はじめに―なぜ今、自己評価なのか

英語の授業で学生が自分の作文を自分で採点したり、コメントを書いたりするという活動を想像すると、「果たしてそれに意味があるのか」と懐疑的になる方も少なくないと思います。先生が丁寧に赤ペンを入れた方が、よほど学力が伸びるのではないか。そうした素朴な疑問は、現場の英語教師なら誰もが一度は抱くものでしょう。本稿で取り上げるのは、Xiaoyu Sophia ZhangとLawrence Jun Zhangによって2022年に学術誌 Sustainability に掲載された論文 “Sustaining Learners’ Writing Development: Effects of Using Self-Assessment on Their Foreign Language Writing Performance and Rating Accuracy” です。この研究は、まさにその問いに正面から向き合い、中国の大学における英語ライティング授業に自己評価を組み込んだ介入実験を通じて、実証的なデータを提示しています。

筆者のZhang(Lawrence Jun Zhang)はニュージーランドのオークランド大学と中国の西安交通大学に籍を置く研究者で、EFL(外国語としての英語)ライティング教育や言語学習のメタ認知研究において国際的に高く評価されています。共著者のXiaoyu Sophia Zhangはニュージーランドのマインド・ラボに所属しており、両者の組み合わせは理論と実践の橋渡しを狙ったものとして読めます。この論文が掲載された Sustainability 誌は、持続可能な教育という観点からアセスメント研究に注目していることも興味深い文脈を与えています。

研究の背景と問題意識

近年、世界的に「学習者中心の評価」への関心が高まっています。自己評価や相互評価が注目される背景には、従来の教師による一方向的な評価が、学習者の自律性や批判的思考の発達を十分に促せていないという問題意識があります。Boudが述べるように、自己評価の能力は生涯学習者としての基礎であり、卒業後の職業的場面においても機能し続ける能力の礎と見なされています。しかし現実には、特に中国のような試験重視・教師中心型の教育文化においては、自己評価の導入はきわめて困難です。学生は「正しい答えは先生が持っている」という前提のもとで長年学んできており、自分の書いたものを自分で評価するよう求められると戸惑いを感じることが多いのです。

この研究が着目するのは、その困難な条件下でも自己評価が機能するかどうかという点です。具体的には、EFL環境で学ぶ中国の大学英語専攻生を対象に、自己評価を組み込んだライティング授業を4ヶ月間実施し、ライティング能力の向上と評価精度(自己評価の正確さ)の変化を検証しています。

研究デザインの概要―準実験という選択

この研究が採用したのは「準実験的アプローチ(quasi-experimental approach)」です。真の実験研究と異なり、完全なランダム割り当てが難しい学校現場の現実に即した設計です。中規模の中国の大学に在籍する英語専攻の2年生92名が参加し、4つのクラスが2グループに分けられました。介入群(51名)には自己評価を、比較群(41名)には相互評価(ピア・アセスメント)を用いた指導が行われました。両グループとも同じ教科書、同じ授業時間数、同じ教師フィードバックを受けるよう統制されており、比較の公平性が確保されています。

評価ツールとして使用されたのは、タスク達成度、一貫性と結束性、言語資源、そして表記法(メカニクス)という4次元・5段階のルーブリックです。事前・事後のライティングテストに加え、学生自身が書いたコメント(強み・弱みの自己申告)と評価者のコメントとを質的に比較するという、量的・質的の混合研究法が採用されています。この点は、数字だけでは見えにくい「評価能力の育ち」を丁寧に捉えようとする研究者の意図をよく表しています。

なお、介入群の担当教師は事前に8時間の研修を受け、自己評価の知識と実践技術を身につけました。さらに、2人の教師が互いの指導内容を共有しないよう合意書への署名も求められており、実験の純粋性を保つための手続きが丁寧に踏まれています。

主な結果―自己評価群は何が変わったのか

まず量的な結果を見ると、両グループともライティングスコアが事前テストから事後テストにかけて有意に向上しています。しかし注目すべきはその効果量です。自己評価群の総合スコアの向上はCohen’s d = 1.89という非常に大きな効果量を示したのに対し、相互評価群ではd = 0.78にとどまりました。この差は統計的にも意味のある差として確認されており、自己評価の介入が相互評価よりも総合的なライティング能力の向上に貢献したことが示されています。

特に効果が顕著だったのは、タスク達成度、一貫性と結束性、表記法の3次元でした。一方、言語資源の次元については、両群ともに向上は見られたものの、グループ間の差は認められませんでした。この結果について筆者たちは、授業中に語彙や文構造の使用を特に強調しなかったことや、初めて自己評価を経験する学生にとって、限られた時間内で高度な言語表現を駆使することは認知的に負荷が高かった可能性を指摘しています。この説明は現場感覚とも合致しており、うなずける分析です。

次に評価精度の結果ですが、こちらはやや複雑な様相を呈しています。総合的なライティングスコアについては、両群とも学生の自己評価と専門評価者の評価との間に中程度の正の相関が見られました(介入群r = 0.34→0.38、比較群r = 0.45→0.42)。しかし個別次元では、事後テストにおいて相関が低下する傾向も見られました。タスク達成度においてのみ、介入群で有意な正の相関(r = 0.38)が確認されましたが、他の次元では有意な関連は得られていません。

数値だけを見ると「自己評価の精度は高くない」という印象を受けるかもしれません。しかし、研究の質的な側面が重要な補完情報を提供しています。6名の学生のコメントを事前・事後で比較すると、事後のコメントはより具体的で、観察力が増し、建設的な内容になっていたことが示されています。これは、数字には表れにくい「評価眼の育ち」を示すものとして評価できます。

理論的枠組みの妥当性―形成的評価と自己調整学習

この研究の理論的支柱は、形成的評価理論と自己調整学習理論の2本柱です。形成的評価の観点からは、評価を学習のプロセスに組み込み、学習者が自らフィードバックを生成する活動として自己評価を位置づけています。自己調整学習の観点からは、学習者が自分のパフォーマンスを観察・判断・修正するサイクルを経ることで、主体的な学びが促進されるという考え方が背景にあります。

これらの枠組みは現代の言語教育研究において広く共有されており、研究の位置づけとして適切です。一方で、動機づけや情意的側面(不安感や自己効力感など)については言及が限定的であり、自己評価の経験が学習者の情緒にどのような影響を与えたかは本研究では十分に掘り下げられていません。自己評価を行うことで「自分はダメだ」という自己不信に陥るリスクもある(筆者自身もこの点を限界として軽く触れています)だけに、今後の研究でこの側面を丁寧に探ることが望まれます。

先行研究との対比―何が新しいのか

自己評価とライティング成績の関係を扱った研究は決して少なくありません。たとえばMazloomiとKhabiriの研究(2018年)も、準実験的デザインで自己評価のみの介入がライティングスキルに与える効果を検討しており、本研究と問題意識を共有しています。Ross, Rolheiser, Hogaboam-Grayの古典的研究(1999年)では、小学4〜6年生を対象に自己評価訓練の効果を検証し、評価精度の向上を報告しています。また日本語教育を含む他の東アジア文脈でも、Matsunoの研究(2009年)のように自己・相互・教師評価を組み合わせた実践が報告されています。

本研究の新規性として特に評価できる点は3つあります。第一に、中国の大学英語専攻生という、これまであまり研究対象とされてこなかった集団を対象としている点です。非英語専攻の学生を対象とした先行研究が多い中、英語を専攻する学生に特化したことで、より高い英語習熟度を持つ学習者の自己評価行動の実態に迫ることができています。第二に、量的・質的の混合研究法を採用し、数値では捉えきれない評価精度の質的変化を丁寧に記述している点です。第三に、相互評価を比較群として設定することで、どちらの学習者中心型評価が有効かという実践的に重要な問いに答えようとしている点です。

ただし、当初の研究計画では比較群は「伝統的な教師評価」を用いる予定だったのが、研究実施校の判断により相互評価に変更されたという事実が論文の限界の節に記されています。この変更は研究の主張の射程を狭めており、「自己評価vs.教師評価」という当初の問いに答えることができていないのは惜しい点です。

日本の英語教育現場への示唆

この研究が示す知見は、日本の英語教育にとっても無視できない含意を持っています。日本もまた、試験重視・教師中心的な評価文化が根強く残る教育環境です。大学入試や英語資格試験への対応に多くのエネルギーが注がれる中で、学習者が自分の英語力を客観的に把握し、自律的に改善していく力を育てることは、長期的な言語習得の観点から見れば不可欠です。

実際、日本の大学の英語ライティング授業でも、教師がコメントを書いても学生がほとんど読まないという経験は珍しくないでしょう。学生に自分の作文を自分で評価させる活動を組み込むことで、評価基準への理解が深まり、次の作文に向けた具体的な改善目標が生まれやすくなります。本研究が示すように、ルーブリックを使った自己評価は、タスク達成度や文章構成の面で特に大きな効果をもたらす可能性があります。

また、本研究が自己評価を「形成的」に位置づけ、成績には反映しないという設計を採っていることは重要です。評価が成績に直結すると、学生は本来の自己省察ではなく「高い点を取ること」を目的として自己評価を行いがちです。日本の授業でも、ポートフォリオ評価やプロセス評価の枠組みの中で、成績と切り離した自己評価活動を取り入れることが、その本来の効果を引き出す鍵となるでしょう。

さらに、教師の役割についての記述も示唆に富んでいます。自己評価は「放任」ではなく、教師が段階的に学習者の自律性を育てていく「足場かけ(scaffolding)」のプロセスとして設計される必要があります。RolheiserやAndrade, Duらが提唱するように、初期段階では教師が基準を与え、学習者と共に基準の意味を確認し、フィードバックを通じて徐々に学習者が自立して評価できるよう支援していくことが求められます。日本の英語教師養成課程や現職研修においても、こうした段階的な指導モデルを具体的に学ぶ機会を設けることが急務かもしれません。

研究の限界と今後の課題

研究の誠実さという観点からも、この論文は好感が持てます。筆者たちは研究の限界を率直に認めており、その誠実さが読者としての信頼感につながります。主な限界としては、比較群の設定変更に加え、単一大学・単一専攻からの便宜的サンプリングによる一般化可能性の制約、質的分析に用いた学生サンプルが6名と少ないこと、そして介入期間(4ヶ月)が自己評価能力の成熟を確認するには十分でない可能性が挙げられています。

縦断的研究の必要性は特に強調しておくべきでしょう。自己評価の習慣が根付くには時間がかかります。4ヶ月という期間は、学生が「自己評価とはこういうものか」と慣れ始めたところで終わってしまう可能性があり、その後の発展的な変化を追うことができていません。1年間、あるいは複数年にわたる縦断研究によって、自己評価能力の発達軌跡を記述することは今後の重要な研究課題です。

加えて、学生の情意的・動機づけ的変化についての質的探索も、今後の研究が補うべき空白です。自己評価が学習意欲や自己効力感にどのような影響を与えるかという問いは、数値的な成績向上と同等かそれ以上に実践的な意義を持つ問いです。インタビューや学習日誌などを用いた質的研究が、このギャップを埋めることに貢献できるでしょう。

独自の学術的考察―「評価精度」をどう捉えるか

本研究が提起する最も根本的な問いの一つは、「学生の自己評価の正確さを、教師の評価との一致度で測ることは適切か」という問題です。この点において、筆者たちは先行研究の問題意識を継承しつつ、単なる数値の一致を超えた「形成的な評価眼の育ち」を評価すべきだという立場を取っています。この視点は、自己評価研究の方向性を考える上で重要な貢献だと考えます。

教師と学生では、英語力・経験・評価基準の内面化の程度が根本的に異なります。よって、両者の評価が完全に一致することを目標とするのは、そもそも非現実的な基準設定かもしれません。それよりも、学習者が自分の書いたものをより精緻に、より多角的に見られるようになること、つまり「評価的判断力(evaluative judgement)」の発達こそが、自己評価の本質的な目標であるという見方は説得力があります。Tai, Ajjawi, Boud, Dawsonらが論じるこの概念は、本研究の知見とも整合的です。

この視点から見ると、本研究の質的なデータ、すなわち学生が事後テストでより具体的かつ建設的なコメントを書けるようになったという観察は、数値的な評価精度の停滞を補って余りある重要な発見です。評価精度を数値だけで判断することの限界を、本研究は図らずも照らし出しているとも言えます。

おわりに―教室から始まる小さな変革

「自己評価は効果があるのか」という問いに対して、この研究は「ある」と答えています。しかしそれは万能薬ではなく、丁寧な設計と継続的な教師支援を必要とする、地道で根気のいる実践です。ルーブリックを配ってはいおしまい、ではなく、学生が基準の意味を理解し、自分の書いたものと照らし合わせ、次の改善につなげるという一連のサイクルを授業の中に丁寧に組み込むこと。それが、本研究が示す自己評価の正しい使い方です。

日本の英語教育においても、学習指導要領の改訂や「思考力・判断力・表現力」の重視、あるいは「主体的・対話的で深い学び」の推進といった文脈の中で、自己評価の導入はますます重要なテーマになってきています。しかし実際の授業でどう実装するかについては、まだ試行錯誤の段階にあると言えるでしょう。この論文が示す具体的な介入の設計、教師研修の方法、そして効果の測定方法は、日本の実践者にとっても参考になる知見を多く含んでいます。

自分で書いて、自分で読み直し、自分で評価する。そのシンプルで力強い学びの循環を、授業の中に根付かせることが、持続可能な英語ライティング教育の一つの答えかもしれません。この研究はその可能性を、実証的な根拠とともに丁寧に示してくれています。


Zhang, X. S., & Zhang, L. J. (2022). Sustaining learners’ writing development: Effects of using self-assessment on their foreign language writing performance and rating accuracy. Sustainability, 14(22), 14686. https://doi.org/10.3390/su142214686

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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