「授業中は英語だけで話しなさい」。日本の英語教室でも、こうした指示を耳にしたことのある方は多いでしょう。母語である日本語の使用を極力排除し、英語だけで授業を進めることが「良い英語教育」の証だという考え方は、いまだ根強く残っています。しかし、本当にそうなのでしょうか。今回紹介するのは、その前提を真正面から問い直すトルコの研究です。

論文の概要と研究者たちの背景

本論文は、Muhammet Yasar YuzluとKenan Dikilitas(2022)による “Translanguaging in the development of EFL learners’ foreign language skills in Turkish context” と題した研究で、Innovation in Language Learning and Teaching 誌(第16巻第2号、176–190ページ)に掲載されています。Yuzluはバフチェシェヒル大学の博士課程に在籍しながら、トルコ文部省の英語教師として現場に立つ実践者です。一方、Dikilitas はノルウェーのスタヴァンガー大学で教員養成・アクション・リサーチを専門とする教授であり、バイリンガル教育の理論と実践をつなぐ役割を果たしてきた人物です。Yuzluが博士課程でバイリンガル教育とトランスランゲージングについて学んだ経験が、この研究の直接的な動機になっていることは、論文の随所から伝わってきます。

トランスランゲージング(translanguaging)という概念は、聞き慣れない方もいるかもしれません。簡単に言えば、複数の言語を切り替えるのではなく、学習者が持つすべての言語資源を統合的・流動的に活用しながら意味形成や学習を行うという考え方です。ウェールズの教育者Williams(1996)が初めて導入し、Garcia(2009)によって理論的に精緻化されました。単なるコードスイッチング(言語の切り替え)とは異なり、両言語を意図的・体系的に、かつ対等な立場で教室活動に組み込む点に特徴があります。

研究の設計―4グループでの比較実験

この研究はトルコ北部の高校を舞台に、2018–2019年度の秋学期、10週間(週4時間、計40時間)にわたって実施されました。対象となったのは、合計120名の高校生です。準中級(14–15歳)の60名と上級(16–17歳)の60名に分かれ、それぞれのレベルで実験群(トランスランゲージング指導)と対照群(従来型指導)が設けられました。準中級の対照群は文法翻訳法(GTM)で、上級の対照群はコミュニカティブ・ランゲージ・ティーチング(CLT)で指導を受けた点がポイントです。つまり、トランスランゲージングを、日本でも長年使われてきた文法翻訳法と、近年主流とされてきたコミュニカティブ・アプローチの双方と比較する構造になっています。

実験群では、Garcia(2009)のモデルに基づき、英語とトルコ語をそれぞれ50%の割合で使用しました。協働的な対話、バイリンガル教材、語彙ウォール、グラフィックオーガナイザー、プロジェクト学習、プレビュー―ビュー―レビュー活動など、多様な実践が組み込まれました。四技能(リスニング・スピーキング・リーディング・ライティング)それぞれに、両言語を活用した具体的な活動が設計されており、単に「授業中に母語を使っていい」というだけでなく、その活用の仕方まで緻密に計画されていた点は注目に値します。

測定ツールとして、カリキュラムの目標に準拠した四技能テストが使用され、クロンバックα係数0.98という高い信頼性が確認されています。加えて、実験群の各レベルから10名ずつ、計20名の生徒に半構造化インタビューが実施されました。量的分析(対応サンプルのt検定および一元配置共分散分析―ANCOVA)と質的分析(グラウンデッド・セオリー)を組み合わせた混合研究法デザインが採用されています。

数字が示す明確な効果

まず量的な結果を見てみましょう。介入前は実験群と対照群のあいだに統計的な差はありませんでした。この均等性が確認されたうえで、10週間の指導が行われました。

準中級レベルでは、トランスランゲージング群の事後テスト平均は90.07点、GTM対照群は84.63点でした。ANCOVAによる効果量(偏η²)は0.56という大きな値を示し、事前テストを統制した後でも、実験群が得点の56%もの分散を説明することが確認されました。上級レベルでもトランスランゲージング群(87.60点)がCLT対照群(84.87点)を上回り、偏η²は0.22と、これも大きな効果として分類されます。

これらの数値は、10週間40時間という比較的短い介入期間を考えると、相当に大きな効果です。「たった10週間でこれほど差がつくのか」と驚く方もいるかもしれませんが、それだけ学習者の内的リソースを解放するアプローチが強力であることを示唆しています。特にGTMとの比較における効果量(0.56)の大きさは、文法訳読に慣れ親しんだ日本の英語教育環境と重なる部分があり、説得力を持って響きます。

生徒の声が語る4次元の恩恵

インタビュー分析から浮かび上がったテーマは、構築的・認知的・相互作用的・情意的という4つの次元に整理されています。全166の回答コードから最終的に4つの主テーマと15のサブテーマが導き出されました。評価者間信頼性は90%と高い水準を保っています。

構築的次元では、トランスランゲージングが意味形成を助け、自律的な学習を促したとの声が多く聞かれました。ある生徒は「ブレインストーミングはどの言語でもいい。どの言語でも最初に書けることが、考えを整理してライティングを楽にしてくれた」と語っています。ライティングでまず母語で考えを整理してから英語に移るというプロセスは、多くの日本人学習者にも思い当たる節があるのではないでしょうか。

認知的次元では、自分の言語的レパートリー全体にアクセスできることへの気づき、言語システムの探索、バイリンガルとしての自覚の高まりなどが報告されています。「英語が話せると初めてわかった。これまで話そうとしたことすらなかった」という生徒の言葉は、制約のある環境がどれほど潜在能力を抑え込んでいたかを端的に示しています。

相互作用的次元では、真正のコミュニケーションが生まれたという感想が目立ちました。「先生の近くにいるときだけ”really”とか”I think so”って言って、実は何も理解していなかった」という告白は、英語オンリーの授業でどれだけ多くの「見せかけのコミュニケーション」が起きているかを赤裸々に映し出しています。日本の英語授業でも、似たような場面を経験された先生方は少なくないはずです。

最も言及頻度が高かったのが情意的次元(密度53)で、安心感・快適感・動機の持続・楽しさ・自発的参加などのサブテーマが含まれます。「英語で話すことを強いられなかったから、準備ができたと感じたとき、自然と英語で表現するようになっていた」という生徒の言葉は、外発的強制から内発的動機への転換を示す好例です。一方で、約5分の1の生徒は「英語学習に他の言語を使うべきではない」と述べており、深く根づいた単言語主義的な信念が一部の生徒に存在することも正直に報告されています。

先行研究との対比―単言語主義への挑戦

GTMとCLTは、方法論的には対極に見えますが、いずれも単言語主義的イデオロギーを前提としているという点で共通しています。GTMは翻訳を行うとはいえ、母語は外国語の意味を解読するための「道具」に過ぎず、GTM自体が語学力の向上を目的とした体系的な実践として位置づけられているわけではありません。CLTは英語のみの使用を前提とし、母語をなるべく排除しようとします。Inbar-Lourie(2010)が指摘するように、現行の語学教授法の多くは「バイリンガルやマルチリンガルの選択肢を無視ないし抑圧し、単言語主義的な政策を支持している」という現実は、日本の英語教室にも広く当てはまります。

Garcia and Wei(2014)は、トランスランゲージングを単なる教授法の一つとしてではなく、言語観そのものの転換として論じています。本研究はその理論的枠組みを実験的に検証した数少ない研究の一つであり、EFL(外国語としての英語)文脈でのエビデンスを蓄積するという意味で貴重です。先行研究の多くはバイリンガル教育や移民コミュニティを対象としていましたが、本研究は日本と類似した単一言語文化圏のトルコという文脈で行われた点で、日本への適用可能性を考えるうえでも参照価値があります。

日本の英語教育現場への示唆

日本では2011年の学習指導要領改訂以降、「英語の授業は英語で行うことを基本とする」という方針が掲げられ、英語オンリーの授業が推奨されてきました。この方針はCLTの精神に沿うものであり、教師が母語(日本語)を使うことへの罪悪感や、保護者・管理職からの「英語だけで教えている先生は優秀」という評価まで生まれています。しかし、本研究の知見は、そのような単言語主義的な前提を再考する機会を与えてくれます。

もちろん、「だから授業中に日本語でいくら話してもいい」という話ではありません。重要なのは、母語の使用を体系的・意図的・平等に設計することです。Appendix Aで示されているように、実験群では英語・トルコ語がそれぞれ50%という対等な割合で使用され、その比率は単なる偶然ではなく、学習者の言語空間を尊重するという教育哲学に基づいていました。対照的にGTM群は母語80%・英語20%、CLT群は母語0%・英語100%という極端な配分です。この非対称性こそが、従来の教授法が抱える問題の核心とも言えます。

日本語と英語の差異が大きい日本の文脈でも、母語を適切に活用することで語彙の定着、概念の理解、ライティングのプランニングが促進できる可能性があります。たとえば、授業中に日本語でブレインストーミングを行ってから英語でエッセイを書く、あるいは英語のリスニング教材を聴いた後に日本語で内容確認をし、再び英語で意見を述べるという活動設計は、実はトランスランゲージングの精神に沿っています。こうした実践に理論的裏づけと実証的根拠を与えてくれる点で、本論文は日本の英語教師にとって参照に値する文献です。

研究上の課題と限界

本研究の質の高さは認めつつも、いくつかの留意点も指摘しておく必要があります。まず、参加者が「高校受験で上位3%以内」という高学力層に限定されている点です。優秀な生徒ほど学習方法に柔軟に適応できる可能性があり、すべての学力層に同様の効果が得られるかどうかはわかりません。

また、4つのクラスすべてを同一教師(Yuzlu自身)が担当しているため、教師効果を完全に排除できない点も考慮が必要です。Yuzluは博士課程でトランスランゲージングを専門的に学んでいるため、実験群の指導に無意識のバイアスが入る可能性を著者自身も認めています。ただし、「量的なスコアが研究者の主観を最小化する」という反論も示されており、この点については読者が批判的に判断する余地があります。

さらに、10週間という介入期間の短さも議論の余地があります。長期的な効果の持続性や、四技能それぞれを個別に分析した詳細なデータが提示されていれば、さらに説得力が増したでしょう。四技能の合計スコアのみで比較している点は、どのスキルに対して特に有効かという情報を隠してしまっています。

学術的貢献と今後の方向性

こうした限界を踏まえても、本研究の学術的貢献は小さくありません。EFL文脈でのトランスランゲージング効果を、GTMとCLTの双方と比較した準実験研究は非常に少なく、本研究はその空白を埋めるものです。質的データが量的結果の解釈を補完するという混合研究法の設計も適切であり、数字の背後にある学習者の経験を可視化することに成功しています。

今後は、学力層を広げた対象での追試、長期的な縦断研究、スキル別の効果測定、そして教師の認識・訓練に焦点を当てた研究が期待されます。また、トランスランゲージングをどの程度まで体系的に組み込めば最大の効果が得られるか、最適な言語使用比率はどうあるべきかという問いも、今後解明されるべき重要な課題です。

英語教育における「正解」を一つに絞ることは難しいですが、学習者が持つすべての言語資源を「有害なもの」として排除するのではなく、「活用すべき資産」として尊重するという発想の転換は、理論的にも実証的にも支持されつつあります。本論文は、その転換を日本の英語教育関係者が真剣に検討するための、具体的で信頼性の高い手がかりを提供してくれています。母語を封じることで英語が伸びるのか、それとも母語を活かすことで英語が伸びるのか。この問いへの答えは、少なくともトルコの高校生120名のデータにおいては、明確に後者を指し示しています。


Yuzlu, M. Y., & Dikilitas, K. (2022). Translanguaging in the development of EFL learners’ foreign language skills in Turkish context. Innovation in Language Learning and Teaching, 16(2), 176–190. https://doi.org/10.1080/17501229.2021.1892698

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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