高等教育における人工知能(AI)の活用は、ここ数年で急速に広がっています。授業のオンライン化、個別最適化学習の需要、そして大規模公開オンライン講座(MOOC)の普及などが重なり、AIを教育の場に取り入れようとする試みは世界各地で爆発的に増加しました。しかし、「実際のところ、AIは高等教育のどの場面でどのように使われているのか」という問いに対して、体系的かつ最新のデータに基づいて答えた研究はこれまで多くありませんでした。
本稿で取り上げるのは、Helen CromptonとDiane Burkeによる論文 “Artificial Intelligence in Higher Education: The State of the Field”(2023年、International Journal of Educational Technology in Higher Education掲載)です。CromptonはOld Dominion大学(米国バージニア州)の教育学部に所属し、教育とテクノロジーの交差領域を専門とする研究者です。Burkeは同大学のODUGlobalに所属しており、高等教育における遠隔・オンライン教育の実践と研究に携わっています。ふたりはこれまでにもAIと教育に関する体系的レビューを複数手がけており、本論文はその集大成ともいえる意欲的な作品です。
体系的レビューという方法論の誠実さ
本論文は、PRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analysis)と呼ばれる体系的レビューの国際的な指針に厳密に従って設計されています。PeRIFERとまとめられる原則群に基づき、電子データベース(EBSCOhost、Wiley Online Library、JSTOR、Science Direct、Web of Science)と手動検索を組み合わせた包括的な文献探索が実施されました。最終的に138本の査読済み論文が選定され、分析の対象となっています。
データの分析には、事前に設定された「演繹的コーディング」と、データから自然に浮かび上がる「帰納的コーディング(グラウンデッド・コーディング)」の両方が用いられました。2人の研究者が独立してコーディングを行い、初期の一致率95〜96%を確認したうえで、不一致部分については議論によって100%の合意に達しています。この丁寧なプロセスは、研究の信頼性を担保するものとして高く評価できます。対象期間は2016年から2022年末まで。これは、既存の体系的レビューがおおむね2020年までのデータしかカバーしていなかったという事実を踏まえた、意図的かつ重要な設計上の選択です。
急増する研究の量と地理的偏在
まず目を引く発見は、出版数の急増です。2019年に一度落ち込みがあったものの、2020年以降の伸び率は著しく、2021年と2022年には過去の年と比べて2〜3倍の論文が発表されています。著者らはこの急増の一因として、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによるオンライン授業への強制的な移行を挙げています。世界中の大学教員が、突然、テクノロジーを活用して授業を継続しなければならない状況に追い込まれました。そのなかでAIが注目を集め、研究もそれに引っ張られるかたちで増加したというのは、説得力のある分析です。
地理的な観点では、138本の研究が世界6大陸・31か国にわたっており、その分布はアジアが41%、欧州が30%、北米が21%となっています。特筆すべきは、国別でみると中国が最多(30本)であり、かつての覇者であった米国(21本)を上回ったという点です。Zawacki-Richterらの2019年のレビューでは米国が圧倒的なトップ(146本中43本)であり、中国は11本にとどまっていました。わずか数年でこの逆転が生じたという事実は、AI研究における国際的な勢力図の変化を如実に示しています。台湾も12本と健闘しており、東アジア全体でのAI教育研究の活況がうかがえます。
一方で、南米が1%、アフリカが2%というデータは、AIによる教育の恩恵が依然として高所得国に偏在していることを示しており、著者らもこれをギャップとして明示しています。この点は、テクノロジーと教育格差という大きな課題への警鐘でもあります。
「教育学部はどこにいるのか」という問いへの答え
本論文が既存研究と際立って異なる点のひとつは、研究者の所属部門を分析していることです。Zawacki-Richterらの2019年の論文は “Where Are the Educators?”(教育者はどこにいるのか?)というサブタイトルで知られており、AIEd(教育におけるAI)研究の第一著者のうち教育学部に所属しているのはわずか6%に過ぎないという衝撃的な事実を明らかにしました。
今回の分析では、その状況が大きく変化していることが示されました。教育学部所属の第一著者が28%でトップとなり、コンピュータサイエンスの20%を大きく上回りました。これはパンデミックによる遠隔授業の普及が、教育学の研究者たちをAIとの対話へと引き寄せたことの反映かもしれません。教育の専門家がAI研究の主役になりつつあるというこの変化は、研究の方向性が「技術中心」から「教育的効果中心」へとシフトしていく可能性を示唆しており、非常に前向きなトレンドといえます。
誰のためのAIか―学生・教員・管理者
研究が誰を対象としているかという観点では、138本中72%が「学生」を対象としており、「教員(インストラクター)」が17%、「管理者(マネージャー)」が11%となっています。学生へのフォーカスが圧倒的多数を占めるのは、高等教育の研究者が自分の授業の学生を研究対象にしやすいという倫理的・実務的な理由もあると著者らは指摘しています。K-12(初中等教育)の研究では教員へのフォーカスが多いとされているのとは対照的で、高等教育の特有の文脈が数字に表れています。
管理者向けのAI活用が11%と最も少ないことについて、著者らは「AIには大規模データの横断的分析という強みがあり、管理業務への応用にはまだ大きな可能性がある」と論じています。たとえば退学リスクの早期発見、入学選抜、履修パターンの分析など、管理者視点でのAI活用は今後の重要な研究領域といえるでしょう。
5つの活用コードが描く全体像
本論文の核心部分は、グラウンデッド・コーディングによって浮かび上がった「高等教育におけるAIの活用形態」の分類です。データから帰納的に導き出された5つのコードは以下のとおりです。第一は「アセスメント・評価」で、自動採点、フィードバック、テスト作成、オンライン活動の評価、教材評価などが含まれます。第二は「予測」で、成績予測、中退リスク、学習満足度、キャリア選択など10の細分類が存在します。第三は「AIアシスタント」で、チャットボット、バーチャルエージェント、インテリジェントヘルパーなどが該当します。第四は「インテリジェント・チュータリング・システム(ITS)」で、学習者の特性に応じた適応的な指導を行うシステムです。第五は「学習管理」で、学習分析、カリキュラム設計、学生クラスタリングなどが含まれます。
なかでも最多を占めたのが「アセスメント・評価」であり、自動採点が26本で突出していました。採点の自動化は教員の負担軽減という実用的なメリットだけでなく、即時フィードバックという形で学習者のメタ認知を促す効果も期待されています。Mousaviらが開発したSARA(Student Advice Recommender Agent)のように、学習者の属性や学習状況に応じてパーソナライズされたフィードバックを提供するシステムは、まさにその好例です。
言語学習とAI―日本の英語教育への直接的な示唆
本論文の発見のなかで、日本の英語教育関係者にとって特に関心の高い部分は、「言語学習」が最多の科目領域(17%)であったという点です。これはコンピュータサイエンス(16%)やエンジニアリング(12%)をわずかに上回る数値であり、AIが言語教育の文脈でいかに積極的に活用されているかを示しています。
具体的には、ライティング、リーディング、語彙習得の分野で自然言語処理(NLP)やインテリジェント・チュータリング・システムが活用されており、外国語ライティングへの自動フィードバック(AyseとNilの2022年の研究)やAI翻訳支援(Al-Tuwayrish、2016年)などが例示されています。日本の英語教育においても、英作文へのAIフィードバック、語彙習得アプリ、スピーキング練習用のAIチャットボットなど、多様な実践が始まっています。しかし本論文が示す通り、その研究的な裏付けはまだ十分とはいえません。
特にライティング指導の文脈では、Zhang & Xuによる2022年の研究が興味深い事例を提供しています。中国のウイグル族の少数民族学生を対象に自動アセスメントを活用した研究では、学生が自動フィードバックシステムに行動的・認知的・感情的に関与し、自己調整学習が促進されたことが確認されました。外国語話者が多数在籍する多文化的な大学環境を想定すれば、日本の大学英語教育においても同様のアプローチが有効に機能する可能性があります。
予測の倫理と可能性
「予測」のコードについても触れておく必要があります。AIを使って学生の成績不振や退学リスクを事前に予測するという実践は、高等教育においては既に一定の広がりを見せています。Qianらの研究では、MOOCの受講生について17種類の学習特性データを人工ニューラルネットワークに入力し、成績を予測するとともに退学リスクの高い学生を特定することに成功しています。
K-12の教育文脈では「センシティブ」として躊躇される傾向があるこの種の予測的分析が、高等教育ではより積極的に研究・実践されているというのが本論文の指摘です。日本の大学教育においても、学習管理システム(LMS)のアクセスログや課題提出状況などのデータを使って早期の介入を行う試みは始まりつつあります。ただし、プライバシーや倫理的な配慮は欠かせません。データは「使えるから使う」ではなく、「学生のために使う」という視点が常に求められます。
ITSとAIアシスタントの境界線
本論文で明確に区別されたITSとAIアシスタントの違いも注目に値します。ITSは学習者の特性に応じて適応的なコンテンツや学習経路を提供するシステムであり、de ChiusoleらのStat-KnowlabやKhalfallahとSlamaのLabTutorのような研究がその実例として挙げられています。一方のAIアシスタントは、より対話的でサポーティブな役割を担い、学生の質問への回答、スキャフォールディング、感情的サポートなど多岐にわたる機能を持ちます。
Kim & Bennekinの研究で紹介された「Alex」というAIアシスタントは、大学数学の授業でVygotsky(1978)のZPD(近接発達領域)の概念に基づいた支援を提供し、「目標の設定」「計画の形成」「行動の制御」「感情の制御」という4段階で学生をコーチングする仕組みを採用しています。Vygotskyが「人」による足場かけを重視したのに対し、AIはその役割を24時間365日、個人の状況に応じて担えるというのは、理論的にも実践的にも大きな転換を意味します。
研究の限界とChatGPTへの言及
著者らは本論文の限界についても率直に論じています。英語で書かれた査読済み論文のみを対象としているため、他言語での研究や灰色文献(ブログ、報告書、会議録など)は除外されています。このことは、英語以外の言語で発展している研究コミュニティ―日本語の研究成果を含む―が体系的レビューから見えにくいという構造的な問題を示しています。
また、本論文はChatGPTについても触れており、2022年末に公開されたこのツールが査読論文の形で評価されるには時間的なタイムラグがあることを認めつつ、今後の研究の重要なテーマとして位置づけています。ChatGPTがライティング支援、採点補助、学生への質問回答など複数の活用コードに該当しうるという指摘は的を射ており、現在の教育現場での実状とも一致しています。ChatGPTをはじめとする生成AIが教育現場に急速に普及している現在、本論文が示したフレームワークは、新しいツールを評価するための「ものさし」としても機能します。
6つのギャップが示す研究の空白
著者らは最後に、今後の研究が埋めるべき6つのギャップを明示しています。発展途上国でのAI教育研究の不足、特定分野への偏重、教育学部の知見の横展開の必要性、大学院生を対象とした研究の少なさ、教員・管理者向けAI活用研究の不足、そして既存実践の効率化を超えた「まだ見ぬAIの可能性」の探求です。これらは単なる「今後の課題」の列挙ではなく、研究コミュニティへの明確なメッセージとして機能しています。
日本の英語教育という文脈に置き換えれば、英語教員がAI研究の「客体」ではなく「主体」となること、大学院での英語教育・応用言語学の文脈でAI活用の研究が進むこと、そして管理者レベルでのデータ活用が促進されることが、今後の重要な課題として浮かび上がります。本論文は研究の地図であり、次の一手を考えるための確かな基盤を提供しています。研究者にとっても、実践者にとっても、手の届く範囲に豊富な問いが待っているということ―それが、この論文の最も大きな贈り物かもしれません。
Crompton, H., & Burke, D. (2023). Artificial intelligence in higher education: The state of the field. International Journal of Educational Technology in Higher Education, 20, Article 22. https://doi.org/10.1186/s41239-023-00392-8
