピーキング、リーディング、ライティングの四技能が評価されました。準実験的混合研究法(quasi-experimental mixed methods design)を採用し、定量と定性の両面から分析が行われている点は評価に値します。

実験群の授業では、GarciaのモデルにもとづきトルコNG語と英語を50対50の割合で使用し、協働対話、バイリンガル読解教材、グラフィックオーガナイザー、プレビュー・ビュー・レビューなど多様な実践が組み込まれました。一方、GTM統制群はトルコ語80%・英語20%での翻訳中心授業、CLT統制群は英語のみ100%の授業を受けました。

定量的結果―トランスランゲージングは本当に効くのか

結果は明快です。pre-intermediateの実験群は事前テスト平均74.77点から事後テスト90.07点へと大幅に上昇し、統制群(GTM)の84.63点を有意に上回りました。ANCOVAによる偏イータ二乗(η²)は0.566であり、これは「大きな効果量」を示しています。つまりトランスランゲージング指導が事後テストのスコアの分散の56%を説明しているということです。これはただごとではありません。

upper-intermediateの実験群も同様に、事前テスト75.40点から事後テスト87.60点へと有意に向上し、CLT統制群の84.87点を上回りました。こちらの効果量は η²=0.228で、やはり「大きな効果」に分類されます。興味深いのは、GTM群との比較の方が効果量が大きかった点です。もともとGTMは流暢さや実際のコミュニケーション能力の育成に弱いとされており(Newson, 1998)、そのギャップを埋める余地が大きかったとも解釈できます。一方で、CLT群との差が小さかった理由としては、CLTが既にコミュニケーション活動を重視しているため、トランスランゲージングとの差異化が難しかった可能性があります。

Cohens’ dの値はGTM比較で1.03(大きい効果)、CLT比較で0.53(中程度の効果)。統計的な頑健性という観点からは、サンプルサイズが各群30名と小さいことや、全クラスを同一教師が担当していること(教師効果の混入)など、解釈に留意が必要な点も存在します。著者たちも最後にこの限界を認めており、その誠実さは好感が持てます。

生徒の声が語るもの―四つの次元から見た学習体験

定量的な成果と並んで、本研究のもうひとつの柱は生徒へのインタビュー分析です。実験群から各10名、計20名の生徒が半構造化インタビューを受け、その語りからグラウンデッド・セオリーに基づいて四つの主テーマが抽出されました。

「構成的次元(constructive dimension)」では、バイリンガル教材を通じて意味をつかみやすくなった体験、ブレインストーミングを自由な言語で行えたことでライティングの構成が楽になったこと、語彙習得の促進などが報告されています。「認知的次元(cognitive dimension)」では、自分が実は英語で話したり理解したりできることへの気づき、言語システムへの探究心の芽生え、そしてバイリンガルとしての自己認識の形成が挙げられました。ある生徒は「これが初めて英語で話せた瞬間だった」と述べており、これは単なる試験スコアの向上を超えた変化といえます。

「インタラクティブ次元(interactive dimension)」では、教師や友人との本物のやりとりが生まれたこと、英語だけを強要される場面では生じていた「フリをする」コミュニケーション(先生が近くに来たときだけ “Really?” “I think so.” と言う、という生徒の告白は非常にリアルです)からの解放が語られました。「情意的次元(affective dimension)」が最も頻繁に言及されており、安心感・自己効力感・モチベーションの向上・学習の楽しさなどが多く報告されています。インタビュー回答者の約5分の4がトランスランゲージングに肯定的に反応した一方、約5分の1は「英語学習に他の言語を介入させるべきではない」という根強いモノグロシア的態度を示しました。この少数意見こそ、教育現場での実践導入にあたって直視すべき課題でしょう。

日本の英語教育への示唆―「英語だけ」の呪縛を解くために

この研究を日本の文脈に引き寄せたとき、何が見えてくるでしょうか。日本の学校英語教育では、学習指導要領の方針として「英語による授業実施」が打ち出されており、特に高校では「授業は英語で行うことを基本とする」という指針が長らく議論を呼んできました。しかし現実には、多くの教師がこの方針と生徒の実態との間で葛藤を抱えています。英語だけで授業をしても、生徒には意味が届かない。かといって日本語ばかり使えばよいわけでもない。その板挟みに悩む先生は少なくないはずです。

本研究が示しているのは、「母語を使うこと」と「英語力を伸ばすこと」が矛盾しないという実証的な証拠です。むしろ、母語を戦略的・体系的に活用することで、四技能すべてに有意な向上が見られた。これは日本の現場にとって、非常に力強いメッセージです。日本語でブレインストーミングをしてから英語でエッセイを書く、日本語と英語の対訳教材でリーディングに取り組む、などの実践は、本研究が示したトランスランゲージング活動と本質的に重なります。

また、本研究で最も頻繁に挙げられた情意的効果(安心感、モチベーション、自信)は、外国語不安(foreign language anxiety)の高さで知られる日本の英語学習者にとって、特に重要な示唆を持ちます。「英語で話せなかったらどうしよう」という恐怖が、発言を封じている。その状況に対してトランスランゲージングが提供するのは、失敗への恐れを和らげるセーフティネットです。

関連研究との対比―何が新しく、何が課題か

トランスランゲージングに関する先行研究としては、Creese and Blackledge(2010)のバイリンガル教室における研究、Galante(2020)のスピーキング・リスニングへの効果研究、Sun and Lan(2020)のライティング研究などがあります。本研究の独自性は、四技能を総合的に測定していること、かつGTMとCLTという異なる教授法との比較を同時に行っている点にあります。こうした多面的な比較設計は、単一のアプローチとの対照実験が多い先行研究と一線を画しています。

ただし、いくつかの方法論的懸念も指摘できます。まず、全クラスを同一教師が担当しているため、指導効果と教師効果が分離できていません。優秀な教師による特定の指導法が効果を発揮した可能性は否定できません。次に、サンプルが「高校の上位層(97パーセンタイル以上)」に限定されており、習熟度や社会経済的背景が多様な生徒への一般化には注意が必要です。さらに、10週間・40時間という比較的短期間の介入であるため、長期的な定着効果については別途検証が求められます。

また、インタビュー対象者の選定において、「事後テストスコアの幅が広くなるように」10名を選んだとありますが、具体的な選定基準の透明性はやや不足しています。とはいえ、グラウンデッド・セオリーによるコーディング手順の詳述、インターコーダー信頼性90%の確保、メンバーチェッキングの実施など、質的分析の信頼性確保への努力は丁寧に行われています。

トランスランゲージングを「実践」に落とし込むために

理論的に正しくても、現場で実践できなければ意味がありません。本研究の付録(Appendix B)に示された実践例は、現場教師にとって具体的なヒントになります。「ホリデーの種類についてペアで自由な言語でブレインストーミングし、英語でセマンティックマップを作る」「自分の良い思い出を自由な言語で書き、ペアで読み合って、英語での物語の構成を考える」。これらは難しい設備も特別な教材も必要とせず、明日からでも試せる活動です。

カリキュラム、教材、評価基準にトランスランゲージングを組み込むべきという著者たちの提言は、政策レベルの変革を要求するものですが、個々の教師レベルでも小さな一歩から始められます。教師自身が「母語を使うことへの罪悪感」から自由になること、それが第一歩かもしれません。Garciをはじめとする研究者たちが繰り返し指摘するように、言語の境界線は人間が作り出した社会的構築物であり、脳の中では複数の言語が相互に作用しながら機能しているのです。

締めくくりに―「完璧な英語話者」幻想を超えて

本研究は完璧ではありません。しかし、英語教育の現場に長年染みついた「母語禁止」の規範を揺さぶるには、十分な説得力を持っています。特に日本の文脈では、CLTの形式的な導入が進む一方で、生徒の実態に合った指導との乖離が指摘され続けてきました。本研究が示すトランスランゲージングの効果は、その乖離を埋める可能性のひとつとして真剣に検討されるべきです。

日本語を封じた教室の中で、生徒たちは「フリをすること」を学んできたのかもしれない。先生が来たときだけ “Really?” と言う、あの感覚。それを本研究のトルコの生徒たちも経験していた。そして、トランスランゲージングによってその呪縛が解けたとき、初めて本物のコミュニケーションが始まったという証言は、国境を越えて深く共鳴します。英語学習者が「二言語話者」としての自分を誇りに思える環境をつくること、それが次の英語教育の課題です。本論文は、その方向性を示す、誠実で意義深い一歩といえるでしょう。


Yuzlu, M. Y., & Dikilitas, K. (2021). Translanguaging in the development of EFL learners’ foreign language skills in Turkish context. Innovation in Language Learning and Teaching. Advance online publication. https://doi.org/10.1080/17501229.2021.1892698

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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