読解力というのは、突然空から降ってくるものではありません。子どもたちが本を開いて意味を理解できるようになるまでには、長い年月をかけて培われた「話す・聞く」力、すなわち口頭言語の基盤が必要です。このことは多くの研究が示してきた事実であり、日本の英語教育においても、文法や読み書きに偏りがちな指導に対する反省として、近年「話すこと・聞くこと」の重要性が改めて注目されています。

Spencer, Moran, Thompson, Petersen, Restrepoの5名による本論文 “Early Efficacy of Multitiered Dual-Language Instruction: Promoting Preschoolers’ Spanish and English Oral Language”(2020年、AERA Open掲載)は、まさにその口頭言語の基礎を就学前のうちに築こうとする試みを報告しています。対象は、家庭語がスペイン語で英語を学習中の3歳から5歳の幼児81名。アメリカ西南部のHead Startプログラム(低所得家庭向けの連邦政府の幼児教育プログラム)に通う子どもたちです。

筆頭著者のTrina D. Spencerはサウスフロリダ大学の准教授で、多層的支援システム(MTSS)や早期言語・リテラシー教育を専門とする研究者です。共著者には、応用言語学や量的分析、コミュニケーション障害、スペイン語バイリンガル指導の専門家が揃い、まさに学際的なチームによる研究といえます。この研究は、米国教育科学研究所(IES)から約148万ドルの助成を受けており、その規模からも社会的注目の高さがうかがえます。

研究の構造―二つの柱、MTSSとデュアル・ランゲージ

本研究の設計を理解するうえで欠かせない概念が二つあります。一つは「多層的支援システム(Multitiered Systems of Support: MTSS)」、もう一つは「デュアル・ランゲージ(Dual-Language)指導」です。

MTSSとは、すべての子どもをまず「Tier 1(学級全体への指導)」でカバーし、より多くの支援を必要とする子どもには「Tier 2(小グループへの集中的介入)」を提供するという段階的な支援の枠組みです。障害の有無にかかわらず、困難を抱えるすべての子どもに支援が届くという点で、日本でいえば「通常学級におけるきめ細かい対応」や「個に応じた指導」の考え方に近いといえます。ただし日本の教育現場では、こうした段階的かつシステム的な言語支援の仕組みが十分に確立されているとは言い難く、その意味でこの研究は示唆に富んでいます。

もう一方のデュアル・ランゲージ指導とは、子どもの母語(L1)を積極的に活用しながら第二言語(L2)の習得を促すアプローチです。研究チームが開発した指導プログラムは「Puente de Cuentos(物語の橋)」と名付けられており、英語とスペイン語それぞれに対応した36話の物語を中心に構成されています。各物語には目標語彙が二語ずつ盛り込まれ、接続詞などの複雑な文構造の習得も意図的に組み込まれています。「物語の橋」という命名は単なる詩的表現ではなく、L1からL2への「架け橋」という指導哲学を体現しています。

典型的な週の実施内容は、英語の大グループ授業が2回、スペイン語の小グループ授業が2回、英語の小グループ授業が2回というものでした。スペイン語の小グループ授業が英語のそれに先行するよう設計されていたのは、L1からL2への言語間転移(cross-language transfer)を意図的に促すためです。この「先にスペイン語で学び、次に英語で学ぶ」という順序性は、単なる配慮ではなく、言語習得理論に基づく戦略的選択です。

研究デザインと測定の工夫

研究は25教室を無作為に治療群(12教室)と統制群(13教室)に割り付けるクラスター無作為化デザインを採用しています。測定には「近接指標(proximal measures)」と「遠隔指標(distal measures)」の両方が使われており、この区別は研究の信頼性を高める重要な設計上の工夫です。

近接指標とは介入の内容に直接関連した測定で、ここでは物語の再話(narrative retell)と目標語彙の受容的理解が用いられました。遠隔指標はより汎用的な言語能力の測定で、物語理解テスト(ASC)や標準化された言語検査(CELF-P)のサブテストが使用されました。遠隔指標で効果が見られるということは、介入の効果が単なる「習ったことを覚えた」レベルを超え、より広い言語能力の向上を示すものとして、研究上特に意義があります。

対象児の選定にも明確な基準が設けられており、英語の物語再話スコアが一定以上だったり、英語の語彙力が年齢相当だったりする子どもは除外されています。つまり、英語の発達に課題を持つ子どもたちを意図的にターゲットとした研究であり、「最も支援を必要とする層に届くか」という問いに正面から向き合っています。

結果の読み解き―何がわかったのか

結果は全体として治療群に有利なものでした。英語の物語再話における効果量はg = .85という大きな値を示し、スペイン語でもg = .48という中程度の効果が確認されました。近接語彙測定では、英語の三単元すべてでスペイン語の二単元で統計的に有意な差が認められ、効果量は.46から.63の範囲でした。

遠隔指標においても、物語理解テスト(ASC)でg = .49という中程度の効果が見られました。また、CELF-PのSentence Structure(文構造)サブテストでは英語(g = .55)とスペイン語(g = .63)の両方で有意な差が見られています。これは特筆すべき点です。なぜなら、直接教えていないはずの標準化言語検査の項目でも改善が見られたことは、指導の効果が「知識の暗記」を超えた汎化を示唆しているからです。

一方で、Expressive Vocabulary(表出語彙)のサブテストでは両群に有意差が見られませんでした。これはCELF-Pの語彙項目(「泣く」「ニンジン」「消防士」など)が、Puente de Cuentosで教えた語彙(「狭い」「震える」など)とは全く異なる種類のものであることが理由として挙げられています。つまり、一般的な教室環境での英語指導で自然に習得できる語彙と、意図的な指導が必要な語彙とは別物であり、標準化語彙テストが介入の効果を反映しにくい場合があるという、測定の限界の問題が浮かび上がっています。これは日本でも語彙力の評価に取り組む研究者や実践者が真剣に向き合うべき論点です。

実現可能性の検証―現場に根ざした視点

本研究のもう一つの重要な貢献は、プログラムの「実現可能性(feasibility)」を丁寧に検証した点にあります。どれだけ優れたプログラムでも、現場の教師が使いこなせなければ意味がありません。この「絵に描いた餅」になりがちな問題を、研究者たちは真剣に受け止めています。

介入の忠実度(fidelity)は非常に高く、スペイン語小グループ授業では平均97%前後、英語小グループ授業でも同等の数値が記録されています。大グループ授業でも91〜97%という高い水準でした。また、教師が授業を中断したり省略したりするケースはほとんどなく、計画された授業は5月中旬までにすべて実施されていました。研究参加者の85%以上がTier 2介入の予定授業の85%以上に出席していたことも記録されており、このような詳細なドーズ(介入量)の記録は、研究の再現性を高める上で重要です。

Usage Rating Profile(URP-I)の結果によれば、教師たちはプログラムを「受け入れやすい」「理解しやすい」「実施可能」と評価しており、多くが研究終了後も継続して使用する意向を示しました。実際の指導哲学との親和性を問う設問では4.42という高い平均値が記録されており、プログラムが教師の価値観と乖離していないことが確認されています。

批判的考察―研究の限界と残された問い

もちろん本研究にも課題はあります。著者たち自身が率直に認めているように、これはパイロット段階の初期有効性研究(early efficacy study)であり、サンプルサイズは必ずしも十分とはいえません。81名という参加者数は、統計的検出力の観点から、いくつかの指標(特にスペイン語Unit Bの語彙やWord Structureサブテスト)で有意差が得られなかった可能性があります。

また、データ収集者が条件割り付けについてブラインドになっていなかった点も潜在的なバイアスの源として指摘されています。予算制約によりすべての研究補助者が観察とデータ収集の両方を担わざるを得なかったためですが、今後のより大規模な研究では条件分離が望まれます。

さらに、治療群の25教室のうち3教室にスペイン語を話せる教師がいなかったため、その教室の子どもたちは本来の「デュアル」指導ではなく英語のみの多層的指導を受けることになりました。このように、現実の教育現場での制約が研究の純粋性に影響を与えることは避けがたいことですが、だからこそ研究のエコロジカル・バリディティ(生態学的妥当性)として評価できる側面もあります。理想的な条件のみで行われた研究よりも、現実の制約の中での結果は実践的示唆が大きいといえます。

L1指導の効果を独立して測定していない点も今後の課題として明示されています。スペイン語指導があったから英語も伸びたのか、それとも英語指導の量そのものが決め手だったのか。この問いに答えるには、スペイン語条件・英語条件・デュアル条件の三群比較のような実験計画が必要です。研究チームもこの点を自覚しており、今後の研究課題として提示しています。

日本の英語教育への示唆

この研究は米国のスペイン語話者向けのものですが、日本の英語教育現場にとっても多くの示唆を含んでいます。

まず、「口頭言語の基盤を早期に育てる」という発想は、日本の小学校英語教育にも直結します。2020年度から小学校3・4年生での英語活動、5・6年生での英語教科化が全面実施されましたが、その指導において語彙や物語理解を中心に据えた系統的な口頭言語指導が十分に行われているかは疑問です。本研究が示すように、物語の再話という活動は語彙、文法、談話構造を統合的に扱える強力な教授法であり、日本の小学校英語でも積極的に取り入れる価値があります。

次に、母語を活用した外国語教育という観点です。日本では長らく「英語の授業は英語で」という方針が打ち出されてきましたが、本研究が示すように、L1(日本語)を戦略的に活用することでL2(英語)の習得が促進される可能性があります。特に、L1での物語理解やL1での概念形成がL2の習得を下支えするというSchemas理論的見地は、日本語と英語の間にも当てはまります。「英語だけで英語を教える」ことへの過度な固執が、実は習得の効率を下げていることもあるのです。

また、MTSSという枠組みは、日本の「通常学級における特別支援」や「個に応じた指導」の考え方を発展させる上で参考になります。英語の習得が遅れている子どもに対して、特別支援教育の枠外であっても、段階的・集中的な言語支援を提供できる仕組みを整えることは、日本の多様化する教室環境において切実な課題です。外国にルーツを持つ子どもたちが日本の学校に増えている現状を考えると、この研究の問題意識は決して他人事ではありません。

さらに、家族参加型の支援という視点も重要です。本研究では、家庭での活動(スペイン語でのストーリーテリングを促す活動)が治療群の成果向上に貢献した可能性が指摘されています。学校と家庭をつなぐ言語活動の設計は、日本の英語教育においてもまだ十分に開拓されていない領域です。

関連研究との対比

本研究はSpencerらの先行研究群(Spencer, Petersen & Adams, 2015; Spencer, Petersen, Slocum & Allen, 2015など)の延長線上にあり、先行研究では英語のみのナラティブ介入が試みられてきました。それらとの比較において、本研究の独自性はデュアル・ランゲージ化とMTSSの組み合わせという点にあります。特にスペイン語の語彙成績の改善は、先行研究では見られなかった新たな知見であり、家族参加活動とのセットがその鍵かもしれないという著者たちの考察は説得力があります。

Restrepo, Morgan & Thompson(2013)は語彙介入のデュアル・ランゲージ効果を示しており、本研究はそれをナラティブ指導に拡張したものといえます。また、Collier & Thomas(2017)の32年間にわたる大規模縦断研究がデュアル・ランゲージ指導の優位性を示してきた流れの中で、本研究は就学前の短期的な介入においてもその効果の片鱗を確認した点で意義があります。

Petersen, Thompsen, Guiberson & Spencer(2016)が示した「L2介入の効果がL1に転移する」という知見も本研究と整合しており、ナラティブ構造の言語間普遍性という理論的前提の妥当性を支持するものとなっています。

総評―「橋」を渡るための土台

Puente de Cuentos、すなわち「物語の橋」というプログラム名は、この研究が目指すものをよく表しています。子どもたちが一方の言語から他方の言語へと渡っていくための橋を、教師と家族が協力して架ける。そのプロセスを丁寧に記録し、効果と実現可能性の両面から検証した本研究は、初期有効性研究としての役割を十分に果たしています。

サンプルサイズの小ささやブラインドの欠如といった方法論上の限界は正直に開示されており、研究の透明性という点でも評価できます。何より印象的なのは、研究者たちが「現場で実際に使えるか」という問いを研究設計の中心に置いていることです。研究と実践の乖離を批判されがちな教育研究において、これは誠実な姿勢といえます。

日本の英語教育関係者にとって、この研究が最も強く語りかけるのは「言語習得は孤立した技能の積み上げではない」というメッセージです。語彙も、文法も、物語理解も、それらはすべて統合された言語活動の中で育まれます。そして、その活動を支える最良の土台は、子どもがすでに持っている言語―つまり母語―にほかなりません。英語教育が盛んになればなるほど、日本語という母語を大切にしながら英語を育てるという発想の重要性は増してくるはずです。本研究はその確信を、データをもって示した貴重な一石です。


Spencer, T. D., Moran, M., Thompson, M. S., Petersen, D. B., & Restrepo, M. A. (2020). Early efficacy of multitiered dual-language instruction: Promoting preschoolers’ Spanish and English oral language. AERA Open, 6(1), 1–16. https://doi.org/10.1177/2332858419897886

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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