英語を外国語として教える現場では、「いかに語彙を教えるか」という問いは、永遠のテーマと言っても過言ではありません。単語帳を渡して覚えさせるのか、文脈の中で出会わせるのか、それとも学習者自身が自分のペースで切り開いていくのを見守るのか。この問いに対して、サウジアラビアの女子大学という一見遠い場所からの研究が、じつは日本の英語教育の核心を突いているとしたら、どうでしょうか。

本稿で取り上げるのは、プリンス・スルタン大学のNorah Almusharrafによる論文 “Teachers’ perspectives on promoting learner autonomy for vocabulary development: A case study”(2020年、Cogent Education誌掲載)です。この研究は、EFL(外国語としての英語)教師たちが「学習者の自律性」をどのように捉え、実際の授業でどの程度それを実践しているかを質的に探ったケーススタディです。研究者自身がサウジアラビアのバッファロー大学で博士号を取得し、現在は応用言語学の助教授として勤務しているという経歴も、この研究に深みを与えています。

「自律学習」とはそもそも何か

まず、「学習者の自律性(learner autonomy)」という概念を整理しておく必要があります。これはHolec(1981)が提唱した概念で、ひとことで言えば「自分の学びに責任を持つ力」です。Little(1991)はそれをさらに掘り下げ、自律性とは「離脱、批判的省察、意思決定、自立した行動の能力」であると定義しています。Bensonによれば、教師の役割は学習者がその自律性を発揮できるよう、足場を組んでやることにあります。

しかしここで注意が必要です。「自律学習」は放任とは違います。教師が何もしないのではなく、教師が適切なガイダンスとサポートを提供しながら、学習者が自分の学びを「管理」していくプロセスです。日本の教室でよく見られる「先生が説明して生徒が聞く」という構図が、実は学習者の自律性を奪っている可能性があることを、この研究は静かに問いかけています。

研究の設計―二つの教室の比較という鋭い視点

Almusharrafの研究は、サウジアラビアの女子大学英語文学科を舞台に展開されます。参加者は6名の女性EFL教師(仮名)で、全員に半構造化インタビューが実施されました。そのうち2名の教室では、週2回・8週間にわたる授業観察が行われました。観察対象の授業は「英語の小説」の授業で、Charles DickensのGreat Expectationsが共通のテキストとして使われました。同一テキストを異なる教師が教えるという設定は、教授スタイルの違いを際立たせるという点で、非常に巧みなデザインです。

授業観察の分析には、Smith et al.(2013)が開発したCOPUS(Classroom Observation Protocol for Undergraduate STEM)という観察プロトコルが使用されました。本来はSTEM教育向けに開発されたツールですが、学習者と教師の行動を細かくコーディングできるため、言語教育の文脈にも応用可能です。学習者のエンゲージメントを「低(0〜20%)」「中」「高(80%以上)」の3段階で評価するこのツールが、二つの教室の違いを数値として明確に示した点は興味深いです。

二人の教師が体現する「二つの世界」

観察対象となったDr. FatenとDr. Khloodは、まさに対照的な教師像を体現していました。Dr. Fatenの教室は、授業時間の62%が講義で占められ、学習者の79%の時間が「聴くだけ」でした。エンゲージメントの低い状態が全授業時間の82%を占めるという数値は、衝撃的ですらあります。「Do you understand?」と繰り返しても答えが返ってこず、「No response, fine by me」「Wake up」と叱責するシーンは、日本の大学教室でも似た光景を思い起こさせる人が少なくないでしょう。

一方のDr. Khloodの教室は全く異なる空気をまとっていました。授業時間の講義割合はわずか9%。学習者はグループワーク(26%)や質問への応答(26%)、質問の提示(18%)、個人思考(7%)など、多様な形で授業に参加していました。高いエンゲージメントが82%の時間に確認されたというCOPUSの数値は、Dr. Fatenの教室との鮮明な対比を生み出しています。Dr. Khloodは「flip classroom」の手法を取り入れ、次回の授業で議論するためのトピックや副題を事前にメールで送り、学習者に予習と探究を促しました。教師が「If I am not mistaken」と言いながら学習者と共に考える姿勢を示し、正解を持つ知識の提供者ではなく、学びのパートナーとして振る舞っていたのです。

語彙指導という具体的な焦点

この研究が単なる「教師中心vs学習者中心」の比較研究に終わらない理由の一つは、「語彙の発達」という具体的な焦点を持っている点です。語彙習得はEFL学習の根幹をなすにもかかわらず、自律学習との関係が十分に研究されてこなかったという問題意識がAlmusharrafにはあります。

Dr. Khloodは新しい英語表現を教える際、単に定義を与えるのではなく、ジェスチャーや演技を交えて文脈の中で使って見せました。「empirical conquest」という語の意味をジェスチャーで示し、「私のジェスチャーから、別の言葉でその意味を言える人は?」と学習者に問いかけると、一人の学習者が「Gazo(アラビア語で”征服”の意)」と答えました。母語を活用して意味を橋渡しするこのアプローチは、Benson(2007)が提唱する「学習者が自分に合った方法を選んで語彙を発達させる」という考え方とも合致します。翻訳や母語の使用を語彙習得に活かすというのは、日本の英語教育でも示唆に富む視点です。

対照的にDr. Fatenは、語彙をほぼ一方向的に提供し「書き写しなさい」と指示するだけでした。語彙が意味のある文脈に埋め込まれることなく提示される授業では、学習者の記憶への定着が浅くなることは、語彙習得研究の知見からも明らかです。Nation(2001)らが指摘するように、語彙は繰り返しの意味ある接触によって定着するものであり、受動的な書き写しがその条件を満たすとは言いにくいでしょう。

教師の信念が生む「壁」

インタビューの分析から浮かび上がるのは、教師の信念がいかに実践を規定するかという現実です。4名の教師(Dr. Faten、Dr. Nujood、Dr. Lama、Dr. Tala)は、伝統的な講義中心の指導が最も効果的だと信じていました。Dr. Nujoodは「私は自律学習を完全には受け入れない。生徒は常に学習のリーダーとして教師を必要としている」と明言しています。Dr. Talaは「自律学習では学習成果が予測できない」と言い、毎回の授業で達成すべき目標を設定しているため、自己学習のアプローチを開放できないと語りました。

この「学習成果の予測可能性」への固執は、教育現場にいる人間なら理解できる感覚でもあります。授業後に「今日は何が身についたか」を把握したい気持ちは、教師として自然なものです。しかし、Palfreyman & Benson(2019)が指摘するように、形成的評価(formative assessment)こそが自律学習プロセスの成否を左右します。予測可能な「成果」にこだわるあまり、学習者の主体的な探究が締め出されてしまうというジレンマは、日本の学習指導要領に縛られた教師たちにも共感を呼ぶはずです。

また、Saudi Arabiaという制度的背景も見逃せません。教育省(MOE)がシラバスを管理し、教師は比較的固定されたカリキュラムに縛られているという現実は、日本の文部科学省主導のカリキュラムと構造的に似た側面があります。それでもDr. AlaaとDr. Khloodは、その制約の中で自律学習の場を作り出していました。制度が変わるのを待つのではなく、今ある枠組みの中で何ができるかを模索する姿勢は、現場の教師に勇気を与えるでしょう。

理論的枠組みの説得力

この研究は社会構成主義(social constructivism)と変容的学習理論(transformative learning theory)の二つの理論的柱に基づいています。前者は、知識が社会的相互作用の中で構築されるという考え方であり、Duffy & Jonassen(1992)らが代表的論者です。後者はMezirow(2000)が提唱したもので、学習者が自らの経験や前提を批判的に問い直し、変容していく過程を描きます。

Dirkx(1998)が述べた「変容的学習とは意味の生成プロセスである」という視点は、語彙学習にも適用できます。ある英単語が、単なる記号から「意味を持つもの」として学習者の中に根付くためには、その語と学習者個人の経験や文脈が結びつく瞬間が必要です。Dr. Khloodがサウジアラビアの現実とビクトリア朝文学を接続しようとした試みは、まさにこの理論の実践的体現だったと言えます。

日本の英語教育現場への示唆

この研究が日本の英語教育関係者に問いかけるものは、決して小さくありません。日本の英語教育においても、「教師が説明して学習者が受け取る」という構図は根強く残っています。特に文法や語彙の指導では、プリント配布と板書・筆記という流れが今なお主流の場面は多く、Dr. Fatenの教室の様子と本質的には大差がない場合もあります。

小学校英語の必修化、中学・高校での「英語で行う英語の授業」推進、大学入試改革と、制度の変化は続いています。しかし、制度が変わっても教師の信念が変わらなければ、教室の実態は変わらないというのが、この研究の最も重要なメッセージの一つです。教員養成課程において、自律学習の理論と実践をどう位置づけるかという問いは、日本においても喫緊の課題です。Al-Hazmi(2003)がサウジアラビアの教員養成について「系統的でなく不十分」と指摘したことは、日本においても程度の差こそあれ無縁ではないでしょう。

また、テクノロジー活用という点でも示唆があります。Dr. Khloodは学習者にスマートフォンやiPadを活用させ、語彙の定義や例文を自分で調べさせていました。日本でもGIGAスクール構想のもとで端末の整備が進みましたが、端末の有無よりも「いかに使わせるか」という教師の設計力が決定的に重要であることを、この研究は示唆しています。Reinders(2006)が「テクノロジーだけでは自律性や動機は生まれない」と警告しているのは、ICT活用を推し進める日本の教育政策への有用な警鐘でもあります。

研究の限界と今後の課題

もちろん、この研究にも限界はあります。ケーススタディという性質上、サンプルサイズは非常に小さく(観察対象は2名の教師)、結果を一般化することは難しいです。また、観察対象がすべて女性であり、女子大学という特定の文脈で行われた研究であることも、適用範囲を限定する要因となります。男性教師や男子学生の文脈では異なる結果が出る可能性は排除できません。

さらに、学習者側の視点がほぼ欠けていることは大きな制約です。教師が「自律的な学習環境を提供している」と観察者が判断しても、学習者がそれをどのように経験し、実際に語彙が定着したかどうかは、別途検証が必要です。Almusharraf自身も今後の研究の必要性に触れており、学習者の語彙テストや自己評価データと組み合わせた量的・質的混合研究が望まれます。

加えて、COPUSというツールはSTEM教育向けに開発されたものであり、語学教育の細やかな相互作用(たとえば発話のやりとりや沈黙の質)を捉えるには限界があります。会話分析や談話分析の手法と組み合わせることで、より豊かなデータが得られたかもしれません。

関連研究との対話

自律学習と語彙習得の関連を探った研究はこれまでにも存在しますが、多くは学習者を対象にしたものです。Almusharrafの研究が際立っているのは、「教師の視点」から自律学習を問うた点です。Kristmanson et al.(2013)のポートフォリオ活用研究や、Hargreaves(2014)のフィードバックと自律性の研究と合わせて読むと、教師の役割がいかに多面的かつ決定的であるかが見えてきます。学習者の自律性を高めるためには、まず教師が自律的な実践者でなければならないという逆説的な命題が浮かび上がります。

また、Palfreyman & Benson(2019)が提唱する「形成的評価が自律学習の鍵」という主張と、この研究の観察結果は非常によく整合しています。Dr. Khloodが行っていた「その場のポップクイズ」は、成績評価のためというよりも、学習者が自分の理解度を確認し次の学びへの足場を作るという意味で、まさに形成的評価の実践でした。日本の教育現場でも「評価=テスト」という発想からの脱却が求められている昨今、この知見は重要です。

現場の教師へのメッセージ

結局のところ、この研究が訴えているのはシンプルなことです。教師が「学習者を信頼し、学ぶ力があると信じる」かどうかが、教室の空気を根本的に変えるということです。Dr. Khloodが授業の最初と最後にジョークを言い、遅刻した学習者に「コーヒーとクッキーを持ってくるように」とユーモアで諭し、学習者一人ひとりの名前と背景を覚えようとしていたこと―こうした人間的なつながりが、語彙習得の効果を高める土台になっていたことは見逃せません。

教育は技術だけでは語り尽くせません。教師と学習者の間に信頼関係が育まれて初めて、学習者は「わからない」と言え、間違いを恐れず言葉を使い、自分のペースで語彙を探究し始めます。テクニックや理論の前に、「この教室は安心して学べる場所だ」という感覚が必要です。それを作るのは、制度でも教材でもなく、教師の姿勢そのものです。

Almusharrafの研究は、遠くサウジアラビアの女子大学を舞台にしながら、英語教育のどこにでも通じる本質的な問いを投げかけています。日本の教師たちが自らの教室を振り返るとき、この研究は静かな鏡として機能するでしょう。


Almusharraf, N. (2020). Teachers’ perspectives on promoting learner autonomy for vocabulary development: A case study. Cogent Education, 7(1), Article 1823154. https://doi.org/10.1080/2331186X.2020.1823154

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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