「うちのクラスに来たスペイン語話者の子は、英語の文字は読めないけれど、スペイン語の本ならすらすら読む。あの読書経験は無駄なの?」

こんな疑問を持ったことのある先生は少なくないはずです。この問いに対して、研究はとっくに「いいえ、無駄どころか、それこそが英語読解力を育てる土台のひとつだ」と答えています。しかし、その答えが教育政策や日常の授業実践に十分届いているかといえば、残念ながらそうとは言いきれない現状があります。今回紹介するのは、まさにその問いの核心に正面から向き合った、意欲的な研究レビューです。

「読みの科学」は誰のための科学か

Jonathan M. Kittle、Steven J. Amendum、Christina M. BuddeはUniversity of Delawareの教育学部に所属する研究者たちです。本論文は2024年にEducational Psychology Review誌に掲載された査読付き論文であり、「読みの科学(Science of Reading、以下SOR)」が多言語学習者(Multilingual Learners、以下MLs)に対していかに適用されるべきかを、30本のシステマティックレビューを統合する「レビューのレビュー」という手法で検証しています。

SORという言葉は近年、英語圏の教育界で大きな存在感を持つようになりました。日本でも「フォニックス重視」「音韻意識の指導」などの議論は徐々に広まっています。しかし、SORの議論の多くは、英語を母語とする子どもたちを暗黙の対象として設計されており、英語を第二言語として学ぶ子どもたちの存在は、しばしば後景に追いやられてきました。本研究はそのギャップを正面から問題提起するものです。

著者らはまず、現在のSOR言説の限界を明確に指摘します。メディアや政策立案者がSORとして強調するのは、主に「音素意識(phonemic awareness)」と「フォニックス(phonics)」の明示的・系統的な指導です。もちろんこれらは重要です。しかし著者らが言うように、「必要ではあるが、それだけでは十分ではない」のです。特にMLsにとっては、L1(第一言語)のスキルが英語読解力にどれほど深く関与しているかという視点が、SOR論議から著しく欠落していることが問題です。

30本のレビューを束ねる「レビューのレビュー」という手法

本研究が採用した「システマティックレビューのシステマティックレビュー(review of reviews)」という手法は、医学分野では「アンブレラレビュー」とも呼ばれ、エビデンスの全体像を鳥瞰するのに優れた方法です。個々の研究の細部に足をとられず、複数のレビューにまたがる共通の知見を抽出できるという強みがあります。

PRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)ガイドラインに従い、ERIC、APA PsycINFO、Education Sourceという3つのデータベースを検索した結果、最終的に30本のシステマティックレビューが分析対象として選定されました。これらは2000年から2023年の間に発表されたもので、対象はK-5(幼稚園から小学5年生相当)のMLsを含む読み指導研究です。

著者らは2つのリサーチクエスチョンを設定しています。第一に「SORの本質的な要素は何か」、第二に「それらの要素に対応する効果的な指導実践・プログラムは何か」です。この二本立ての問いの設定自体が、SOR(読みがどう機能するかの科学)と読み指導の科学(どう教えるかの科学)を区別するという著者らの立場を如実に示しています。

4つのクラスターで整理される読みの構成要素

分析の結果、MLsの英語読解力に関連する本質的な要素は、4つの大きなクラスターに整理されました。すなわち「オーラル・ランゲージ(口頭言語)」「音韻意識」「デコーディングと音読流暢性」「読解」の4つです。

これらは基本的に、Gough & Tunmer(1986)の「読みの単純モデル(Simple View of Reading)」やScarborough(2001)の「読みのロープ(Reading Rope)」が想定するフレームワークと整合しています。しかし本研究が提示する最も重要な知見のひとつは、MLsにとってはL1のスキルもこれらのクラスターに深く関与しているという点です。例えば、スペイン語の語彙の豊かさが英語読解力の分散を有意に説明すること、スペイン語や中国語のデコーディングスキルが英語の読解力と正の相関を持つこと、スペイン語の読解力が1年後の英語読解力を最もよく予測することなどが示されています。

Melby-LervågとLervåg(2011)のメタ分析が示すように、L2の口頭言語能力とL2読解力の相関は中程度から強い正の相関(r=0.46)であり、年齢が上がるにつれてその相関が強まっていきます。また、L2デコーディングとL2読解力の相関は非常に強く(r=0.54)、逆に年齢とともに相関が弱まっていく傾向があります。これは、子どもが成長するにつれて、デコーディングより言語的理解の比重が増すという発達的変化を示唆しており、教育実践においても年齢段階に応じた指導の重点移行を示唆しています。

L1の力を見くびってはいけない

ここで改めて強調したいのは、L1スキルの役割です。Cummins(1979)の「言語相互依存仮説」は古典として知られていますが、Relyea & Amendum(2020)の最新研究が示すように、幼稚園入学時のL1読み書きスキルは、英語力以上に小学4年生までの英語読み成長を予測するという知見は、いまだに政策や実践に十分反映されていません。

「子どもが母語で持っている読書経験や語彙の豊かさは、英語学習のじゃまにはならない。むしろ橋渡しになる」というのは、研究者の間では常識に近い話です。しかし、教室の現場では「英語で考え、英語で学ぶ」ことが強調されるあまり、子どもたちのL1リソースが活用されないまま放置されることが少なくありません。本研究は、そうした実践的な誤解に対して、体系的なエビデンスをもって再び警鐘を鳴らしているわけです。

何が効くか―指導実践とプログラムの知見

第二のリサーチクエスチョン、すなわち「どんな指導が効果的か」に関しても、本研究は豊富な知見を提供しています。

オーラル・ランゲージの指導においては、協働学習・インタラクティブ活動が有効です。成人サポートつきの英語読書時間も口頭言語力を高めます。英語語彙指導においては、個別単語の明示的指導、視覚的補助(絵・実物・ジェスチャー)の活用、L1を活用した語彙導入(例えば、スペイン語でまず語彙を導入してから英語で教える手順)、認知語(cognates)の指導、文脈的手がかりや形態素分析の指導などが効果を示しています。

音韻意識の指導では、直接指導(direct instruction)とピア・ラーニング(peer pairing/peer tutoring)の有効性が支持されており、言語を問わず機能することも注目に値します。デコーディング指導においても、L1スキルの戦略的活用が有効であり、スペイン語の音節切りの指導が英語デコーディングの向上にも寄与することが示されています。

読解指導については、直接的かつ多面的な語彙指導、明示的な読解方略指導(予測・要約・質問生成など)、スキャフォールドの提供(動画クリップ、書き込み活動、読書ログと授業内対話の組み合わせ)などが有効とされています。そして繰り返し登場するのが、MLsのL1を積極的に活用するという実践です。意味の明確化にL1を使う、テキストのプレビューにL1を使う、デュアル・ランゲージの本を使う――これらはどれも効果的な実践として複数のレビューで支持されています。

プログラムとしては、K-PALS、Proactive Reading、ELLA(Project English Language and Literacy Acquisition)、Sound Partners、Corrective Reading、Reading Mastery、Success for Allなどが複数の要素にわたる有意な効果を示しています。注目すべきは、これらのプログラムの多くが、明示的・系統的指導と複数コンポーネントの指導を組み合わせており、単一スキルへの偏重を避けている点です。

SVRと読みのロープを超えて―MLs版の理論的更新

本研究が理論的に最も刺激的な提案をしているのが、SORのフレームワーク更新の必要性に関する議論です。著者らは、「読みの単純モデル」や「読みのロープ」はMLsの読みの複雑性を十分に表現していないと主張します。具体的には、これらのモデルにはL1スキルがL2読解に与える影響が明示的に含まれておらず、「クロスリンギスティック・トランスファー(言語間転移)」という概念が不在です。

この点については、Bernhardt(2005)の「補償モデル(compensatory model)」が代替的なフレームワークとして紹介されています。このモデルでは、L1リテラシーとL2熟達度が相互補完的かつ相乗的に作用するという視点が中心にあります。著者らは今後の研究者に対し、こうした多言語読解理論を実証的に検証し発展させることを求めています。

日本の文脈に引きつけて考えると、英語を外国語として学ぶEFL環境では、学習者のL1は日本語です。クロスリンギスティック・トランスファーの観点から言えば、日本語と英語の間には音韻的・形態的・統語的距離が大きく、スペイン語と英語の間のような構造的類似性は限られています。しかし、だからといって日本語リテラシーが英語読解に影響を与えないわけではありません。日本語で培われた読解方略(要約する、推論する、構造を把握するなど)は、英語テキストへの取り組みにも転移しうるという視点は、日本の英語教育にも重要な示唆を持ちます。

日本の英語教育現場への示唆

本研究の知見は、アメリカのK-5教室でのML指導を主対象としていますが、日本の英語教育関係者にとっても無関係ではありません。

第一に、「音韻意識・フォニックス一辺倒」への警戒が必要です。日本でもフォニックス指導の重要性は広く認識されるようになりましたが、それだけでは読解力の育成には不十分です。本研究が示すように、語彙・口頭言語・読解方略・背景知識といった要素も同様に、あるいはそれ以上に重要です。

第二に、学習者の母語リソースを授業に組み込む視点が求められます。日本人英語学習者は日本語という豊かな言語的・認知的基盤を持っています。語彙の概念的知識、テキスト構造の理解、推論能力などを日本語学習経験から英語学習に橋渡しするような指導設計は、理論的にも実践的にも有望です。

第三に、ピア・ラーニングの戦略的活用が示唆されます。本研究で繰り返し支持された指導実践のひとつが、ピア・チュータリングや協働学習です。日本の教室でもペア活動やグループ活動は広く行われていますが、本研究が示すような構造化されたピア・ラーニング(K-PALSのような明確な手順と役割を持つもの)は、より意識的に導入される余地があります。

研究の限界と今後への期待

著者らは本研究の限界についても率直に述べています。レビューのレビューという手法は大局観をもたらす一方、個々の研究の細部が統合の過程で埋没しやすいという弱点があります。また、分析対象のレビューのほとんどがスペイン語話者を対象としており、他のL1を持つMLsへの一般化には慎重さが必要です。さらに、SVRや読みのロープという理論的枠組みが既存のレビューの設計に影響を与えている可能性があり、その枠組みでは捉えにくい多言語読解の側面が見落とされているかもしれません。

日本の英語教育研究に対しても、示唆は明確です。日本語を母語とする英語学習者のL1スキルが英語読解力の発達にどのように関与するか、どのようなクロスリンギスティックな転移が起きているか、そして何より、日本語リテラシーの豊かさを英語指導の中でどう活かすかという問いは、本研究の知見を踏まえてさらに深く探究される必要があります。

「読みの科学」は、英語母語話者の読みだけを説明するものであってはなりません。世界には無数の言語があり、それぞれの言語的・文化的背景を持つ読者がいます。本研究は、そのことを改めて真剣に受け止めることを研究者にも実践者にも求めているのです。本論文は、現場の教師が日々感じている「この子の母語での力を、英語の授業にどう結びつけるか」という問いに、体系的なエビデンスで答えようとする真摯な試みです。その問い自体は、国や文化を超えて、英語教育に関わるすべての人に共通するものだと言えるでしょう。


Kittle, J. M., Amendum, S. J., & Budde, C. M. (2024). What does research say about the science of reading for K-5 multilingual learners? A systematic review of systematic reviews. Educational Psychology Review, 36, Article 108. https://doi.org/10.1007/s10648-024-09942-6

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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